夜明 奈央
2024-05-06 14:00:54
2974文字
Public 中太SS
 

約束と取引

全てを投げ出すくらいに身体の相性がいい中太
2023年12月3日初出

 太宰に回される仕事は、中也に回されるものとは大きく異なる。交渉や取引、作戦立案。一緒に仕事をすることは多々あれど、役割は大きく違っていた。今日の中也の仕事は太宰の護衛。太宰の仕事は、優良取引先の接待。
 中也はこの仕事が嫌いだった。接待なんてオブラートに包んでいるが、やっていることといえば風俗嬢の真似事だ。要はセックス。知り合いのそんな場面なんて想像したくもないというのに、中也は扉1枚隔てた先で太宰と相手の睦み合いを聞いていなければならない。ましてや相手は憎からず想う相手だ。一体前世でどんな悪事を働いたのだろうと思う。現世でも現在進行形で悪事を働いているから、もしそれが原因なら来世もきっと酷い目に遭うはずだ。
 けれど、どんなに耳を塞いでしまいたくなるような声が聞こえていても、中也はしっかりと聞き耳を立てていなければならない。護衛なのだ。いくら相手が優良取引先とは言っても、太宰に危害を加えるようならすぐにでも乱入して止めなければならない。
 ここまででも十分勘弁してもらいたいことのオンパレードなのだが、この仕事にはまだ続きがある。相手が去った後の太宰の介助だ。散々に食い散らかされた太宰の身体を拭いて、怪我をしていたら手当して、それから服を着せてやる。心を無にしてやるしかない。
 太宰は今日も、すっかり疲れきってされるがままだ。身体を拭いて、寝台の下に散らばった服を拾い集めていると、ずっと黙っていた太宰が口を開いた。
「中也も抱きたい?」
 来た、と思った。ここ数回、接待の度にこうして誘われる。最近、より一層この仕事が嫌いになった所以だ。
「抱くわけねぇだろ」
「なんで? 反応してるじゃない」
 股間に手を伸ばされそうになって、慌てて回避した。太腿を掠めた太宰の指先が冷たく冷え切っていて、太宰が今までここでしていたこととの対比にぞくりと怖気だつ。
 太宰はつまらなそうにするが、それ以上追ってはこなかった。いつもならここらで諦めてくれるのだが、今日は違った。
「ねえ、何が嫌なの? 男同士に抵抗がある?」
「仕事仲間に手は出さないみたいな信条があるとか?」
「もしかして処女厨?」
「まさか好きな相手としかセックスしないとか言わないよね?」
 太宰は推測を次々と口にする。太宰にしては珍しく当てずっぽうのようだ。中也はこの手の誘いにいい加減辟易していたので、これ以上そんなことを言い出さないよう、すっぱり断ってやろうと思った。
「手前が俺以外の奴ともう2度と寝ないっつーなら抱いてやる」
「なにそれ? それじゃ僕が抱いてほしいみたいじゃない」
「抱いてほしいわけじゃねぇなら今後はその話題は出すな。不愉快だ」
「そう、わかった」
 太宰は珍しくそれ以上の反論はせず、その日は大人しく家に帰った。

 その、2週間後だった。
「関係のあった女の子はみんな切ってきたよ」
 中也の家に押しかけてきた太宰は、いやに上機嫌だった。
「なんの話だ?」
「ちょっと、君が言い出したんだよ。まさか忘れたとは言わないよね?」
 そうは言われてもピンとくるものはない。太宰の女癖の悪さには虫唾が走るが、注意しても直らないのでそれについて言及することはとっくに諦めていた。中也が記憶を掘り起こしていると、痺れを切らしたのだろう太宰が先に答えを言った。
「もう! 『他の子と寝ないなら抱いてやる』って言ったのは君でしょう!?」
 カチリと頭の中のピースが嵌まった。けれど、それとこれとは話が別だ。
「手前、本気か?」
「当たり前でしょう。ちゃんと接待の後釜も見つけてきたよ」
「いや、その……
「なに? まさか今更冗談でしたとか言うつもり?」
 冗談のつもりはなかった。けれど、太宰が本気にするとは欠片も思っていなかった。
 その上、太宰は不自然な程に浮かれていて、まるで念願の遊園地に行く子供のようだ。とてもじゃないがセックスするような雰囲気じゃない。
「手前、俺のこと好きなのか?」
「なんでそうなるの?」
 心底不思議そうに尋ねられて、中也は頭を抱えたくなった。
「じゃあなんで俺とセックスしたいわけ?」
「だって絶対相性いいと思って!」
 太宰の返事は、中也の期待したものとは全くもって違っていた。
 中也は太宰のことが好きだった。そうだ、この際そこは認めよう。だから太宰の身体だけを手に入れるつもりなんてなかった。どうせなら太宰にだって自分のことを好きになってほしかったし、もし念願叶うのであれば当然浮気なんてされたくはなかった。けれど太宰は女と見れば見境がないから、全ての願いを叶えるのは無理だろうとほとんど諦めていた。
 だというのに、どうやら自分のことを好きになってもらう以外の全てが、今なら手に入るらしい。どういうことだ。
 太宰がキラキラした眼差しで中也の返事を待っている。これが自分とセックスする期待によるものだと思えば、そう悪いものでもない。
 いずれは好きにさせてみせる!
 中也は力強く決意して、据え膳をいただくことにした。

 太宰の言う通り、相性はすこぶる良かった。実を言うと、中也は初めてだった。だから他と比べることはできないが、太宰本人が「今までで一番良かった! 最高!」と興奮気味に申告してきたのでそうなのだろう。甚く気に入ったらしく、約束通り太宰は他の人間と寝ることはなかった。少なくとも中也の知る限りでは。
 でも結局、自分を好きにさせるという野望は叶わないまま、太宰はポートマフィアを去った。身体だけを手に入れるつもりはなかったのに、結果的にはそうなってしまった。



「ねえ、久しぶりだし、今晩どう?」
「やだ」
 再会後、当たり前のように誘われた。すぐにばっさりと断った。
 あっさり捨てておいて、あまりにも虫が良すぎる。太宰だってこの4年の間に相手がいなかったはずがない。もう、弄ばれるのは御免だった。
「ちょっと、流石にそれは理不尽じゃないの?」
「何がだよ」
「だって君が『他の人と寝ないなら抱いてやる』って言ったんだよ? それも『もう2度と』って。だったらせめて私が飽きるまでは付き合うべきじゃないの? 話が違うんだけど」
 太宰はその後もくどくどと文句を垂れ流していたが、中也の耳にはそこから先は入ってこなかった。
 確かに始まりはそうだった。けれど、女には見境のない男だから、どうせ中也にバレないようにこっそり寝ているのだろうとずっと思っていた。太宰に本気で隠し事をされれば、見破れる自信なんてなかったから。それでも、隠そうと思うだけでもマシだと思っていた。
「手前、まさかその約束ずっと守ってたのかよ」
「はあ? 当たり前でしょ。私は取引では嘘をつかないよ」
「この4年も?」
「破っててほしかったの?」
「いや……
 身体だけ手に入れるつもりなんてなかった。セックスするようになっても嫌がらせも悪態も変わらなかったし、中也のことを好きになったわけではないはずだ。たぶん、今だってそれは同じだし、この先だって、きっと一生「中也が嫌い」だと言い続けるだろう。それでも。
 あんな口約束だけでこんなにも囚われてくれるのなら、全部手に入れたと思ってもいいのではないだろうか。


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