夜明 奈央
2024-05-06 13:59:51
1890文字
Public 中太SS
 

酔いにまかせて

キスするのには理由がいるの
2023年11月20日初出

 太宰が先程から何かを話しかけてきているが、あまり内容は理解できていなかった。晩酌を始めて、それなりの時間が経過している。酒に弱い自覚はあるから、酒精が頭に回っているのだろう。現に頭はぐあんぐあんと回っていて、思考が上手くまとまらない。その状態で受け答えをしているから、会話が成立しているのかあまり自信はない。太宰は機嫌よく笑っているから、特におかしなことはしていないか、太宰も酔っているかのどちらかなのだろう。
 隣で手酌をしながら話しかけてくる太宰はほんのりと頬を染めている。この男は昔からムカつくぐらいに顔が良い。けれど普段の隙のない美しさよりも、こうして気を抜いてぽやぽやしている姿の方が、中也の心の真ん中を貫いてくる。胸を締め付けて、めちゃくちゃに抱きしめてやりたいような、世界中に自慢して回りたいような、よくわからない気持ちになる。どちらも実行したことはない。
 キスがしたい。何がおかしいのかくすくすと笑う太宰の横顔を見ながら、そう思った。長い睫毛や通った鼻筋、滑らかで丸みを帯びた頬は芸術品のような美しさなのに、カサついた唇や乱れた髪が人間味を醸し出す。
 キスがしたい。その小さく開いた唇に齧り付きたい。けれどその欲望を行動に移すのは気が引けた。拒否されるとは思っていないが、気恥ずかしさが先に立つ。一応恋人同士ではあるが、自分たちは無邪気にキスを交わすような甘い関係ではない。
「ねえ、酔ってる?」
 太宰が中也の視界を遮るように左手を振った。それによって、自分が無言で太宰を見つめ続けていたことに気づいた。横顔を見つめるだけだった先程までとは違い、視線が真っ直ぐに中也へと注がれていた。けれどその目元も口元も緩んでいて、愛おしさが増す。柄じゃない。きっとこれは酒精に冒されている所為だ。
「うん、酔ってる」
 全部酒の所為にしてしまえ。そう思って、目の前で振られていた手に指を絡めた。太宰は少しばかり驚いたようだったが、すぐに察して握り返してきた。絡めた手を上機嫌に小さく振っている。太宰も相当酔っているようだった。酔いの所為にすれば、多少のことは許される気がした。
 腰を浮かせて近づくと、太宰がそっと目を閉じた。許されたのだと理解してその唇に自分の唇を合わせる。離れると、目を開けた太宰と視線がかち合った。
 もう1度唇を合わせて、今度はその唇の柔らかさを堪能する。少しカサついて皮が剥けているところもあるが、ふにふにとして心地いい。何度か角度を変えて楽しんでいると、太宰が小さく唇を開いた。湿った粘膜の触れ合いが気持ちいい。
 ぐるぐると回るようだった頭が、ふわふわとした心地良さに塗り潰されていく。もっと奥まで貪りたい気持ちと、いつまでもこのまま唇だけを合わせていたい気持ちと、両方が共存する。
 太宰が大きく呼気を吐き出して、それを合図にするように離れた。太宰は深呼吸をするように何度も吐いて吸ってを繰り返している。もっと深くまで貪りつきたいというよりは、このままいつまでも可愛がっていたかった。
「可愛い」
 普段なら思っていても絶対に言えない台詞がするりと唇から滑り落ちた。自分で思っている以上に酔っているのかもしれない。
「君、酔いすぎ。酒臭い」
 文句を言うが、本気で咎める気はなさそうだった。押し除けられることもない。ふわふわの髪を撫でて頬にキスを落とすと睨まれた。それが可愛くて、今度はその目尻に口付ける。太宰が不服そうに唇を尖らせるが、顔中に好き勝手唇を降らせた。そわそわと落ち着かなそうにしているが、やはり抵抗はされなかった。

 翌朝目を覚ますと、中也の動きに反応するように隣で眠る太宰も目を覚ました。まだぼんやりとしたままの太宰を覗き込むと、引き寄せられてキスをされた。なんでもないことのように「おはよう」と続けられたが、突然のことに驚いて何も言えなかった。今までにこんな習慣はない。どころか、初めてされた。
「そんなに過剰反応されると恥ずかしいんだけど」
 太宰はぷいと顔を背けて寝台からするりと抜け出した。それを慌てて押し留める。本当は、太宰だってこういうことがしたかったのだろうか。浮上した仮説を、まさかそのまま聞くこともできない。
「なあ、もう1回してもいい?」
「だから聞かないでよ、そういうことは」
 もうとっくに酔いは覚めているはずだが、太宰の頬はほんのりと紅く染まっている。確かに正面から見据えられると、途端に気恥ずかしさが増す。けれど拒否はされなかったので、照れ臭さを誤魔化すように笑いながらキスをした。


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