夜明 奈央
2024-05-06 10:54:04
2488文字
Public 中太SS
 

ポッキーの日

ポッキーゲームを唆される中太
2022年11月11日初出

「ちゅうや」
 中也が廊下を歩いていると、部屋から顔だけを出したエリスに呼び止められた。
 それに近づくと、エリスはふふ、と機嫌の良さそうな笑みを浮かべる。後ろ手で何かを隠し持っているようだった。
「今日はポッキーの日というのだけれど、知っているかしら?」
「ポッキーの日?」
「ええ。11月11日って、ポッキーが4本並んでいるみたいに見えるでしょう?」
 そうだろうか? 確かに見えなくもないが、かなり無理がある気がする。
 中也の気持ちを知ってか知らずか、エリスはさらに笑みを深めて続けた。
「ならポッキーゲームは知っているかしら?」
「いえ……
「2人がポッキーの両端を咥えてそれぞれ食べ進めるの。そしたらどうなると思う?」
「そ、れは、まあ……
 すると、エリスは後ろに隠していた物を中也の前に差し出した。見覚えのあるその箱は、たった今話題に上っていた棒状のチョコレート菓子だ。
「中也にあげるわ、これ」
 それからちょいちょいと手招きをする。それに応じて屈んでやると、エリスは中也の耳に顔を近づけ、囁いた。
「太宰にもあげたのよ、これ。誘ってみればいいわ」
 少女らしい無邪気さと無責任さで、エリスはにっこりと少女らしく微笑んだ。

 太宰の執務室に行くと、太宰は例の菓子を食べていた。きっとエリスにもらったものだろう。
 つい口許に視線がいってしまうのは許してほしい。ポッキーゲームなどという遊びを知ったばかりなのだ。なんて低俗な遊びなのだと思うが、気になるものは気になる。そういう年頃なのだ。例え口を開けば可愛げの欠片も感じられない本気で殺意を抱く相手であっても、顔だけは極上なのだ。黙っていればそういう気持ちだって湧いてくる。
 何度だって言うがそういうことに興味津々の年頃なのだ。
 そんなことをつらつらと考えていると、いつのまにか太宰をじっと見つめてしまっていたらしい。
「どうしたの?」
 太宰に怪訝そうに尋ねられてそれに気づかされた。だがそんな馬鹿な話題を出せるわけもない。
 結局中也は「なんでもない」と誤魔化すことしかできなかった。
 中也が用を済ませて退室した後、「意気地なし」と呟いた太宰の声は、誰にも届かずに空気へ溶けていった。

***

 それが、6年程前の話である。
 買い出しに行ったスーパーで、例の記念日に合わせた売り場ができていた。ずらりと並んだ各種棒状のお菓子が立ち並ぶのを眺めて、かつてのやり取りを思い出す。
 1箱を手に取ったことに、深い意味などない。

 家に帰ると、太宰が我が物顔でソファに居座っていた。それ自体は珍しくなくなってしまって久しいので、取り立てて言及する程のことではない。
 買ってきた品物を定位置に片付けていると、中也の挙動に興味などなさそうだった太宰が中也の持つ菓子箱に目を付けた。
「君、そんなイベントなんて興味あった?」
「ああ、まあ、その、たまにはな」
 普段なら絶対買わないものだ。買った本人ですら扱いに困って買い物袋に最後まで残してしまっていた。
 そんな具合だから、当然言い訳など何も考えていない。如何にも不自然な回答になってしまった。
 だが太宰にとっては大した意味などなかったのだろう。ふーん、と気のない返事をしたと思えば、徐にそれを手に取った。
 それをなんとなく見守っていると、了承も得ずにビリビリと箱を開封し始めた。そして袋も開け、1本を指で摘んで口に咥える。
「ん」
「あ?」
 ポッキーの端を唇で挟んだ太宰が、中也に向けて顎を突き出している。
 意味がわからず見つめていると、太宰は呆れたように顔を歪めた。そして咥えていたポッキーをポリポリと1本食べ尽くす。
「君、やりたかったんじゃないの?」
「何を」
「ポッキーゲーム」
「そんなわけ……
 中也は否定するが、太宰は確信を持っているようにふふんと得意気に続けた。
「15か16ぐらいの時にエリスちゃんに嗾けられてたでしょ。君は意気地なしで見てるだけだったけど」
「誰がんなゲームなんかするかよ」
 中也があの頃したかったのはゲームではない。その先にあるものだ。
 あの頃はキスがしたいなんてとてもじゃないが認められなかったが、結局はそういうことだったのだろう、と今ならわかる。
 だが遠慮する必要もなくなって久しい。ゲームになど頼らなくても、したい時にすれば良いのだ。あの頃にはなかったその権利を、今なら持っている。
 では何故購入したのかと問われると、明確な回答など中也自身ですら持たないのだが。
「で? する?」
 太宰が新たな1本を摘み上げて艶然と微笑む。中也が1歩近づくと、了承ととった太宰が先程と同じように端を唇で挟み込んだ。
 太宰の瞳には揶揄う色が滲み出ている。それが無性に腹立たしい。中也は太宰からポッキーを奪い取り、代わりにその唇に吸い付いた。
 舌を滑り込ませようとしたが、太宰の唇は貝のように硬く閉じられている。表面をなぞってアピールしたが、わかっているだろうに硬く結ばれたままだ。
 諦めて唇を離すと、ちゅっと可愛らしい音が響いた。
 それを追うようにして、太宰の不機嫌な声が続く。
「ちょっと、私はゲームに誘ったんだけど」
「んだよ、結果は一緒だろうが」
「一緒なわけないでしょ。私は君の狼狽えるところが見たかったのに。全然面白くない」
「今更それぐらいで狼狽えるかよ」
 中也は鼻で笑ってやった。
 太宰は不貞腐れたように座っていたソファにごろんと横になる。
 そして行儀悪くポッキーに手を伸ばした。一気に3本を口に入れ、ボリボリと咀嚼する。
「あーあ、こんなことなら、あの時誘っておけば良かった」
 太宰が気怠げに溢す。中也はその言葉の意味を考えて、信じられない思いで呆然と太宰を見つめた。
 何か言っていいものか、何と言うべきか。結局答えが出ないまま見つめていると、ちろりと流し目を送られた。中也は思わず生唾を呑み込む。太宰は図ったように艶めかしく口角を上げた。
「意気地なし」


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