夜明 奈央
2024-05-06 11:08:55
3876文字
Public 中太SS
 

微睡の中でだけ使える魔法があるの

寝てる時には優しい
2023年1月2日初出

 ジリリリリリ
 携帯電話の着信音が空間を切り裂くように突然鳴り始めて、2人はぴたりと動きを止めた。行為に及ぼうとベッドに乗り上げた直後だった。
 太宰は無視して中也のシャツに手を掛けたが、すぐにそれを制止される。
「おい、出ないのかよ」
「どうせ大した用事じゃない」
 今は緊急で動くような案件は抱えていなかった。だから誰だか知らないが、メールで用件を送るなり後で掛け直すなりしてやれば事は足りる。太宰にとっては今はこちらの方が重要だ。なんせ3週間振りなのだ。とっくに身体はその気になっている。
 なのに中也はすっかりそちらに気を取られて、一向にこちらへ意識を向けてくれない。シャツのボタンを外そうとしたが、手を掴まれて寝台から放り出された。
「急ぎだったらどうすんだよ」
「だから大した用事じゃないってば」
 けれど鳴り続ける着信音は確かに耳障りではあったので、仕方なく脱ぎ捨てたコートのポケットを弄って携帯電話を取り出す。相手は森だった。
 電話を掛けてくる可能性のある用件は2、3思い浮かぶが、どれもくだらないものばかりだ。今は茶番に付き合ってやる気にはなれない。
 通話を拒否して、そのまま電源を落とした。
「後で掛け直せば大丈夫だよ」
 中也が釈然としていないのが伝わってくる。それを有耶無耶にするべく、中也の上に乗っかった。
「今はこっちの方が大事」
 キスを仕掛ける。納得はいっていないようだが、それでもこちらに意識が向いた。中也だって興奮していたのだ。多少萎えたかもしれないが、今ならすぐに引き戻せるだろう。
 シャツの裾から手を忍び込ませても、先程のような抵抗はない。腹筋に沿って指を這わせると、ようやくその気になったようだった。太宰のベルトに中也の手が伸びる。金具を外した、その時だった。
 ブーッブーッブーッ
 今度は中也の携帯電話が着信を告げた。その瞬間ズボンを引き下げようとしていた手はあっさりと遠ざかっていく。それどころか手荒に中也の上から退かされた。
「ちょっと!」
 しかし中也は抗議の声などには耳を貸さない。忠犬そのもののように音のする方へ飛んでいき、すぐさま通話ボタンを押した。
「はい、中原です」
 蹴り飛ばされた脇腹が痛い。だがそれ以上に、嫌な予感がした。中也に気づかれないようにゆっくりとベッドから降りる。
……いえ、……はい。…………はい」
 中也の相槌を聞きながら脱ぎ捨てた服を拾い上げる。だがそれを身につけるより先に中也がこちらを一瞥した。
 すぐに扉へ向けて走り出したが遅かった。スタートは中也の方が一瞬遅かったが、この獣のような男に身体能力で勝てるわけはなく。扉の1歩手前でがっしりと腕を掴まれた。
 ギギギ、と油の切れた機械のような動きで首をそちらへ向けると、耳に中也の電話が当てられる。
「首領から」
「いやあ、太宰くん。酷いじゃないか。何も電源まで切らなくても」
 直接と電話越しに耳に届く声にげんなりする。諦めてため息をつくと、太宰が観念したのが伝わったのだろう。「自分で持て」と視線で示され、電話を持っていた中也の手が離れていった。
「どうせ大した用じゃないんでしょう」
「何を言ってるんだ、一大事だよ! エリスちゃんが、こないだ買った服着てもいいって言ってくれたんだ」
「良かったじゃないですか」
「それがねぇ、条件があって。今からエリスちゃんをケーキバイキングに連れていかないといけないんだ」
……今から?」
 部屋の時計を確認する。森の予定を頭に浮かべ、声が低くなった。
「そう。だから1時間後の商談にはちょっと行けそうにないんだ」
……貴方、馬鹿なんですか?」
「お願い。太宰くんにしか頼めないんだ」
 それはそうだろう。この件に関与しているのは森と太宰の2人だけだ。
 約束を取り付けるのに随分と苦労したから、延期という選択肢はない。この調子では、エリスとのデートを延期しろという至極真っ当な進言は聞き入れられないだろう。つい3日前にもしていたくせに。太宰が中也と行為に及ぶのは実に3週間振りのはずだったのに。
 まだお願いと言っているが、ここで渋れば首領命令だのなんだのと言い始めるのは目に見えている。だから結局のところ太宰に拒否権などない。けれど素直に聞いてやるのも癪だった。それに名残惜しい気持ちだってある。
 中也の様子を窺うと、中也は話の内容を察したらしい。乱した自分の衣服を整え、太宰の衣服を拾い集めている。それに名残惜しさなんて一切感じられない。自分だけかと思うと一層気分は下降した。
「わかりました」
 了承の返事をし、いくつかの連絡事項をやり取りして通話を切る。その間に自分の携帯電話の電源を入れ、部下に車の手配をする。1度本部に寄る必要があるからあまり余裕はない。
 もう1度大きなため息をついた。外されたベルトの金具を留め、緩められたネクタイを締める。普段はそんなことしない中也が待ち構えていたようにコートを着せかけようとしてくるのに苛立って奪い取った。
「君、サイッテー」
「んだよ、人が親切心で手伝ってやってんのに」
 乱れた髪を整えるように頭に手が伸びてきて、それも振り払った。
「そっちじゃない」
「じゃあなんだよ」
 太宰より電話を優先したこととか、あっさり居場所を明かしたこととか、名残惜しいなんて微塵も感じていなそうなこととか。何よりこういったことは今回が初めてでないこととか。
 不満はいくらでもあったけれど、どれも言う気にはならなくて唇を噛む。
 代わりに、せめて引き留めてよ、と念じてみる。残念だな、と一言言ってくれるだけでもいい。
 けれどそんな思いはちっとも届きやしない。
「なんだよ、文句あんならはっきり言えよ。わかんねぇだろ」
 その如何にも面倒だと言わんばかりの物言いに苛立つ。すぐに商談を終わらせて戻ってこようと思っていたが、もうそんな気分ではなくなってしまった。
「ないよ。今日はもう戻ってこないから」
「へーへー、勝手にしやがれ」
 おざなりに見送られて部屋を出る。ついては来ない。せめて玄関まで見送りに来るぐらいできるだろう。
 むしゃくしゃした気分のままエレベーターに乗り込む。
 だから中也は嫌いなんだ! 今まで数え切れないほど繰り返した言葉がまたも脳内にこだました。

◇◇◇

 ジリリリリリ
 携帯電話の着信音が空間を切り裂くように突然鳴り始めて、意識が浮上した。けれどそれはすぐに止まった。
「でんわ?」
 すぐに完全覚醒はできなくて、舌足らずな声が出る。目も半分ぐらいしか開いていない。それを閉ざすように誰かの手が覆いかぶさる。中也だ。
 仮眠室で眠りに就いた時は1人だったはずなのに、いつの間に入ってきたのだろう。疑問は湧くが、それよりも中也の穏やかな気配が浮上した意識を再び眠りの底へと誘う。
「まだ寝てていい」
「そっか」
 目を閉じると中也の手は離れていって、今度は髪を梳くように撫でる。それはそれで心地いいけれど、それより頬を撫でてほしいなと思うと、願いが通じたように今度は頬を撫でられた。引き寄せられた手に頬を擦り付ける。小さく空気が震えるのがわかった。たぶん、笑っている。
 中也は自分の携帯電話を取り出し、どこかに電話を掛け始めた。
「中原です。失礼ですが、先程太宰に電話を掛けましたでしょうか。……いえ、……はい。…………はい」
 子守唄のような優しい声が微睡の中に響く。
「すみません、いるんですけど、仮眠中で。あんまり顔色が良くないので、お急ぎでなければこのまましばらく寝かせておいてやりたいのですが……。はい、そうです。ありがとうございます」
 すぐに通話は切れて、室内に再び静寂が戻ってきた。
 額に触れるだけのキスが降ってくる。
「良い夢を」
 遠ざかる中也の手にがっかりする。嫌だなあ、もう少し近くにいてほしいな。心の中でだけ念じる。
 そうすると部屋の外に向けて歩き出したはずの中也が戻ってきた。それどころかベッドの傍に座り込む。
「起きたら首領に連絡するよう言わなきゃなんねぇし」
 言い訳のように溢れた独り言がおかしくて笑ってしまう。笑ったのは夢の中だけだったかもしれないが。
 せっかくいるなら、撫でてほしいな。太宰が願うと、それを叶えるように頭を撫でられる。頬にキスまで降ってきた。

 何故だかわからないが、太宰には魔法が使えるらしい。微睡の中にいる時だけ。中也限定。起きてからも作用するようなことには使えない。
 そんなもの何の役にも立たないようで、これが意外とそうではない。
 だって太宰が願うことはほとんどなんだって叶えてくれる。その上中也には操られている自覚がない。はっきり問い質したことはないが、中也はその間のことは覚えていないようだし、太宰にも知られていないと思っている。
 効果がなくなってしまうといけないので、これからだってもちろん言うつもりはない。

 そんなわけないだろうって?そうだね。この世界には異能はあっても魔法なんて存在しない。それは太宰にだってわかっている。しかも太宰の異能は無効化だ。こんな効果はあるはずもない。
 でもね、これが魔法じゃなくて中也の本音だなんて認めたら、普段のあれやこれやを仕方ないなとあっさり許してしまいそうになる。
 だから、これを起きている間にやってくれるまでは、やっぱり魔法だと思っておくよ。


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