夜明 奈央
2024-05-06 13:09:17
2640文字
Public 中太SS
 

人を試すなかれ

デート中にナンパされる太宰さんの話
2023年3月18日初出

「はぁ!? なに、ふざけてんの!?」
「いや、ほんとごめんって。今度絶対埋め合わせはするから。じゃあね」
「あっちょっと!」
 電話を一方的に切られ、持っていたスマートホンを投げつけてやりたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。ダメだ。これは先月買ったばかりの最新機種なのだ。これだけで2ヶ月分のバイト代だ。衝動に任せてそんなことをしては間違いなく後悔する。
 スマートホンはポケットにしまい、近くに落ちていたペットボトルを意味もなく蹴っ飛ばした。
 今日は彼氏とデートのはずだった。だけど付き合って約1ヶ月の彼氏は既に別れを考える程最低最悪。顔は良いがそれだけの男だった。本当に、顔は良いのだ。そんな男に言い寄られて付き合ってしまったが、完全に失敗だった。デートのドタキャンは既に片手で数えられないし、次の給料日には返すと頼み込まれて貸したお金は返ってくる気配がない。もう次の給料日が近づいてこようとしている。学生の身に諭吉はかなりでかいのだが。
 たぶん私は所謂ダメンズほいほいという奴なのだ。その前の彼氏はDV野郎で、その前は既婚者だった。その前は、と考えると虚しくなってくる。男を見る目がほしい。確かにイケメンに弱い自覚はある。だが顔だけで判断しているつもりはないのだが、なぜこんなにもハズレばかり引き当ててしまうのか。
 今日行くつもりだったランチの予約時間は、目前に迫っている。席だけの予約だし、1人でも行った方がましなのか、キャンセルした方が良いのか。どちらにしろ気が重い。
 大きなため息を吐いて顔を上げると、目の前のベンチに座っていた男がちょうど顔を上げて、ばちりと目が合った。その男はこれまた稀に見るイケメンで、つい魅入ってしまった。柔和な雰囲気の優男風の外見で、座っていてもわかる程足が長い。目を逸らせずにいると、その男はにこりとこちらに笑みを向けた。
 いける!
 確信を持って男の方に足を向けた。
「すみません、おひとりですか?」
「見ての通り」
 男はにこやかに応じて、空いていた隣の席を勧めてくれた。好感触だ。読んでいた本をちらりと見ると「完全自殺読本」という文字が目に入ったが、あまり気にしないことにする。たぶん、お仕事がカウンセラーとか精神科医とかなのだ。若そうだからその卵かもしれない。
「お兄さん、かっこいいですね」
「ふふ、嬉しいな。お姉さんも可愛いですね」
「ありがとうございます」
 見た目で同い年ぐらいだと思ったが、もしかしたらもう少し上かもしれない。物腰柔らかにさらりと褒め返すのにわざとらしいところがない。あと声が良い。
「あの、いきなりで申し訳ないんですけど、お昼まだならこの後ご一緒しませんか? 友達と行くつもりでお店予約してたんですけど、ドタキャンされちゃって」
「それはそれは。お店にもご迷惑でしょうし、私で良ければぜひ」
 よっしゃあ! と心の中でガッツポーズを決める。こんなイケメンと食事ができるならあのくそ彼氏とのデートより遥かに有意義な時間が過ごせるだろう。
 お店や予約について尋ねられて説明すると「ならすぐに行かないと間に合いませんね」と男が立ち上がった。そうするとさらにスタイルの良さが際立つ。私が一瞬見惚れていると、エスコートするように自然に先を促された。その姿にも嫌味なところは感じられない。かなりできる男らしい。今度こそ顔だけじゃない本物の紳士なのではないか!? と期待が高まる。ここまで来るといっそ天の采配のように思えてくる。神様、新しい出会いをありがとう! あの男とはすぐにでも別れます。諭吉は惜しいが、この際諦めよう。
 しかし5メートルも進まないうちに男はちらりと自分のスマートホンを確認して、顔を顰めた。ちっ、とやけに様になる舌打ちが聞こえて、耳を疑う。今までの優し気な雰囲気が一転してぎょっとしてしまった。
 一瞬で霧散したので、もしかしたら私の幻覚だったのかもしれないけれど。
「すみません、ちょっと急用が入ってしまって。残念ですがお食事はまたの機会に」
 申し訳なさそうに告げる姿はなんだか庇護欲を唆られる。
「あ、いえ。残念ですが、急にお誘いしたのは私の方ですし。でもせっかくですので良ければ連絡先だけでも……
 こんな良い男、そう簡単に出会えるものではない。なんとしてでも逃すわけにはいかない。これはきっと運命なのだ。私はこの短い時間でそう信じかけていたのだが、男からの返事は無情なものだった。
「ごめんなさい。そういうのは恋人に怒られてしまいますので」
 怒られた子犬のように謝る姿は大変可愛らしい。が、こちらが何かを告げるより先にそそくさと去っていってしまった。その背中が見えなくなるまで呆然と見送ってから、急に我に返った。
 やっぱ彼女いるんかい! と、叫び出したい気持ちをぐっと堪える。人通りの多い真昼間の駅前だ。そんなことをしない程度の理性は残っている。かなりギリギリだが。
 そりゃそうだ。あんなイケメンに彼女がいないわけがない。仮にいなかったとしたらまた人間性になにか問題がある奴だ。自分に言い聞かせるが、それぐらいで静まる衝動ではなかった。
 肉だ、肉が食いたい。あとデザートには生クリームたっぷりのパフェだ。申し訳ないが予約していたお洒落なカフェにはキャンセルの電話を入れることにして、まずは肉を食おうと焼肉屋に向かった。

***

 太宰は女の視界から自分が消えたことを確認し、逆方向へと足を向けた。小走りで本来の自分の連れである中也に追いついて、その背中に怒りをぶつける。
「ちょっと! デートほっぽり出して『帰る』ってどういうこと!?」
 先程太宰のスマートホンに中也から届いたメッセージだ。中也は一瞬振り向いて太宰を視界に入れ、「あぁ!?」と眼をつけたが、すぐに興味を失ったように前を向いた。その間も歩くスピードは落ちない。
「デートほっぽり出して女としけ込もうとしてる奴にだけは言われたくねぇよ!」
「そこは君が助け出すとこでしょ!?」
「ンなめんどくせぇこと誰がするかよ」
「めんどくさいってデートに誘ったのそっちでしょ!?」
 ぎゃあぎゃあと言い争う姿にちらちらと視線が向けられるが、本人たちに気にした様子はない。周囲の喧騒など気にもならないとでもいうように2人だけの世界で騒ぎ立てながら、それでも付かず離れずの距離で雑踏の奥へと消えていった。


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