最近の中也はどうにも忙しい。ポートマフィアは敵対勢力との冷戦状態で始終ピリピリしていて、中也はその指揮を任せられているらしい。
私が出入りするこの家には数日顔を出していないし、中也が所有する他のセーフハウスにも帰っていないようだった。おそらく本部に缶詰めになっているのだろう。
私にはちゃんと食べろだのしっかり寝ろだのとしょっちゅう小言を言うくせに、自分のことを棚に上げるのは中也の悪癖だ。
時計の長針は、日付が変わってから既に2周程しているが、相変わらず中也が帰ってくる気配はない。
別にこういったことは珍しくもないし、帰ってくるかもわからない家主を寝ずに待っているような可愛げは持ち合わせていない。だから今日も、本来の持ち主のいない寝台に1人でそっと身を横たえる。
目を閉じて、眠りに落ちるのを待つ。時計がカチコチと秒針を鳴らす音がやたらと耳につく。
そうしていると、静まり返った部屋にガチャリと鍵を解錠する音が響いた。扉の開閉音と廊下を歩く気配で中也が帰ってきたのだと確信する。
寝台に入ってから30分は経っていたが、睡魔が訪れる気配はちっともなかった。元々大して眠らずとも困らない体質だ。このまま寝台に転がっていても眠れるとは思えなかったし、それなら久しぶりに顔を合わせる家主を出迎えるぐらいしようと思った。
寂しかったとか、そんな理由では決してない。
居室に向かうと、中也はまだ外套を脱いでいる真っ最中だった。どこかぼんやりとしているようで、私が近づいたことに気づいていないようだ。「おかえり」と声を掛けると、そこで初めて私に気づいたようで、ほっと安心したように口元を緩めた。
「随分疲れてるみたいだね」
「あー、まあ。ここんとこ寝る暇もなくて」
「落ち着いたの?」
「一応」
私は出迎えただけで特にすることもないので、ソファにぼすりと座り込んで中也の着替えを眺める。中也はスーツを脱ぐと、そのまま部屋着に着替え始めた。どうやら風呂に入る気力もないようだ。
手持無沙汰に手近にあったクッションを抱え込み、ころりとその場に横になった。一晩ぐらいならここでも十分寝られる。疲れているなら、今日は家主に寝台を譲ってあげようと思った。その程度の可愛げは私にだってあるのだ。
横になったままぼんやりと様子を眺めていると、着替えを終えた中也は真っすぐに私の方へ向かってきた。ソファの肘掛けに座り、転がっている私を上から覗き込む。
「手前ももう寝るとこだったんだろ? 寝ねぇの?」
「うーん、中也くんが随分お疲れみたいだから、今晩は寝台を譲ってあげようかと思って」
なんて優しい配慮だろう! と思っての言葉だったのだが、中也は途端に顔を顰めた。そして抱えていたクッションを奪って投げ捨て、私の手を乱暴に引いた。突然のことにバランスを崩してソファから落っこちたが、見向きもせずにぐいぐいと引っ張られて慌てて立ち上がる。
「どうしたの?」
返事はなく、私の手を握りしめたまま寝室へとずんずん進んでいく。わけがわからなかったが、特に拒否する理由もないので引かれるままについていった。
寝台に転がされ、ぎゅうと抱きしめられる。中也は私の困惑などお構いなしに「おやすみ」と告げて目を閉じた。
「えぇ? 寝づらくない?」
抗議の声を上げると、抱きしめる腕にさらに力が込められた。離す気はないらしい。
もう今更何を言っても無駄な気がして小さくため息を吐くと、腕の力が少しだけ緩んだ。私が逃げる気がないのを察したのだろう。
「明日仕事だから、朝には離してよ」
それには反応がなくて、代わりに小さな寝息が聞こえてきた。余程疲れていたのだろう。
明日の仕事を思い浮かべるが、私の方は特に急ぐような案件もない。遅刻したところで国木田くんが青筋を立てるだけだ。なら問題はないか、と国木田くんに聞かれればさらに怒られそうなことを思って、私もそっと目を閉じた。
今度は、眠れそうな気がした。
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