夜明 奈央
2024-05-06 10:14:20
1766文字
Public 中太SS
 

ワンライ「朗報」

人によって良いか悪いかは変わる
2022年8月20日初出

「君たちに良い知らせがあるんだ」
 マフィアビルの最上階。
 太宰と2人揃って呼び出された首領執務室にて、首領がにこにこと告げた言葉に中也はそっと首を傾げた。特に心当たりはない。
 そっと隣の太宰の様子を窺うが、興味がなさそうに小さく欠伸を噛み殺している。首領の御前で欠伸なんてするなよ。思わずツッコミを入れたくなるが、噛み殺しただけでもこの男にしてはましだろう。
「おめでとう。2人とも昇進だよ」
 しばらく2人の様子を観察していた首領は、笑みを深めて言った。
「え、本当ですか!?」
「ああ、来月の1日付けでね。中也くんは晴れて準幹部、太宰くんは幹部に昇進だ」
「ありがとうございます! 光栄です!」
「喜んでくれて何よりだよ」
 興奮する中也に首領は嬉しそうに頷いている。その様子に少しばかり恥ずかしさを覚えて隣を見るが、太宰は相変わらず興味がなさそうに眠そうな目を瞬かせているだけだった。
 首領からはその後、ひとしきり事務的な確認事項を伝達された。しかし、「下がっていいよ」と言われたので深々とお辞儀をして部屋を辞そうとしたタイミングで、「ああそうそう、1つ言い忘れていたんだけど」と付け足した。
 太宰が明からさまに嫌そうな顔をするが、首領はにこにことした笑みを崩さないまま告げた。
「太宰くんは今月中に引っ越しを済ませておいてね」


 中也は数ヶ月程、太宰と同じ執務室を使用していた。正確には、先に準幹部に昇進した太宰に与えられた個人執務室に、中也が転がり込んでいた。双黒として2人で組むことが増えていたので、近くにいた方が何かと手間も省けるし、何より太宰の周りには面白そうな仕事がしょっちゅう転がっていたので、「俺にもやらせろ」と言って首を突っ込むのが楽しかった。
 一緒にいるうちにその日の機嫌や体調なんかもわかるようになってきて、その方が仕事もスムーズにいった。後はほっとくとろくな食事を摂らない太宰に飯を食わせたり、部下を過剰に叱責する太宰を宥めたり、まあ、それなりに都合が良かった。

 の、だが。
 太宰が幹部に昇進し、今まで太宰が使っていた部屋を中也が1人で使うようになってから、双黒としての仕事はなくなった。それが意図してのことなのか、たまたまなのかは中也には判断がつかない。
 流石に幹部部屋に転がり込む程厚顔無恥なつもりはないので、太宰と顔を合わせることは全くといっていいほどなかったし、太宰が何の仕事をしているのか情報が回ってくることもなくなった。
 別に、寂しいとかそういうことではない。そういうことではないけれど、ちゃんと飯食ってんのかとか、部下とは上手くやってるのかとか、顔を合わせていないとついそんなことばかり考えてしまう自分に辟易した。


 そんなある日のことだった。
 予定より会議が随分と長引いて、疲労と共に自分の執務室に戻ってくると、暗闇から人の気配がした。咄嗟に身構えるが、気配は気にした風もなく小さく身動いで、「おかえり」とふわふわした声で言った。
 太宰だった。
「手前、何してんだよ」
「会議、随分と長引いたみたいだね」
 明かりを点けると、大きな欠伸をこぼしながら目を擦る太宰が見えた。眠っていたのか。久々に見た太宰はいつも以上に顔色が悪く、最近囁かれるようになった“ポートマフィアの黒い幽鬼”という呼び名がぴったりだった。

「待ってたんだよ、君を」
「用があんなら呼びつければ良かっただろうが、幹部なんだからよ」
「うーん、そうだけど、そうじゃなくてさぁ」
 つい棘のある言い方をしてしまって、後悔する。普段の太宰は中也の嫌みなど意に解さないが、珍しく言い淀んでいた。
 相変わらずふわふわとしていて、心配になる。
「君の作った、おにぎりと味噌汁が食べたくて」
「は?」
「よく、夜食に作ってくれてたやつ」
「わかるけど」
「ダメ?」
 小さく小首を傾げた太宰がなんだか可愛らしくて、「俺も疲れてるんだ」とか「なんでそんなこと言うんだ」なんて野暮な言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。
「今から米炊くと時間かかるけど」
「いいよ、待ってる」
 へにゃりと笑った顔が今まで見たこともないぐらいに頼りなくて、こんな奴を幹部にして良かったのかと初めて不安になった。


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