中也にせがまれて、ペアリングを着けることになった。特別必要とは思わないが、どうしても嫌だと固辞する程嫌なわけでもない。着けてもいいと思ったから了承した。
中也は張り切ってすぐに宝飾店の予約を取り、そうして2人揃って来店したのだが。
「なあ、これなんかいいんじゃねぇの?」
「あ、これもいいかも」
「これは? 手前こういうの好きなんじゃねぇの?」
中也が先程からあれこれ勧めて来るのが、どうにも気に食わない。
私たちを担当してくれているのは熟年風の年嵩の店員だ。微笑みを絶やさないが、私が乗り気でないのを察しているのか心配そうに事の成り行きを見守っている。結婚指輪だ。安い買い物ではないし、おそらくここで散々に喧嘩を繰り広げたカップルも少なくないだろう。きっと、結婚が幸せなばかりでないことを最もよく知る職業のひとつだ。
「おい、せめてなんか言えよ。手前が着けるんだろ」
痺れを切らした中也が私の膝を小突いた。小さくため息を吐くと、中也は柄の悪い舌打ちをした。まさかこんなところでいつものような喧嘩を繰り広げるわけにはいかないので、仕方なく会話に応じてやることにする。いくら中也でも、この店の品々を弁償となるとかなりの痛手だろう。
「ペアリングなんだよね?」
「おう」
「君も着けるんだよね?」
「当たり前だろ?」
「じゃあなんで私が好きそうなデザインばっかり勧めて来るわけ?」
私が苛ついている原因はこれである。確かに私と中也の好みはかけ離れているし、中也好みの指輪を喜んで着けてやる程可愛らしい性格はしていない。が、一生物の買い物で中也に好みを捻じ曲げさせようという程意地の悪い性格をしているつもりもなかった。
中也は口を開こうとして、ちらりと店員の姿を確認して押し黙る。
「すみません、少し席を外してもらっても?」
店員に愛想笑いを向けると、「御用の際はそちらのベルでお知らせください」とだけ言い残してさっさと退散していった。心得ているのだろう。
「手前に着けさせたいから買うんだし、手前が気に入るデザインにするのは当たり前だろうが」
中也は店員が見えなくなるのを確認してから、明後日の方向を向いて告げた。
「じゃあ君は気に入らないデザインの指輪を死ぬまで着けてくれるの?」
「それは、まあ……」
「ほんとに? 私が死んで何十年も経っても?」
「手前はそう簡単に死なねぇだろ」
「わかんないでしょ。そんなこと」
中也は押し黙って、自分の拳を握りしめた。それから店員がサンプルとして持ってきていた大量の指輪の中からひとつを手に取った。
「じゃあ、こういうの着けてって言ったら着けてくれるわけ?」
「絶対嫌」
「話が違うじゃねぇか!」
「極端なんだよ! 君にはゼロか100かしかないわけ!?」
「だってお互い気に入るなんて無理だろ!? 全然好み合わないの知ってんだろうが!」
「そうだけどそうじゃないでしょう!」
つい大きな声を出してしまって、室内に声が響いた。ヒートアップしすぎたのを感じて、口を噤む。
お互いに手も出さずにこうして座ってする喧嘩なんて珍しくて、むず痒い気分だ。全く落ち着かない。こんな落ち着かない会話をいつまでも続けていたくなかった。
「もうペアじゃなくてもそれぞれ好きなの選べば良くない? どうせ一緒にいない時に私がふらふらするのが気に食わないだけでしょ? 君普段は手袋してるんだし、デザインなんて瑣末な問題じゃない?」
「それはやだ。そんなんするぐらいだったら手前好みの奴死ぬまで着けるって約束する」
力強い否定と共に、左手を握られた。ゆっくりと手袋を外して、中也の左手が重ねられる。
「同じ指輪嵌まってるのが見たい。手前がそれを了承したんだって噛み締めたい」
真正面から見つめられて、ドキリとした。この空間には2人だけだが、カーテン1枚隔てた先には店員も他の客もいるし、監視カメラだって動いているのだ。
胸がざわめいて、誤魔化すように中也の手を振り払った。それから流れるように店員の呼び出しベルを鳴らす。中也は何かを言おうとしたが、それより早く店員が顔を出した。
「すみません、今日はもう帰ります」
「は!? なに勝手に」
「全然イメージが固まってない所為で選べなくって。カタログ貰って帰っていいですか? 家でゆっくり選びます」
店員はにこやかに応じて、また奥に引っ込んでいった。
視線だけで「文句ある?」と尋ねると、意図はきちんと伝わったらしく黙り込んだ。そそくさと帰り支度を始めている。
無言のまま店を出て車に乗り込むと、乱暴に引き寄せられて噛み付くようなキスをされた。
「逃げたわけじゃないんだよな?」
「そんなに心配なら私が逃げないうちに早く選びなよ。ちゃんとお互い気に入るやつ」
意地の悪い笑みを浮かべてやる。こういう時、中也は逃げないし、私を逃がすこともしないと知っている。
今のところは、逃げるつもりもないけれど。
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