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夜明 奈央
2024-05-06 13:43:39
3425文字
Public
中太SS
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ワンライ「屈辱」とおまけの22歳軸
風邪を引いた太宰さん
2023年9月16日初出
「おーい、生きてるかー?」
ガンガンと扉を叩かれ、コンテナ全体が揺れるようだった。直接頭を金槌で叩かれているような気分だ。振動が身体全体に響く。やたらと寒いし、唾液を飲み込む度に喉に刺激が走る。頭にはぼんやりと靄がかかったようだ。
風邪を引いたのだ。ここのところ急に冷え込んだ所為で昨日は多少咳が出ていたが、一晩でここまで悪化するとは予想外だった。言うまでもなく昨日の入水失敗が原因だろう。
本日の仕事の予定を思い出そうとするが、思考が上手くまとまらない。大した予定は入っていなかったはずだが、なんだっただろうか。
「太宰ー! いるんだろー?」
ぼんやりと思考を巡らせている間にも、コンテナはガンガンと揺らされ続けていた。その度に、ぐらぐらと頭が揺れる。ひとまずあれをどうにかしてやめさせたいが、身体は重くてちっとも動く気になれない。携帯端末は寝台のすぐ近くの棚に置いてあるが、手を伸ばすのも億劫だった。
「10秒以内に開けねぇと扉ぶっ壊すぞー。じゅーう、きゅーう、はーち、」
不穏なカウントダウンが聞こえ始めて、仕方なく重い腕を伸ばして端末を手に取った。ロックを解除してコンテナを揺らし続ける犯人の番号を押す。一刻も早くやめさせる必要があった。コールは2回目で繋がった。
「帰って」
「いるんだろ? さっさと開けろよ」
「帰って」
同じ言葉を繰り返した。喉が痛くて、声が掠れた。それ以上の言葉を紡ぐ気にはならなかった。しばらくの沈黙の後通話が切られ、ほっとしたのも束の間、ばきりと嫌な音が響いた。すぐに部屋に冷気が流れ込んでくる。
「帰ってって言ったでしょ」
「10秒以内に開けねぇと扉ぶっ壊すっつっただろ」
それ以上の軽口に付き合う気にもなれなくて黙り込むと、中也は寝台に座り込んで端末を握りしめる太宰に真っ直ぐに近づいてきた。遠慮の欠片もなく伸ばされた手は、太宰の額に当てられる。いつも温かい中也の手も、熱を持った太宰にとってはひんやりと感じられた。
「やっぱ熱あんじゃん。他は?」
なんとなく認めるのは癪で黙り込むが、中也は元より返事など期待していなかったようだ。片手にぶら下げていたビニール袋をガサガサと揺らし、額に冷却シートを貼り付けられる。
「とりあえず水分摂っとけ」
続けてペットボトルのスポーツ飲料水を取り出し、蓋を開けて手渡される。無理やり手に握らされて、仕方なく受け取って口をつけた。飲み込む度に喉に刺すような痛みが走ったが、身体は乾ききっていたようでそんなこと構う気はなさそうだ。半分以上飲み干したそれを、中也は流れるように奪ってまた蓋を閉めた。
ちらりと覗いたビニール袋には、他にゼリー飲料やレトルトのお粥が見え隠れしている。中也なりの看病セットだろう。
「なんか食えそう?」
声を出すのは億劫だし、そもそも勝手に押しかけられたのも迷惑だった。だから答えの代わりに睨みつけると、中也は舌打ちと共に丸椅子にどかりと座り込んだ。脚を組んだ上に頬杖をつき、面倒そうに太宰の顔を見つめ返す。
「昨日珍しく咳してた癖に、部下が入水したとか言うから心配して様子見に来たんじゃん」
「そんなこと聞いてないし頼んでない」
「なら俺の質問に答えろよ。食欲は?」
黙って手を伸ばすと、ゼリー飲料を握らされた。またもご丁寧に蓋まで開けられていたそれを、大人しく口に含む。食欲はなかったが、喉を通らない程ではなかった。
中也は何をするでもなくその様子を見守りながら、淡々と会話を続けた。
「今日は仕事キャンセルして寝てろよ。なんか外せない用事あんなら俺代わりに行くし」
「君が代わりになるわけないでしょ」
悪態をつきながら本日の予定を再度思い描く。まだ頭は万力で締め付けられるように痛むが、コンテナを揺らす激しいノックがなくなっただけでも随分とましだった。
森に呼び出されていたが、メールの1通でも送っておけば十分だろう。その他の仕事は明日に回しても問題なさそうなものばかりだ。
「あっそ。なんか他に欲しいものあったら買ってくるけど」
いつもなら文句のひとつも返ってくるであろう台詞もあっさりと流されて調子が狂う。
半分程飲んだところで止まっていたゼリー飲料を取り上げられた。もうひと通りすることもなくなったからか、寝台に寝かされ、乱れた布団を肩まで掛けられる。
あまりにもいつもと異なる態度にどうしていいかわからなかった。こんな時に誰かに優しくされたことなんてなかったし、普段は中也とは喧嘩ばかりだ。こんな風に甘やかされるなんて、完全に想定外だ。
「それより君に扉壊された所為で寒いんだけど」
「なんだよ、じゃあ家来る?」
文句を言ったつもりだったのに、流れるように出てきた提案はやっぱり常とは異なる優しいものだった。
中也に気遣われるのが屈辱的で、でもなんだか悪くないとも思ってしまう。それを誤魔化すように背を向けて、「しばらくそこにいて」とだけ告げた。
◇ ◇ ◇
額にひんやりと冷たいものが当てられた。続いて小さく頭を撫でられる。撫でる手付きは心地いいが、頭はうっすらと汗ばんで不快だった。頭も身体も全てが重くて瞼を開けるのもしんどいが、頭を撫でる手が離れていくのが不満で目を開けた。目の前には心配そうにこちらを覗き込む中也がいる。
「熱あるみてぇだけど、体調どうだ?」
「頭痛い。喉痛い。身体重い」
「やっぱりな。今日は仕事休めよ。冷蔵庫にお粥作ってあっから、食えそうなら食え。あとはあったかくして寝てろ。水分はこまめに摂れよ」
中也は淡々と告げながら太宰の手の届く位置にスポーツ飲料水を置いた。この家にはなかったはずだし、額に貼られた冷却シートも常備しているものではない。朝から買ってきてくれたのだろうか。ふと見れば毛布がいつもより1枚増えている。太宰が寝ている間に随分と甲斐甲斐しく働いてくれていたらしい。
いつかの昔、まだこんな関係でもなければ頼んだわけでもなかったのに看病に来てくれた時のことを思い出す。あの頃は看病されるのが悔しくて仕方がなかった。
「今日仕事?」
「おう、なるべく早めに帰ってくるつもりだけど」
「じゃあさ、帰りにりんご買ってきてよ。すりおろした奴食べたい」
「おう」
「あとのど飴か蜂蜜」
「あー、蜂蜜はたぶんあったから行く前に探しとくわ」
あの頃は優しくされる意味がわからなくて戸惑ってしまったけれど、いつの間にか中也の優しさを受け取るのが当たり前になっていた。今ではこの程度の我儘は日常茶飯事だ。
風邪を引いている今ぐらい、普段は言わない我儘も許される気がして、小さく付け足した。
「あとね、行く前にちゅーして」
事務的に応対していた中也がぴたりと動きを止めた。それから不自然に視線を逸らされる。
「感染ったらどうすんだよ」
「感染らないでしょ。君が風邪引いてるのなんて見たことない」
「手前実は結構元気だろ」
「えー、そんなことないよ。頭はガンガンするし喉はイガイガして唾も上手く飲み込めないし今も凍えそうなぐらい寒い」
「暖房上げといてやるよ」
言葉の通りリモコンを手に取って空調を操作している。ピ、という電子音の後に、空調が温かい風を吐き出し始めた。そうではない。絶対にわかってやっている。
「今更ちゅーぐらいで照れないでよ」
なんだかこちらの方が恥ずかしくなってしまって袖を引くと、「別に照れてるわけじゃねぇけど」と頭を撫でられた。わしゃわしゃとかき回され、汗で湿った髪の毛の間に空気が通る。
聞き分けのない子供にするみたいな態度が気に食わない。不満を込めて見つめると、諦めたようにキスをされた。至近距離で視線がかちりと噛み合う。
「最中みたいな顔でねだってくんじゃねぇよ。こっちは元気なんだよ」
予想外の台詞に反応できずにいると、頭までがばりと布団を被せられた。
「もうさっさと寝ろ。んで早く治せ」
中也が立ち上がった気配を感じて、慌てて布団から顔を出す。ちらりと見えた横顔は誘惑に揺れ動いているようだった。これを照れていると言わずしてなんと言うのか。
「治ったら続きしようね」
「だっからそういうこと言うんじゃねぇっつの!」
中也がドスドスとわざと荒い足音で部屋を出ていくのを、太宰はくすくすと笑いながら見送った。
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