太宰と出会って、3回目の冬だった。近頃は仕事を共にする機会が減って、反比例するようにプライベートの時間を一緒に過ごすようになった。そのうちに太宰に唆されて、夜を共にするようになった。
けれど俺たちは相変わらず、ただの相棒だった。それに不都合はなかったけれど、いつしかこの曖昧な関係をどうにかしたいと思うようになっていた。
普通、仕事の相棒とセックスはしない。一般常識から外れた世界で過ごしていたって、そのぐらいの常識は持ち合わせていた。
セフレというには近すぎる。
一般的には恋人が最も近いのだろうけれど、太宰が俺以外の奴とも寝ていることは知っていたし、それを咎める気もなかった。特に嫌悪感もなかった。だからずっと曖昧なままにしていた。
それが変わったのは、些細なきっかけだった。いつものように夜を共にした翌朝。俺が寝台を抜け出そうとすると、太宰がまだ目も開けないまま手探りで俺の手を掴んで引いた。それから甘えるように手の甲に額を擦り付けた。穏やかに眠る横顔が、確かにそのとき緩んだ。それだけ。
誰と寝ていたって気にならない。けれど、この顔を見るのは俺だけであればいいと思った。これが独占欲というものなのだと理解した。
しばらくして目を覚ました太宰と共に遅めの朝食を囲む。太宰がトーストに塗りたくっているのは苺ジャムだ。俺は使わないのに、太宰のためだけにこの家に常備されている。
俺たちは好みもセンスも違うから、ここにはそういった物が溢れている。そんな関係になってから、一体いくつの季節が過ぎ去っただろうか。
「なあ、付き合おうぜ」
半ば諦めの気持ちで切り出した。負けず嫌いのこいつは絶対自分からそんなことは言わないだろうし、ここは俺が大人になってやろう。そう思った。
けれど、太宰の反応は俺の予想とは違っていた。
「なんで?」
心底意味がわからないという顔をされて、戸惑ってしまう。
「なんで、って……俺らほとんど付き合ってるみたいなもんだろ」
「なら言い方を変えよう。何が目的?」
目的、という契約じみた言葉に俺が顔を顰めると、太宰はわざとらしく大きなため息をついた。意味が正しく伝わっていないと思ったのだろう。
けれど普段のように巫山戯て馬鹿にするようなことはなく、丁寧に説明を続けた。
「私たちは相棒でしょう? 少なくとも現時点では私も君もそれ以上ではないと思っているはずだ。だからそんな発言が出てきたのだろうし、それで不都合はなかったはずだ。それをわざわざ変えようっていうなら、何かしら理由や目的があるものじゃないの?」
「好きだから、じゃダメなのかよ」
「ほんとに好きならそれでもいいけど、違うでしょ」
すぐに反論しようとして、口を噤む。それを見た太宰はいつものようにせせら笑った。
「もっと良く考えてから言いなよ。別に今のままで困ってないんだし、その方が気楽じゃない?」
太宰は俺の提案を拒否したけれど、関係が変わることはなかった。以前と変わらず俺の家に通い、飯を集り、寝台に潜り込む。時々身体を交える。その生活を俺は結構気に入っていたし、太宰もきっとそうだった。
あの時の太宰の言葉を考える。
一緒にいて楽なのは、今更嫌われる心配をしなくて良いからで、死なないように必死で守るのはこの手で殺してやりたいからだ。その気持ちは初めて会ったあの頃から変わらない。
一方で、太宰が“嫌がらせ”と称して俺にばかり構うことに対する優越感や、そんな顔を見せるのは俺だけであればいいといった独占欲は自覚している。一応振られた身ではあるが、あっさり引き下がる気にもなれない。それだけ執着しているということだった。
客観的には十分好きだといっていいだろう。そもそもいくら顔がいいとはいえ、大嫌いで仕方のない男を抱けるわけもない。
でも太宰の言う通り「好きだ」とはっきり自認したことはなかった。
しばらく考えて「独占したい」のだと伝えた。拒否された。「知ってると思うけど他の人ともセックスしてるし、君と付き合ってもそれが理由でやめるつもりはないよ」と付け加えられた。
そこについてとやかく言うつもりはなかったけれど、言わないでおいた。詳細を語るのは、俺以外と寝るなと言うよりよっぽど恥ずかしい気がしたので。
それと、収穫もあった。どうやら付き合うこと自体が嫌なわけではないらしい。必要なのは太宰の納得のいく理由のようだ。諦める気にはならなかったので、俺はこれはという理由を思いつく度に再挑戦を繰り返した。
だが、その悉くは受け入れられなかった。
「手前の隣に立ちたい」と言えば「相棒で何が不満?」と返された。「心配する権利がほしい」と言えば「いつもしてるじゃない」とあしらわれた。「手前の帰る場所になりたい」と言えば鼻で笑われた。「手前の人生に口出ししたい」と言ったら「他の誰に口出しされたとしても君にだけはされたくない」とゴミを見るような目を向けられた。
結局俺たちはずっとセックスもする相棒だった。その関係は、ある時あいつが忽然と姿を消すまで続いた。
◇◇◇
4年の空白を経て、再会した。セックスもする“元”相棒になった。自分でも馬鹿じゃないのかと思う。けれど俺も太宰も、この関係が気に入っているのだ。今も昔も。もう一歩進みたいと思っているのは、俺だけみたいだけれど。
「俺と付き合おうぜ」
最初の日と同じように、朝食の席で切り出した。太宰は自分のトーストにたっぷりと蜂蜜をかけている。俺の家にはまた、自分じゃ使わない物が少しずつ増えていた。
「理由を聞こうか」
太宰は楽しそうに言った。
何度も繰り返した会話。このやり取りを楽しんでいるだけなんじゃないかと実は少し疑っている。了承もヒントも得られなかったから、太宰が何を望んでいるのかはわからないままだ。
「今度俺の前から姿を消す時は、ちゃんと“別れ話”をしてほしい」
「なるほど」
始まる前から別れる時の話をするのもおかしな話だが、別れの言葉もなく姿を消されたことが心残りだった。「ついてきて」なんて言葉は期待していないが、せめて一言ぐらいあって然るべきだったんじゃないかと今でも思う。置いていかれたことよりも、そちらの方がショックだった。
太宰はなんてことないようにトーストを一口齧っている。それをゆっくりと咀嚼して、それからミルクと砂糖がたっぷりと入ったカフェオレを一口啜った。
それを見ながら俺も熱々のチーズが載ったトーストを齧る。あまりにも何度も繰り返したから、振られるかもしれない緊張感なんてものは存在しなかった。ダメで元々。また次の理由を考えればいい。
「それは確かに付き合わないとしないかもねえ」
だから初めて太宰が同意して見せたのに驚いた。伸びたチーズが糸を引いてテーブルの上に落ちたが、それを気にする余裕はない。
「いいよ。消える前には“別れ話”してあげる」
「……それは、俺と、付き合うってことで、いいんだな?」
「うん」
今までの攻防が嘘だったかのようにあっさりと了承された。すぐには事態が飲み込めずに太宰の言葉を何度も反芻する。じわじわと理解が追いついてきて、興奮に身体が熱くなる。
俺は感動に震えているのだが、太宰はあっさりとしたものだった。長年のあれこれに何か思うところはないのだろうか。のんびりとトーストに齧りつき、咀嚼して、それから質問を繰り出した。
「ちなみにそれ、私が約束破ったらどうなるの?」
どうせまた断られるだろうと深くは考えていなかった。
「そしたら、別れてねぇんだから、まだ付き合ってるってことだろ? 待ってるんじゃねぇの?」
「うーん、それはちょっと重いなぁ」
けれど太宰は困ったように笑うだけで、先程の言葉を撤回しようとはしなかった。
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