夜明 奈央
2024-05-06 10:55:44
2341文字
Public 中太SS
 

I love you

I love youを訳すと?を中太で考えた結果
2022年11月14日初出

 太宰は仕事を終え、気怠い足取りで帰宅した。社員寮の扉の前に立つと、部屋の中から人の気配がする。
 心当たりを思い浮かべながら、脳内で面倒だなぁと毒づいた。心当たりは10や20では効かないのだが、可能性が高い人物は3人程。誰が来ても面倒極まりない。
 遅い時間であることも幸いして、面している通りに人気はない。何気ない風を装ってノブに手を掛け、中の気配を探る。
 薄い扉越しでも、潜められた呼吸音は聞こえやしない。それでも馴染んだその気配が先程思い描いたうちの1人と一致する。
 このまま気づかなかった振りをして呑みにでもいくか。
 すぐさま思い浮かぶ回避案と、それをやった後のあれこれを天秤に掛ける。わざわざここまで来たということは、1度や2度で諦めることはないだろう。
 何度も訪ねて来られるのも、せっかく帰ってきた家にいつまでも帰れないのも勘弁願いたい。
 覚悟を決めてドアノブを握り、扉を引く。それと同時に予想していた人物ーー中原中也が飛び出してきた。それを半歩足を引いて半身を捻ることで回避しようとするが、おそらく読まれていたのだろう。拳は迷うことなく太宰の頰目掛けて飛んでくる。
 こんなところで乱闘を起こして騒ぎになるのはご遠慮願いたいので、元々1発ぐらいは覚悟の上だ。痛いのは嫌なんだけどなあ、と思いながら歯を食いしばる。バネのようにしなやかな筋肉で、小さい癖にやたらとパワーとスピードの乗った拳がクリティカルヒットした。
 太宰の身体は1メートル程吹っ飛んで、コンクリートに尻を強かに打ち付けた。殴られた頬も打ち付けた尻も痛い。だがこの程度で済んだのは、中也相手ならむしろ僥倖だろう。痛みに顔を顰めながら殴った張本人を見る。太宰が避けなかったことで気を良くしたのであろう。太宰を見下ろして凶悪な笑みを浮かべた。
「手前ムカつくから1発殴らせろ」
……流石に横暴すぎない?」
 なんせ既に1発殴った後である。まるで一昔前のヤンキー漫画だ。
 だが中也は当然の権利だとでも言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべるばかりだ。
 痛みが少しずつ引くのを待って、立ち上がる。どうやらこれ以上の追撃はないようだ。
「今停戦協定中のはずでしょ」
「マフィアも探偵社も関係ねぇよ。これは俺とお前の問題だ」
 話しながら服の汚れを払い、中途半端に開いている扉に手を掛ける。通常なら勝手に閉まるはずの扉には靴が挟まっていた。中也が飛び出した拍子に引っ掛かったのだろう。片足で玄関の中へと押し込める。
 太宰が部屋に入ると、中也もその後を着いてくる。まさか本当に1発殴っただけで満足して帰るとは思っていない。中也が扉を閉めるのを確認して、狭い玄関からとっとと脱するべく部屋の奥へと歩を進めた。
「あっそ。でもそれにしたって今回は君に殴られるようなことした覚えはないよ」
 今回、とは天人の五衰との争いだ。太宰が長らく帰宅できていなかったのもこの事件への対処で投獄されていたからだ。太宰自身は直接連絡を取ってはいないが、マフィアともある種の協力体制を取っていた。
 普段なら1発ぐらい殴られて然るべきな役目を中也に与えることが多いが、今回は違う。マフィア内で感染性異能の被害が拡大したのも、中也がムルソーに乗り込んできたのも太宰が仕向けたわけではない。可能性として考えてはいたけれど、どちらかといえばご遠慮願いたかった盤面だった。
「結果については文句ねぇよ。手前が動いてたんならあれがベストだったんだろ。俺が文句あんのはその手段だ」
「さっきも言ったけど、今回君には大したことしてないでしょ」
「確かに俺にはしてねぇよ。……けど、手前ならもっと他にいくらでも手段はあったんじゃねぇのか?」
「何が言いたいの」
 太宰は外套を脱ぐ手をぴたりと止めた。声がひやりとしたものになって、しまったと思った。中也相手に取り繕う習慣がないから、つい油断してしまう。
「自ら死にに行くような真似すんじゃねぇって今までにも散々言っただろ」
「君の言うこと私が聞かないのなんて今に始まったことじゃないでしょ」
「ああ」
 相棒だった頃のような小言が降ってきて呆れる。あの頃ならまだ理解できた。太宰が死ねば大勢がその後処理で駆けずり回ることになるし、次の仕事だってある。何より太宰がマフィアにもたらす利益は莫大だった。
 立派に組織の犬をやっているこの男は、マフィアに不利益をもたらすことが許せないのだ。太宰の犬にはなってくれないのに。
 なんでもない風を装って、外套を椅子の背に引っ掛ける。中也と面と向かうのが嫌で、用もないのに台所へ向かった。
「もう君にとやかく言われるような関係じゃない」
「そうだな」
「私が死んだって君にデメリットないでしょ」
「それはあんだろ。手前を殺せなくなる」
「なら尚更だね。君に殺されてあげるつもりなんてない」
「だったら精々長生きしろよ」
……なに言ってるの?」
 聞き馴れない言葉に足を止めたのと、4歩の距離にある台所に辿り着いたのは同時だった。
「いてもいなくても腹立つんだよ、手前はよ。どうせ死んだら死んだで面倒なら、仕返しできる分生きてる方がましだっつってんの」
 そんでそのうち俺が殺す。
 普段からは考えられない穏やかな響きだった。それに釣られて、太宰の声も自分で思っていたより随分と柔らかいものになった。
「なにそれ?」
 嘲笑してやれば良かったのに、失敗した。けれど、まあたまにはこういうのも悪くないというような気がして、少しだけ本音を溢す。
「そう思うなら精々私を見張ってなよ。君の所為で少なくとも3桁は死にそびれてる」
「はッそれは重畳だな」


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