夜明 奈央
2024-05-06 13:53:14
2156文字
Public 中太SS
 

夢のようで夢ではない

寝てる中也にキスをする太宰
2023年10月15日

 太宰の身動ぎする気配で目を覚ました。けれどどうにも眠くて、目を開ける気にならない。
 太宰も起こすつもりはないようで、声を掛けるでもなくじっと息を潜めている。ベッドから抜け出す気配もないから、2度寝するつもりなのかもしれない。
 今は何時だろうか。まだ外が明るくなっていないことだけはわかる。今日は2人揃って休日だから、まだ起き出す必要はないだろう。昨日は遅くまで起きていたから、寝られるなら寝た方がいい。太宰が最近忙しくしていたことも、いつだってあまりよく眠れていないことも知っている。
 そのまま意識を手放そうとしたところで、唇に柔らかい感触が触れた。すぐに離れてしまったけれど、きっと太宰がキスをしたのだろう。眠くてまともに頭は働いていなかったが、それぐらいはわかった。
 随分可愛らしいことをするものだ。どんな顔をしてそんなことをしているのか知りたかったが、睡魔に負けて目を開けることはできなかった。
 その後太宰が寝直したのか起きてしまったのかも、俺は知らない。次に目を覚まして顔を合わせた時には、先程のあれは夢だったのかと錯覚するほど、いつも通りの小憎たらしさを発揮していた。惜しいことをした。
 それが、最初だった。

 その後も度々そういうことがあった。夜を共にした後だったり、任務の間の仮眠中だったりと状況は様々だ。寝起きはいい方なので、俺が気づいていない時もあるだろう。もしかしたらあの日だって、太宰にとっては初めてではなかったのかもしれない。
 太宰が寝ている俺にするキスは、いつだって可愛らしいおままごとみたいなものだった。唇を触れ合わせるだけで、音もしない。羽が触れるような微かなものだ。本当に夢の中の出来事のように感じる。しかも、すぐに離れていってしまう。俺が気づいて目を覚ましても、目を開ける頃には太宰はすっかり離れてしまっている。滅多に見ない緩みきった可愛らしい顔を拝めれば上出来といった有様だ。
 その日は、太宰がキスをするよりも、俺が目を覚ます方が少しばかり早かったらしい。俺のベッドで共に眠った翌朝だった。太宰の身動ぎではなく自然に覚醒したおかげで、俺の頭は寝起きからすっきりと冴え渡っていた。
 俺が目を開けたことに気づかなかったのか止まれなかったのか、太宰はそのまま唇を合わせた。この好機を逃すつもりはなかった。すぐに離れていこうとする太宰の頬を捉えて逃げられないようにして、自分から太宰の唇を求める。太宰は途端にびくりと竦み上がって、それから胸を押して離れようとした。
 本当はもっと堪能していたかったが、思いの外強い抵抗になんだか無理やり事に及んでいるような申し訳なさが上回って、諦めて唇を離した。すると転がり落ちるようにベッドから抜け出して、寝室を出ていこうとする。
「お、おい」
「君には情緒ってものがないわけ?」
 呼び止めることは叶わず、太宰は寝室から逃げるように出ていった。
 あそこまで拒否されるとは思わなかった。今更キスの1つや2つで文句を言われるような関係ではないはずだ。つい昨日だって、それ以上のことをしているのだから。
 それでも太宰の怒り具合から、どうやら単なる照れ隠しではないらしいことはわかった。なぜ怒っているのか完全に理解できたわけではなかったが、どうやら悪手だったらしいことは理解した。
 仕方がないので、それ以降は目を覚ましても反応しないことにした。
 柄にもなく幸せそうに笑う太宰を見ると、本当は抱きしめてめちゃくちゃにキスをしてやりたかったが、我慢した。それで機嫌を損ねてしまうのは、本意でなかったから。

 そんな日々は、太宰の失踪で終わりを告げた。別れの挨拶すらなかった。付き合っているはずだった。少なくとも俺はそう思っていた。捨てられたのだと思った。

 もし、今後どこかで再会したとしたら、どんな顔をすればいいのだろうか。
 太宰が死んだとはとても思えなかった。それは死んだという連絡が入らないからじゃない。あれだけ自殺未遂を繰り返しながら未だに死ねずにいるような奴が、そう簡単に死ぬわけがないという確信があったから。
 いざ再会してみれば随分とあっさりしたものだった。とても4年の空白があったとは思えない悪態に嫌がらせ。時間が巻き戻るのはすぐだった。巻き戻らないのは、ポートマフィアの誰も知らない、馬鹿みたいに平和な2人だけのあの日々ぐらいだ。
 お互いの世界はもう、交わることはない。そう思っていたのに。
 首領の計らいで、双黒が復活することになった夜。汚濁で力尽き、意識を手放そうとしている俺の唇に、いつかと同じように湿った何かが押し付けられた。
 カサついて硬くなった唇の感触はあの頃とは違っていたけれど、俺にはそれが太宰の唇だと確信があった。唇はすぐに離れた。それどころか太宰の体温まで遠のいていくから、今度こそ逃すまいと最後の力を振り絞った。
 腕を掴むと、あの日と同じように太宰の身体はびくりと跳ねた。あの日のような拒絶はなかった。
「捨てたんじゃなかったのか?」
 太宰はすぐに返事をしなかったから、それを聞く前に意識が途絶えた。
 目を覚ました後でも、太宰の唇の感触だけは、しっかりと残っていた。


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