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夜明 奈央
2024-05-06 13:15:49
2324文字
Public
中太SS
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じわじわと
気づかれないように太宰の意識を侵食していく策略家中也
2023年6月4日初出
セックスがしたい気分だった。できれば、女の子と。そこに深い意味はない。
端末の連絡先一覧をスクロールする。あの子は最近会ったところだし、こっちの子は今日はたぶんダメだろう。やっぱりあの子かな、と目星をつけたところで、端末がちょうど良く着信を告げた。発信者を確認すると、ここのところ何度か同衾している子だった。目的の子とは違うが、なしというほどでもない。
「やあ、奇遇だね。私もちょうど連絡しようと思っていたところさ」
「今から急いで家に来て!」
歓迎を表したつもりだったが、それを遮るように厄介事の気配が飛び出してきた。一気に気分が下降する。
彼女のバックから聞こえるのはおそらくTVの音だ。それ以外に他人の声は聞こえない。慌ててはいるようだが、命の危険がある程の切羽詰まった様子は感じられない。
探偵社の人間として、本当に危険が迫っているのであれば多少面倒ではあるが助けに行くべきという意識はある。一応顔見知りだ。
ただ、危険でもないのに突然呼び出されるとなると、用件を聞くより前からご遠慮願いたい気分だ。
「そんなに慌ててどうしたんだい?」
「奴よ! 奴が出たのよ!」
「奴?」
「あの黒光する小さくて気持ち悪い奴!」
「もしかしてゴキブリ?」
「口に出さないでよ!!」
「そう、残念だけど私じゃ力になれなそうだ。他をあたってくれたまえ」
予感が確信に変わって、相手の返事も待たずに通話を切った。そのまますぐに着信拒否に設定する。端末を握ったままごろんと横になる。
さようなら。そろそろ手を切るべきとは思っていたよ。心の中で別れの言葉を唱える。
女の子は可愛くて柔らかくていい匂いがして好きだけど、こういうところは面倒だと感じる。何度か会ってセックスしたぐらいで彼女面するのはやめてほしい。いや、彼女でもさっきのは“なし”だろう。
なんだか他の子を探すのも面倒になってしまった。でもセックスはしたい。
少しだけ悩んで、手に持ったままだった端末で慣れた番号を呼び出す。相手は元相棒。女の子が良かったけど、気分が変わった。
コール音が8回を超えたところで、無理かな、と諦めかけたが、9回目の途中でぶつりと途切れた。
「なんだよ」
「セックスしたい」
「今どこいんの?」
「家」
「来る?」
「めんどくさい」
「手前ん家壁薄いじゃん」
「
……
駅前のホテル」
「わかった」
ぽんぽんと会話が飛び交ってめんどくさい突っ込みを貰うこともご機嫌伺いすることも一切なく決まった。こうやって用件だけで済む相手は希少で、大変ありがたい。
ホテルに到着して端末を確認すると、中也から数字だけの簡潔なメッセージが届いていた。先にその部屋に入っているのだろう。深夜に呼び出したにも関わらず随分と早い。
指定された部屋の前でメッセージを送ると、すぐさま扉が開いた。顔を合わせるなり何か言いたそうにするけれど、無言で迎え入れられる。
こういうところが嫌いなところであり、好ましいところでもある。どうせなら何も気づかないでいてくれればいいのに。
「手前、シャワーは?」
「まだ。浴びてくる」
「おう」
淡々と、必要最低限の会話だけ。戻ってくれば、言葉少なに行為の開始だ。
意思の疎通に言葉は不要で、視線だけが時折交わされる。身体は勝手に高みへ昇っていく。熱に侵蝕されて、思考を手放す。どろどろに溶かされて、境界がわからなくなる。このまま自分の形がなくなってしまいそうな。
***
お互い1度ずつ熱を吐き出して後始末をする頃には、太宰は幾分かすっきりした顔をしていた。会った時には酷い顔をしていたから、少しだけ安心する。
本当は何があったのか聞きたいけれど、あまり踏み込んで逃げられては敵わないのでやめておく。たぶん今日だって第1候補は俺じゃない。2番手か3番手、ならまだいい方かもしれない。それでも最終的には俺を選んだのだから、上出来だろう。
緩慢な動きで下着を身につけている太宰を見やる。
「寝るか?」
「んー、君は?」
「寝たい、けど」
言外に「嫌なら帰る」と滲ませると、気の抜けた顔で欠伸を零した。
「ならこのまま一緒に寝ようよ。朝起こしてほしい」
「おう」
隣同士、並んで布団に入る。無防備にこちらを見上げる顔に手を伸ばしたくなる。そうしてもいいものか躊躇していると、控えめに首筋に額を擦り寄せてきた。許されたのだと理解して後頭部に手を回して引き寄せる。
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
太宰の身体から力が抜けて仄かな重みが掛かる。柔らかな髪に指を絡めると、むずがるように小さく身動ぎした。
太宰がセックスしたがるのは、頭を空っぽにしたい時だと思っている。もしかしたら多少の認識の差はあるかもしれないが、概ね間違っていないだろう。きっかけは様々。単に脳が疲れているだけの時もあれば、1人で問題を抱え込んでいる時もある。なんにせよ、太宰に事情を説明する気はない。
そして俺にとっては残念なことに、相手にこだわりはないらしい。昔は物理的に近くにいたからそれで良かったけれど、今はそうはいかない。
だから俺は、太宰が自然に俺に会いたくなるように策を巡らすのだ。例えばノータイムでセックスに応じてやる気軽さとか、本当に何も考えられなくなるぐらいヨくしてやるとか、話したくないことを無理に聞かないとか、だけど決して無関心ではいてやらないこととか。その甲斐あってか太宰は今でも俺に連絡するし、少しずつその頻度も増えている。いずれそれが俺だけになれば良いと思っている。
それは神聖な祈りのような形をした、呪いだ。
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