夜明 奈央
2024-05-06 10:51:16
1187文字
Public 中太SS
 

ハロウィン前日譚

イベントに託けて甘えてみる
2022年10月30日初出

「トリックオアトリート」
 中也が風呂から出るなり、ソファで寛ぐ太宰は待ち構えていたように口を開いた。実際待ち構えていたのだろう。にこにこと楽しそうに笑って本で口許を隠す様は認めるのは癪だが可愛らしい。
 だが。
「どこから突っ込めばいいんだ?」
 今日はまだ10月30日。ハロウィンは明日だ。ついでに言えば仮装もしていない。
 太宰がハロウィンに乗っかること自体はそう珍しいことではない。異国語で誤魔化されているが、太宰が冒頭で発した言葉は日本語に訳すと「お菓子くれなきゃイタズラするぞ」つまりストレートに“脅迫”だ。こんな、太宰のためにあるのではないかと言いたくなるイベントに乗っからないわけがない。
 だが、過去の経験上こういった大義名分に乗っかる時には一応形式に則るのが太宰の流儀かと思っていた。少なくとも今までは何かしらの仮装をしていたし、おねだり、もとい脅迫は当日に行われていた。
「あのね〜、明日ハロウィンでしょ?かぼちゃのタルト食べたいな〜」
 ここの店の、と言って太宰は手に持っていた本のページを開いて中也に見せた。そこに載っていたのは最近テレビや雑誌に引っ張りだこのケーキ屋。なんでもその店の店主はフランスで修行を積んだ有名なパティシエで、去年の世界大会で優勝したらしい。マフィア内でも若い女性が噂しているのを聞いたことがある。
「はぁ? ここ人気店じゃねぇか。予約もしてねえし今からじゃ無理だろ」
「大丈夫。これだけは予約不可の先着20名だって」
 太宰がページの片隅を指差す。目を走らせると、確かにそう書いている。「君、明日休みでしょ?」と、中也が飛び切り気に入っている角度で上目遣いを向けられる。確信犯だ。わかっている。わかっているが、まあ、なんだ。悪くはない。
 いつもの脅迫なら反発心で即座に却下するのだが、おねだりなら話は別だ。こうやって可愛くお願いするのなら多少は叶えてやろうという気持ちはあるのだ。
 販売開始時間を確認すると、明日の開店と同時、午前9時だった。まだ時間はある。今から部下に並ばせれば十分買えるだろう。
 太宰はおそらく中也が行列に並ぶことを望んでいる。だが現時点で中也は「かぼちゃのタルトが食べたい」というおねだりしか聞いていない。太宰から余計な追加要望が出てくる前に交渉を終了させるのが正解だろう。
「いいけど条件がある」
 中也がもっと渋ると思っていたのだろう。太宰は意外そうに目を見開いた。
「明日、着てほしい衣装あんだけど」
「君、コスプレとか好きだったっけ?」
 太宰は歌うように言う。流石元相棒。話が早くて助かる。交渉は成立だ。
 中也は端末を取り出して高速で部下へメールを打ち始める。

 太宰はその様子を見ながら、まあたまにはいいか、と、ポケットから取り出すことのなかったワインセラーの鍵を弄んだ。


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