夜明 奈央
2024-05-06 13:51:34
2764文字
Public 中太SS
 

初めてのキスは幾度目か

寝てる太宰に勝手にキスをする中也
2023年10月9日初出

 太宰はしょっちゅう死にかける。怪我や毒、本人による自殺未遂。これだけ死ぬような目に遭っておきながら1度も死んでいないのは、最早尊敬に値する。常人なら10や20は死んでいたことだろう。
 だから太宰が怪我をしただの狙われただのと聞いても、実のところあまり心配したことがない。
 けれどそんな太宰でも、幾度かは本気で死にかけたことがある。例えば大量に血を失って輸血が間に合いそうにない時だとか、頭を打つけて何日も意識が戻らない時だとか。
 その日は、その内のひとつだった。珍しく耐性のない毒にやられた。すぐに言えばいいものを「今度こそ死ねるかと思って」などという理由でしばらく放置したから、慌てて医務室に運び込んだ時にはもう毒は全身に回っていた。
 処置をしたが、もう3日程意識がない。「今回こそは無理かもしれない」と神妙な顔をした首領に告げられた。
 いつも死にたいだの自殺だのと言っている太宰からしたら、本望だろう。けれども、中也にとっては堪ったものじゃなかった。何度も死にかけては復活するから次もその次もどうせ生きているのだろうと根拠もなく思ってしまっている。
 けれど実はそうでもないのだと眼前に突きつけられると、途端に今までのあれこれを後悔してしまう。
 好きだと、伝えておけば良かったと。
 それができないなら、せめて自分で止めを刺すべきかと脳裏を過って、その考えを打ち消した。
 それは、本当に助からないとわかった時の最終手段だ。助かるかもしれない一縷の望みを、自分から手放すことはできなかった。
 意識のない太宰の唇に、これが最初で最後になるかもしれないと思ってキスをした。死にかけていても、その唇は柔らかくて温かかった。

 数日後、太宰は意識を取り戻した。「あーあ、また死に損ねちゃった」と笑う太宰は、いつも通りピンピンしている。こうして今回も太宰の不死身伝説がひとつ積み重なった。
 いつも通りでいられなかったのは、中也だけだ。
 もう1度、その唇に触れたい。
 欲を言えば、もっと深く貪りたい。
 中也と太宰は、相棒として頻繁に2人きりでの仕事を割り当てられる。幸か不幸か、中也にはその機会がいくらでもあった。
 辛抱堪らなくなって眠る太宰の唇を奪ったのは、太宰が死にかけたあの日から3週間も経っていない頃だった。

 それからは、眠っている太宰に度々キスをした。もちろん、全て一方的に。最初は太宰とキスをするのが目的だったが、いつの間にか太宰を起こさないようにキスをするスリルに嵌ってしまった。
 いざそういうつもりで機会を探れば、太宰は中也の前でびっくりする程に無防備だった。安心しきって眠る太宰は、中也に気を許しているのだろう。そう思うと少しの罪悪感と優越感が胸の内に湧き上がって、より深みに嵌っていくようだった。
 最初は唇を合わせるだけだったが、エスカレートしていくのにそう時間は掛からなかった。
 舌を差し込むと、太宰の熱くて柔らかい舌と絡み合う。激しさはないが、抵抗もない。キスを受け入れられているようで、恋人同士の幸せなキスのように錯覚した。

 キスをした回数が両手両足の指で数えられなくなってきた頃だった。
 移動中の車内で、太宰は仮眠を取ると言って眠りに就いた。よくあることだった。太宰の呼吸が深くなったのを確認してから、何度も繰り返したようにそっとその身体に覆い被さった。
 いつものように舌を入れて太宰の口内を堪能していると、太宰が鼻にかかったような声を出した。起こしたかと慌てて唇を離すが、起きた様子はない。
 もう1度先程の声が聞きたくて、同じ場所を探る。上顎のあちこちを探っていると、しばらくして先程掠めた場所を探り当てたのだろう。太宰がまた声を上げた。舌先が件の場所を掠める度に上がる声が可愛らしくて、下半身に熱が集まり始める。
 流石にこれ以上はまずいだろうという理性も頭の片隅にはあった。それでも腰が揺れるのは止められなくて、気づけば太宰の下半身に自分の股間を押し付けていた。そのうちに太宰の股間も熱を持ち始め、ふと見れば服の上からでもはっきりとわかる程に太宰の股間も膨れ上がっている。
「起きてんのか?」
 耳許で囁くが、反応はない。太宰の股間を服の上から撫でると、むくむくとさらに膨らんでいく。
 おそらく起きている。けれどこのまま寝た振りを続けるつもりのようだった。そっとしておいてやっても良かったが、本当はずっと先に進みたいと思っていた。
 中也を揶揄うことに心血を注ぐ太宰のことだ。もし嫌なら寝た振りなどせずに飛び起きて強姦魔だのなんだのとあることないこと“負け惜しみ中也”なる記事に書き立てることだろう。
 そうでないなら、この機会を逃すわけにはいかなかった。
 ちらりと運転手の様子をミラー越しに窺う。運転手は後部座席で何が起こっても口出ししない決まりだ。彼も例に漏れず、知らぬ存ぜぬを通すつもりのようだ。
 目的地までは、まだ十分に時間がある。
「起きねぇなら合意と見做す」
 仮に本当に寝ていたとしても目を覚ますだろう声量ではっきりと告げ、太宰のベルトに手を掛けた。
 その瞬間がしりと手首を掴んで止められ、「しんっじらんないんだけど!?」とすぐ側から悲鳴が降ってきた。太宰の瞼はしっかりと開かれ、ぐいぐいと手足全体で拒絶を示す。
「ちゃんとやめてやったじゃねぇか。文句あんなら寝た振りなんてしてねぇで抵抗しろよ」
「気まずいでしょ、相棒とキスなんて! キスぐらいなら知らない振りしてあげようと思ったのに!」
「だからしなくていいっつってんだろうが」
「だったら起きてる僕に堂々としなよ。寝てる間にこっそりなんて卑怯なことしておいて!」
 図星を突かれて思わず怯む。それを言われれば非は完全に中也にある。
「それは……悪い……
 もごもごと謝ると、車内に気まずい沈黙が流れた。しかし、ここまでやっておいて何も進展がありませんでした、なんてことは避けたい。
 意を決して口を開こうとしたが、それより太宰の方が先だった。
「で、他になにか言うことは?」
 言うべきことはたくさんあったが、太宰が望むものが何かはわからなかった。未だ落ち着きを見せない下半身に思考の半分以上が占拠され、上手く考えが纏まらない。
 気づけば本能そのままの内容が口をついて出た。
「手前を抱きたい」
「君、サイッテーなんだけど!」
 どかりと下半身目がけて蹴りを入れられ、悶絶する。車内が狭いお陰で大した力でなかったのは幸いであったが、張り詰めた股間には十分な刺激だった。

 太宰の機嫌を損ねてしまった所為で、合意の下でキスをするまでに結局1ヶ月以上かかってしまった。


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