夜明 奈央
2024-05-06 13:57:11
1629文字
Public 中太SS
 

ワンライ「ドライブ」

たまたま帰りが一緒になって家までドライブする
2023年11月11日初出

 今日は散々な1日だった。部下の失敗が発覚して朝から対処に駆り出されていたのだが、芋づる式に次々とミスが発覚して、今日はそれだけで日が暮れてしまった。他に急ぎの仕事もなかったので、ひと段落ついたタイミングで切り上げることにした。
 精神的な疲労感が強い。帰ったら良い葡萄酒を開けよう。確か少し前に買ったチーズもあったはずだ。
 考えながら車を自宅へと走らせていると、見慣れた後ろ姿を見かけた。似合わない砂色の外套を靡かせて、歩道をふらふらと歩いている。それに声を掛けようかとスピードを落として、隣に芥川がご執心の人虎がいることに気づいてやめた。
 真横を通りすぎるタイミングでちらりと横目に様子を伺うと、奴も視線だけをこちらに向けた。一瞬のアイコンタクトの後、サッと真横を通りすぎる。
 少し進んだところで、赤信号で停車した。この辺りは人通りが多くしょっちゅう信号に止められるから、車だからといって然程早く目的地にたどり着くことはできない。下手すれば徒歩の方が早いこともある。ちょうど帰宅ラッシュで交通量が増えている今はなおさらだった。
 そろそろ信号が青に変わるだろうというタイミングで、ちょうどよく助手席の扉が開かれた。
 太宰が当然のような顔をして乗り込んで、しれっとシートベルトを締めている。来ればいいと願ってはいたが、あまり期待はしていなかった。
 中也が何かを言う前に「あ、ほら。信号変わったよ」と促され、前を向く。こんな街中でクラクションを鳴らされるのも勘弁願いたいので、言われるままに車を発進させた。
「いいのかよ、置いてきて」
「ん? 君が物欲しそうにしてたんじゃない」
 不思議そうに問われた。反論しようとして、少しばかり心当たりがあったため苦い気持ちになる。
 おそらく先程の一瞬で中也の思考を読んで、人虎には適当な言い訳をして追ってきたのだろう。
「今日は依頼でたくさん歩いたからくたくたでね。ちょうどよかった」と冗談とも本気ともつかないことをぺらぺらと喋り倒している。これがこの男の一種の照れ隠しなのだと知っているから、自己嫌悪とは別に胸の奥がぎゅっと締め付けられるような気分だった。
「手前、直帰?」
「じゃなきゃ来ないよ」
 なんでもないことのように言うが、今の職場はマフィア幹部だった頃に比べれば自由度が低いはずだ。本当にそうだったかはわからない。
 目の前の信号が再度赤になって、ブレーキを踏んだ。そのまま慣性に従うようにハンドルに突っ伏す。
「なんか疲れてる?」
「おう」
「じゃあ帰ったらごはん食べてさっさとお風呂入ろう」
 提案されると、さっきまでは葡萄酒で一杯と思っていたはずなのに、それが最善のような気がしてくる。
「飯どうしよう」
「なにか買って帰る?」
 顔を上げてちらりと窓の外を覗き見ると、ちょうど今止まっている交差点にコンビニがあった。小さな駐車場は既に満車である。
「めんどくせぇ」
「じゃあカップ麺でいいんじゃない?まだ買い置きあったでしょ。もの足りないなら1個ぐらい蟹缶分けてあげる」
 話している間に信号が青に変わった。アクセルを踏みながら、太宰の言葉を反芻する。
「俺、そんな疲れて見える?」
「疲れてっていうか、物欲しそう?」
 首を90度回して、太宰の方を見た。すかさず「前見て運転しなよ」と突っ込まれる。
 気づけば前の車が止まっていて、慌ててブレーキを踏んだ。左折の歩行者待ちをしていたらしい。それをやり過ごしてから、しばらくは障害もなくただ真っ直ぐに進むだけだった。余裕ができて、ようやく自分の身体の奥で渦巻く欲に気がついた。
「帰ったら抱きたい」
「先ごはんにしようよ。私もお腹空いた」
 くすくすと笑う太宰は、きっと最初からそのつもりだったのだろう。中也だけが気がついていなかった。
 自覚すると途端に欲望が湧き上がってくる。それを鎮めようと、ハンドルを握る手に力を込めた。


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