夜明 奈央
2024-05-06 10:26:05
2069文字
Public 中太SS
 

ワンライ「相槌」

眠れない夜にほしいもの
2022年9月24日初出

 隣で眠る中也が穏やかな寝息を立てているのを確認し、太宰はゆっくりと寝台から抜け出した。中也が起き出さないよう細心の注意を払い、音は立てず、布団の動きも最小限に。
 だが、足をついて一歩踏み出そうとしたところで、寝台についていた片手を掴まれた。
「どこ行くんだよ」
……ちょっと、喉が乾いて」
「あっそ。ならすぐ戻ってこいよ」
 くありと欠伸を溢した中也はそのままもぞもぞと起き上がった。さっさと寝てくれればいいものを、と思いながら太宰がその様子をじっと見つめていると、気づいた中也が不思議そうに首を傾げた。
 太宰は諦めて寝室を出て、台所へと向かう。喉は渇いていなかったが、なるべくゆっくりとした動作でコップに汲んだ水道水を一杯飲み干して、はあ、と一息ついた。
 それからまた、怪しまれない程度にゆっくりと歩いて寝室に戻ると、待ちかねていた中也に出迎えられ、布団の中へと引き込まれる。大人しく布団の中へと潜りながら、遠い朝を思う。

 中也と寝るのは嫌いだ。と、本人に言ったことはない。気づいているのか、気づいていて気づかない振りをしているのかもよくわからない。たぶん後者な気はしているが。
 温かい中也の腕に囚われて、微睡の中に落ちるのはこれで結構気に入っているのだが、それは太宰も寝られる時に限られる。寝られない夜をただ中也の隣で何もせずじっと過ごすのは退屈で仕方がなくて、正直辛い。
 1人で過ごす夜なら、本を読んだり酒を飲んだり夜の散歩に出たりとそれなりにすることがあるので、夜が嫌いなどと思ったことはなかった。マフィアにいた頃は夜が本分だったこともあって、むしろ明るい昼間より夜の方が馴染む。
 けれど、何もできずにただ朝を待つのはただただ苦痛だ。中也にだってそれは何度も伝えたが、「目を閉じて身体を休めるだけでも違う」とかなんとか言って、太宰が寝台以外で夜を過ごすことを認めてくれない。
 その攻防を何十回も繰り返すうちに太宰の方が諦めて、文句を言うのはやめた。普段の中也は太宰の我儘をなんだかんだと言いつつ最終的には聞いてくれることが多いのだが、何故だかこれだけは譲ってくれなかった。
 仕方がないので夜はなるべく自宅に帰るようにしているが、それだって限界がある。これでも一応恋人同士なので。「泊まっていけ」と言う中也をどうにかこうにか躱して帰宅するのも流石に毎回とはいかず、10回に1回ぐらいは仕方なくこうして中也の隣で過ごす。
 睡眠は短くても問題がないタイプなので、ちゃんと寝られたとしても中也と同じ時間に寝台に入って同じ時間に寝台から出るのはかなりの無理があった。だからあまりにも長い夜に耐えられずに寝台を抜け出そうとするのだが、中也はすぐに起きてしまう。マフィア幹部としてはあるべき姿なのだが、あまりに過敏な反応に全戦全敗している身としてはもう少し油断してくれてもいいのではないかと思う。
 だから、今日もまた太宰は眠れない退屈な夜を中也の隣で過ごすのだ。

***

 太宰が1人晩酌を楽しんでいると、端末が突然高らかに鳴り響いた。静かな夜の静寂を破る不躾な電子音に顔を顰めながら発信元を確認すると、案の定予想通りの人物で、太宰は苦笑いを溢しながら通話釦を押した。
「くっそ太宰手前はいつもいつも俺に迷惑ばかりかけやがってぇ!」
 太宰が何かを言うより先に酔っ払いだろう声が響きわたる。予想していた太宰は端末を机の上に置いたままだ。これで馬鹿正直に耳に当てていたりしようものなら鼓膜に大いにダメージを負ったことだろう。
「君、もうそれなりにいい歳なんだからいい加減からみ酒はやめたら?」
 太宰が端末に向かって話しかけるが、端末の向こうでは聞こえているのかいないのか。「あの時は俺の一張羅を台無しにしやがって」とか「手前は味の違いもわからねぇ癖に高い葡萄酒ばっかり選んで勝手に開けやがって」などとあっちこっちに話題を飛ばしながら太宰の過去の嫌がらせに対する文句を滔々と語っている。
 その奥では静かなバラードがBGMとしてかかっていて、中也の台詞とは不似合いな穏やかさを演出している。
「おい、手前聞いてんのかっ!」
「はいはい。聞いてるよ」
「大体なぁ! 手前はいつもいつも……
 長々と続く中也のお説教という名の愚痴を聞き流しながらおざなりに相槌を打つ。最初は怒鳴り声だったが、段々と落ち着きを取り戻してきたのを確認してスピーカーモードに切り替えた。
 中也がこうして電話を掛けて来るのは初めてではない。何度も聞いたことのある愚痴を訥々と語る声は、酒の肴にぴったりで、実は結構気に入っていたりする。長い夜を楽しませる香辛料だ。太宰を喜ばせていると知ると嫌がってやめてしまいそうなので、本人に言ったことはないが。
 耳に馴染む声に穏やかな相槌を返しながら、安酒もこの声がお供なら悪くないんだよなぁなどと思っているから、やっぱり中也の言うように太宰は酒の味なんてわかっていないのかもしれないと思った。


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