瞼を開くと、天井が視界に入った。正方形のパネルをいくつも組み合わせたような白い天井は見覚えがある。頭を横に動かそうとして動かせずに視線だけで確認すると、真っ白なシーツが見えた。
生きてる。
身体は指先を少し動かすのだって億劫だったが、どうやら自分がいるのは地獄ではないらしい。少し離れたところに人の気配はあったが、とても目覚めたことを知らせられる状態ではなかった。
だからどうしてこうなったのか、ゆっくりと記憶を辿る。いや、実のところ記憶を辿るまでもない。こんな状態に陥るのは別に初めてではない。汚辱を使ったのだ。覚えている。そしてあの時自分は、死ぬ覚悟を決めていた。何故なら、太宰はいなかったから。
しばらくして点滴を変えにきた看護師が中也が目覚めていることに気付いて知らせに行き、すぐに医者を連れて戻ってきた。とはいえ、まともに身体を動かすこともできない中也は問診すらできず、簡単に身体の状態を確認した程度で去っていった。
その後、話がいったのであろう。首領と姐さんがやってきて、生きていて良かったと喜んでくれた。随分心配をかけたらしい。慰めの言葉ひとつかけられないのは残念だったが、助かって良かったと思えた。
その日はすぐに眠りに落ち、翌日には声を出したり顔や手を少し動かすぐらいはできるようになっていた。
回復が遅い。いつもなら一晩も寝れば少し怠い程度で仕事に復帰できていたのだが。しかしまあ、無理もないだろう。自分が三途の川を渡る一歩手前までいったのは間違いない。助かっただけでも奇跡だ。
本当に、奇跡的なことだと思う。汚辱は中也が死ぬまで止まらないはずだった。何故生きているのかわからない。
首領に尋ねると、「ここに運び込まれた時には汚辱は解除されていたよ。それより前のことは知らないね」とはぐらかされた。首領が本当に知らないとは思えない。
同じ現場にいたはずの広津に尋ねると、「私の口からはなんとも」と渋られた。
なおも問いを重ねると、「検討はついているのではないかね?」と言われた。もちろん、そうじゃないかという気持ちはあったが、信じられないから聞いていた。
広津から説明された内容はこうだった。
広津含めあの時一緒に現場に出ていたメンバーは皆、諦めて撤退を決めていた。なるべく民間の被害を減らし、その後のポートマフィアの立場が悪くならないようにするのが精一杯だったという。それは中也が汚辱を発動するより前に出した指示そのものでもあった。
太宰へ連絡を取ることも考えたが、結局連絡はしなかったのだと言う。現場は横浜から遠く離れていて、連絡を受けてすぐにヘリで駆けつけたとしても中也が力尽きるまでに間に合うとはとても思えなかったからだと。
それも嘘ではないだろう。中也が汚辱を発動する時に死を覚悟したのも、全く同じ理由だったので。
なら、何故中也は生きているのか。
結局その問いに明確に答えられるものはいなかった。ただひとつ言えることは、あの時、中也の放つ重力子は突然ぴたりと止んで、それきりだったということだ。あまりに突然のことで撤退していた部隊はすぐには何が起こったか状況を把握できなかったが、やがて中也が力尽きたのだと結論付けた。死体の回収に向かった部隊が、倒れた中也を発見した。
まだ生きていた。すぐに医療班が駆けつけ、治療が為された結果がこれだという。
まるで彼が異能を発動させたようだったよ。と、広津は言い添えた。
真実を知る者は1人だけだったが、確かめる気にはなれなかった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.