森に「今晩食事でもどうか」と誘われた。「中也くんも誘ってあるんだ」と。急なことに些か不信感を抱きはしたが、別に初めてのことでもない。断る程の理由もない。太宰は訝しみながらも中也と2人、言われた通り本部に設けられた会食用の部屋へと赴いた。
供されたのは、ポートマフィアお抱えのシェフが作った料理だった。メニューは和食だったが、懐石というよりは和定食といった風情の、畏まったところのないものだ。まだほこほこと湯気を上げる煮付けは出汁の香りを部屋に漂わせ、食べる前からその味を想像させる。
太宰はメインであるそれに真っ先に箸をつけ、口に含んだところで疑問が湧いた。これは何の魚だろうか。魚だろう、おそらく。見た目や食感からは魚だろうと思った。しかし、その味はどうにも魚とは言い難い。どちらかといえば牛や豚のようだが、どちらとも違う。不思議に思いながら咀嚼して、飲み込んで、そこでひとつの可能性に思い当たった。
慌てて隣の中也を確認する。先に味噌汁を啜って白飯を掻き込んでいた中也はまだ件の煮付けを食べてはいないようだった。だが、目の前で今にも口に含もうとしている。
「毒だ!」
中也が口にするのを阻むために、そう叫んだ。中也はぴたりと動きを止めて、太宰に疑いの目を向けた。森の用意した食事だ。信じられないのも無理はない。
「酷い言い掛かりじゃないか! 毒なんて入れるわけないだろう。君にも中也くんにも死なれては困るし、私は今まで数え切れない程君の命を救ってきた」
白々しい台詞だった。そして、仕組んだのは森だと確信した。かつて森が不死連隊を作ろうとしていたのを知っている。
「そうですね。毒の方がまだ良かったかも」
知らずに上がっていた息をゆっくりと吐き出して吸い込む。森相手にカッとなっては分が悪い。
「これは、人魚の肉だ」
声が、小さく震えた。
先程の不思議な煮付けを思い出す。かつて食べた時は、天ぷらだった。味付けも調理方法も大きく異なっていたから、気づくのに時間がかかってしまった。
食べたのも、もう何百年前の話か。数えるのをやめてしまうぐらいには、遠い遠い昔だ。
「よくわかったね。希少で市場に出回らないはずだが。どうしてわかったんだい? もしかして食べたことでもあるのかな?」
森が笑みを深めた。森にはとうにバレているだろうと思っていた。今更誤魔化すつもりはない。
問題は中也だ。太宰が正真正銘の化け物だと知って、どんな顔をしているだろうか。
「なんと! 眉唾ものだと思っていたが本当に効果があるとは! これはますます食べてもらわなくてはいけないね! 中也くん、食べなさい」
「僕だって、最初の200年ぐらいは普通に生きてた」
にこにこと上機嫌で口上を述べる森を遮った。
数年〜十数年毎、誤魔化しきれなくなった頃に住処を変える。それ自体はどうだって良かったけれど、長すぎる生は退屈そのものだった。
「不老不死なんて、地獄だよ」
森を説得することは叶わないだろう。それなら中也本人に拒否させるしかない。いつだって我武者羅に生にしがみつく中也に、何と言えばこの地獄が伝わるだろうか。
言葉を選んでいるうちに、中也が自分の皿から煮付けを手掴みで口に入れた。突然のことに身体が動かず、止める間もなく中也の喉仏が上下するのを、ただ呆然と見つめた。
「君、人の話聞いてた……?」
「聞いてたよ。不老不死が地獄だってんなら、俺が一緒に地獄を生きてやるよ」
そんなことは望んでいなかった。ただ中也には普通に生きて普通に死んでほしかった。
太宰の顔が絶望に染まるのを、森は1人ほくそ笑んで見つめていた。
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