ピッピッと無機質な電子音だけが部屋に響き渡る。太宰がまだ生きていることを示す唯一のものだった。真っ白なシーツに負けないぐらい白い顔をしてピクリとも動かずに横たわる姿は、もう死んでいるのだと言われれば信じてしまいそうな程だった。
自殺だった。太宰に限っては全くもって珍しいことなどない。こうして医務室に担ぎ込まれたことだって数えきれない。それでも、何度経験したって慣れるものではなかった。
間に合ったのは偶然だった。たまたま訪れた執務室で太宰が倒れているのを発見した。予定していたものではなかった。発見が遅れれば、助からなかったかもしれないと言われた。何度も繰り返される自殺未遂は太宰の生命力の証明のようでもあって、実際はいつそれが未遂でなくなるのかわからない不確かなものだった。
ぎりりと奥歯を噛み締める。じっと見つめていると、閉じられた瞼がふるりと震えた。やがてゆっくりと開き、寝台脇に座る俺を視界に収めた。
「なんで助けたの。もうちょっとで死ねるところだったのに」
暗く静かな湖の底を思わせる声だった。虚な目が、死の淵を覗いていた。
生きていてほしい。そんな細やかな俺のたったひとつの願いが、太宰本人にだけどうやっても届かない。
「好きな奴死なせたくねぇ、生きててほしいって思うのは、当然だろ」
伝われ、と願いを込めて、初めて本音を溢した。
最初の頃はそんなに深い意味はなかった。仲間が死なないようにするのは当然のことだ。それがいつの間にか他の誰よりも死なせたくない存在になっていた。
嫌いあっているはずの俺にこんなことを言われたって、太宰は信じないかもしれない。それでも、太宰に死んでほしくないと思っている人間が1人でもいると知れば、少しは変わるかもしれない。一種の賭けだった。
「なに、言ってるの」
「別に手前とどうこうなりたいとか思ってねぇから安心しろよ。余計なこと言わねぇから、生きてろよ」
「君、私のこと殺したいんじゃなかったの?」
太宰は乾いた笑いを漏らした。いつもの馬鹿にする響きならどんなに良かったか。会話しているのは俺のはずなのに、心は全くこちらを向いていなかった。
「なんだ、口だけか。知ってるでしょ、私が死にたいの」
「なんでそんなに死にてぇんだよ」
「教えたら殺してくれるの?」
ようやく口にした問いを、太宰は嘲笑った。本気で殺してほしいと思っているように見えた。俺の願いは届かない。
「そうじゃないなら、もう出てってよ」
細く開かれていた目が閉じられた。もうこれ以上話をする気はないようだった。
「心配しなくても死なないよ。舌を噛むのは痛いから遠慮したいしね」
太宰の手足は縛られている。舌を噛む以外に今の太宰が自殺する手段はない。
俺はそれ以上何も言えずに病室を出るしかなかった。
***
病室を出る中也を気配だけで追う。中也が見ていないとわかっていても、その背を視界に入れようとは思えなかった。
中也が僕のことをそういう目で見ているのには気づいていたし、中也のことは少なからず好ましいと思っていた。決して中也が好きだとか欲しいとかそんなことは思っていないが、向こうが下手に出るなら考えてあげようと思っていた。
なのに「生きて」だなんて。
僕が最も嫌いな言葉を、僕を好きだと言うその口で紡ぐのが許せなかった。
どうしてあんなことを言うのだろう。
理由はわかっているけれど、決して認めたくなんてなかった。
「君さぁ、死なせてっていつも言ってるじゃない」
「俺が殺すまで生きてろって言ってんだろ」
何度となく繰り返した会話。もう中也が私を助ける理由なんてなくなったはずなのに、まだそんなことを言うのに辟易する。
4年も会っていなかった、結局相棒以上にはならなかった男に対して情が深すぎるのではないだろうか。
私を庇って撃たれた箇所から血が流れている。腕と脇腹は掠っただけ。でも抉られた太腿は動脈をやられたのかだくだくと血が溢れている。私に触れてさえいなければこんな弾、中也にとっては砂粒程度のものだったのに。
死にたい私を庇って生きたい中也が死にかけるなんて馬鹿げてる。
「あーあー、死にたいなぁ」
「馬鹿なこと言ってる暇があったらこっから逆転する手段考えろよ。手前にできるのはそれだけだろ」
「はいはい。死にたいけど君と心中するのはごめんだからね」
瓦礫の影に隠れて中也の応急処置をする。その間脳内では次の作戦を高速で練っていく。中也を死なせるつもりなんてない。
「セックスしたい」なら交渉次第で許可してあげるつもりだった。私の身体はそんなに安くはないけれど、中也ならいいかなと思っていた。今だってそう思っている。
「付き合いたい」でも、前向きに検討ぐらいはしてあげた。
それを「生きて」だなんて。
1万歩ぐらい譲って、「一緒に生きて」なら、交渉の盤上にぐらいはのせてあげたのに。
私と違って死にたいなんて微塵も思っていない癖に、私と自分を天秤に掛けた時、迷わず私を選んでしまう君が嫌いだ。これまでも、これからだって、ずっとずっと大嫌いだ。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.