夜明 奈央
2024-05-06 10:41:08
1869文字
Public 中太SS
 

深夜のラーメン

中太が深夜にラーメン食べに行く
2022年10月9日初出

「なあ、ラーメン食いに行かね?」
 太宰が寝台の上で汗を拭っていると、中也からそう声が掛かった。
 先程まで中也がなかなかの勢いでもって喉仏を上下させていたペットボトルの中身はとうに消え失せ、寝台の下に潰された容器が転がっている。
「どうせシャワー浴びるし」とでも言わんばかりに流れ落ちる汗をそのままにしていた中也は、おざなりに目に入りそうになった一筋だけを手で拭った。
 なんとなく中也の様子を観察しながらも汗を拭う手は止めず、中也への返答を考える。
 正直今からシャワーを浴びて、着替えて、それから外に食べに行くのは億劫だ。だが夕食も食べずに激しく運動し、今はもう日付が変わろうとしている時刻だ。
 言われて考えてみるとどうにも腹は減っているし、断ったところで中也は太宰を置いて1人で食べに行くだけだろう。自分で作って食べるなんて論外である。
 空腹と今から出掛ける準備の面倒を天秤にかける。
 結果、僅かに空腹の方が勝って「行く」と返事をすると、中也はにかりと笑ってシャワーへ向かった。
「閉店まであと1時間だからもたもたすんなよ」
 背中越しに言葉を投げられ、やっぱりやめようかなと脳裏を過ったのは秘密だ。

 気怠い身体を動かして身支度を済ませ、家を出たのは最終注文20分前だった。中也の家から、中也お気に入りのラーメン屋までは徒歩5分。余裕で間に合うだろう。
 玄関を出ると、身を切るような寒さが薄手の外套を無視して突き刺さる。
 こんな時間に外に出るつもりはなかったので、防寒着は昼間用のそれだ。随分寒くなってきたとはいえまだまだ冬本番には程遠い。深夜の冷え込みに耐えられる程の防御力はなかった。
 寒いだろうと中也が貸してくれた襟巻きがあるのがせめてもの救いか。今シーズンはまだ1度も使っていないと言っていた癖に中也の匂いがしっかりと染み着いている。それが不快であれば良いのに、悪くないと思ってしまうのが恥ずかしくて、誤魔化すように鼻までしっかりと襟巻きに顔を埋めた。
 ちらりと隣を歩く中也の様子を窺うと、「外寒ぃな」などと言いながらも太宰程堪えた様子はない。
 着ている服だって太宰とそう変わりはしなかった。昼間はまだ半袖を着ていたはずなので、中也にとっては十分厚着しているのかもしれないが。
 とっとと食べてさっさと帰ろう。心に決めて足速に歩を進める。
「なあ、手前最近あの店行ってねぇだろ?つけ麺出たの知ってっか?」
「知らない」
「すげぇ美味いぜ。食ってみろよ」
「今度ね。寒いから普通のがいい」
「そりゃそうか」
 どうでもいい雑談を交わしながら目的地へ向かう。
 住宅街なのでカーテン越しに漏れる灯りと街灯で照らされ、月も出ていないのに十分に明るい。空は対照的に真っ暗だった。
 星の見えない空を見上げて、深夜のラーメンという背徳の響きを思い出す。
 まあ、こういうのも偶には悪くない。1人でいると腹が減っても大抵買い置きの蟹缶と酒で済ませてしまうので、中也がいないとこういったイベントは発生しない。特に健康に気を遣っているわけではないのだが、こういうのは気分の問題だ。
「明日休みだし久々にニンニク増し増しにしよっかな」
「いいけどそしたらしばらくキスしないからね」
 深夜でも一際光り輝くラーメン屋の灯りが見えてきた辺りで中也がぽつりと溢す。それに太宰がすぐさま釘を刺すと、中也は嫌そうに顔を顰めた。それからしばし無言で考えを巡らせている。
 お互い足は止めないので、目的地は着々と近づいている。
「手前も食えよ。そしたら気になんねぇだろ」
「やだよ。私は明日も仕事だもの。スメハラ反対」
 チッと舌打ちの音が聞こえて、同時に中也が若干立て付けの悪い入口の引き戸をガタガタと開けた。
 店主の「らっしゃい」という深夜に似つかわしくない元気な挨拶が飛んでくる。それにぺこりと会釈を返して券売機に向かい、お互い迷いなくボタンを押す。暖かい店内にほうと息を吐きながら席に着く。
 中也は結局ニンニクを諦めたようだった。
 別にキスしないなら食べること自体は止めないのだが、中也は太宰とのキスを選んだらしい。なんだそれ。可愛いところもあるじゃないか。
 ついにこにこと中也を眺めていると、視線に気づいたのであろう中也と目が合った。
「なんだよ?」
「なんでもなーい」
 納得していない様子の中也がまだ何か言おうと口を開いたが、それは店主の「お待ち」という声とほかほかと湯気を上げるラーメンによって遮られた。


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