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夜明 奈央
2024-05-06 13:58:29
2283文字
Public
中太SS
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できない約束
不老不死中太ハッピーver.
2023年11月19日初出
「俺はぜってぇ手前より先に死なねぇよ。約束する」
きっかけはなんだっただろうか。中也が突然そんなことを言い出した。驚いた。だってそんな不可能な約束をするような男ではないと思っていたから。そんなただの気安めみたいな口約束を信じられる程、お互いもう子供でも夢見がちでもなかった。現実を知りすぎていた。
「君いくつだっけ?」
「あ? なんでんなこと聞くんだよ」
「だって、もうそんな寝惚けたこと言うような歳じゃないでしょ」
そんな約束、間違いなく嘘になるとわかっていた。
中也には隠していたけれど、私は不老不死だった。だから何をどう足掻いたって普通の人間である中也には叶えることができない約束だった。なのに、自分でも不思議なぐらいに嬉しかった。死ぬつもりなんてないくせに生き急ぐみたいな中也が、そう思ってくれたというだけで、何かが満たされたのだ。
だから、その約束を本当にすることにした。中也の前から、死んだ振りをして姿を消した。乱歩さんにだけは勘付かれると思ったので、事前に計画を話しておいた。「お前も難儀だね」と呆れられたけれど、引き止められることはなかった。私の境遇に同情してくれたのかもしれない。
作戦は無事成功。私の死体は存在しないけれど、探偵社もポートマフィアも見事騙して、私は遠い異国の地へ旅立った。
それから、50年が経った。意識して情報を仕入れないようにしているから、今、中也がどうしているのか知らない。生きているのかも、死んでいるのかさえ。後悔はしていない。大切な人を幾度も失ってきた。目の前で死なれたこともあれば、数十年越しに風の噂で知ったこともある。数えきれないぐらいの年月を生きてきても、気分のいいものではなかった。
中也の訃報だけは、絶対に聞きたくなかった。死んだと知らなければ、どこかで幸せに生きている中也をいつまでだって夢見ていられるから。
カフェテラスから見える通りには、老若男女様々な人々が行き交っている。中也とよく似た髪色のちびっ子を見かけて、口元に知らず笑みが浮かんだ。
中也は今、どうしているだろうか。まだ50年だ。事故や病気でなければまだ死ぬような歳ではない。けれど不老不死の私と違ってもう70歳を超えている。ちょうど70歳ぐらいであろう老夫婦がちらりと視界に入った。でっぷりと太った腹は随分と重そうだ。
中也も今頃、あんな風になっているのだろうか? なっていても、おかしくはないだろう。けれど体作りには熱心だったから、今でもすらっとして現役で現場に立っている方がなんとなく想像しやすかった。それよりも生活習慣病の方が心配だ。規則正しい生活や栄養バランスの取れた食事なんかとは無縁の生活をしていたから。
ああでも、いつまでも現役だと思って前線を駆け抜けた後腰を痛めて寝込む、なんていうのは如何にもありそうだった。あの時中也の下を離れなければ、それを莫迦にして呆れながら看病するのは、今でも私の役目だったのだろうか。
後悔とは少し違うもしもの想像を、中也の下を去ってから幾度も繰り返した。そういう未来と天秤にかけて、私は「中也が死ぬところを見ない」方を選んだ。今改めて同じ選択を迫られたとしても、私はやっぱりあの頃と同じ選択をする。他の誰の死を目にしたとしても、中也が死ぬところだけは、見たくなかった。
「だーざーいー! やっと見つけた! そっから逃げんじゃねぇぞ!」
懐かしい声が聞こえた気がして、声の持ち主を探した。あの頃の中也そっくりの青年がずんずんとこちらを目指して近づいてくるのが見えてぎょっとした。
あれから50年経っていて、今の中也は70代のはずだ。中也本人であるはずがない。けれど子や孫というにはあまりにも似すぎている。記憶と異なるのはあの頃よりやや達観したような気配ぐらいで、顔貌は寸分違わない。まだ他人の空似やクローンとでも言われた方が納得する。
そうか、クローンか。荒覇吐のことを考えれば何らおかしなことではなかった。何故私のことを探していたのかはわからないが、長らく使っていないその名前を知っているということは、逃げても面倒なことになるだけだろう。そう判断して、大人しく中也そっくりの青年を迎えることにした。
「私に何かようかい?」
「ありまくりだ! 何の説明もなしに俺の前から姿消しやがって! 探すのどんだけ苦労したと思ってんだ!」
近くにくるだけで、その人物が中也であると確信してしまった。そんなはずはない。ないのに、纏わりつく空気が中也だと伝えてくる。体が自然に受け入れてしまう。
「中也なの?」
声が震えた。
「あ? 当たり前だろうが。手前の記憶力で元相棒兼恋人を忘れるわけねぇよな?」
忘れるわけがなかった。つい先程も中也のことを考えていた。いや、この50年、中也のことを考えなかった日なんてない。けれどこの状況はあまりにも異様だった。
「手前が不老不死だってのは知ってた。俺も同じだっつったら、信じるか?」
私の戸惑いを理解してか、端的な説明と共ににかりと笑った。
不老不死がそんなにあちこちにいるわけがない。とても信じられない。なのにその笑みがあの頃何度も見た、私を安心させるためのものだった。
「『ぜってぇ手前より先に死なねぇ』っつっただろうが。餓鬼じゃあるまいし、俺はできねぇ約束はしねぇよ」
頬に手が伸びてきて、優しく撫でられた。その手はいつかのあの日と変わらないぐらい優しくて温かかったから、人目も憚らずに目の前の胸に飛び込んだ。
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