夜明 奈央
2024-05-06 10:04:24
5051文字
Public 中太SS
 

夏祭り

夏祭りに初めて行く中太と数年後の話
2022年8月7日初出

「あ、明日か。花火大会」
 中也がぽつりと呟いたのは、2人での仕事を終え、迎えの車との合流地点へ向かう道すがらでのことだった。ゆっくりと夜が侵食を始めている。日が落ち始めたとはいえまだまだ暑い。「暑い」「遠い」とごねる太宰を叱り飛ばしながら、だらだらと重い足を動かしていた。 
 太宰が中也の視線を追うと、その先にあるポスターが目に入った。この地域で行われる比較的大規模な花火大会のお知らせだった。
「その所為でここら一体車両通行規制だ」
「そういやそんなことも言ってたな」
「なのに人混みと花火の音に紛れて武器庫を襲撃しようなんて何考えてるんだか」
「手前、明日仕事か」
「まあね」
 マフィアに入ったばかりの今年は誰とも行く予定はなかった。そういったイベントはどちらかといえば誘われる側で、特に誰ともそういう話にはならなかった。この辺りの一大イベントであるはずなのに日程すら曖昧なぐらいには。
 誘うか?と思ったが、まさか口にする前から拒否されるとは思わなかった。別に必ず毎年行かなければならないわけではないので構わないのだが。
「手前、夏祭りとか行ったことあんの?」
「ないよ。人混み嫌い」
「もったいねぇ。楽しいのに」
 興味本位の質問をけんもほろろに否定される。また「ちびっ子中也は頭の中もお子ちゃまだね」とかなんとか馬鹿にし始めるかと思いきや、太宰は「楽しいの?」と珍しく興味を示してきた。その瞳には好奇心が見え隠れしていて驚く。本当に行ったことがないのかもしれない。
 太宰が乗っかってきたことが嬉しくて、多少オーバーに説明してやることにする。
「あぁ、楽しいぜ。屋台がいっぱい出てて、射的とか金魚すくいとか夏祭りでしか見ねぇようなゲームがいっぱいあって、これが子供騙しかと思いきや案外難しくて面白ぇんだ。あと、焼きそばとかりんご飴とか食い物の屋台もあるんだけど、なんでか屋台で食う食い物ってすげぇ美味いんだよな。」
「ふーん」
 太宰はピンときていないのか、興味を示してきた割にはいまいち反応が薄い。確かに、話だけであの楽しさを理解するのは難しいかもしれない。というか、遊びのほとんどがそうだが、“何をするか“より“誰とするか“の方が重要だ。夏祭りのあの昂揚は、仲間と味わう非日常だからだと中也はきちんと理解していた。
「なぁ、一緒に行くか?」
「明日仕事だって言ったじゃん」
「ちゃんと調べてねぇけど、いつも通りなら再来週ぐらいに小さい神社の祭りがあるはずだからそっち行こうぜ。規模小せぇから人も少ねぇし、明日のには負けるけど一応花火も上がるはずだぜ。人混み嫌いなんだろ?」
 中也の提案に少しばかり迷った素振りを見せたが、「予定空いてたらね」という了承とも言える返事が返ってきて、中也は小さくガッツポーズをした。

 翌日。中也は早速件の夏祭りの日程を調べた。開催日は例年通りで、メールで空いているか確認すると、「空いてる」とそっけない返事がきた。待ち合わせの時間と場所を決めると俄に現実味を帯びてきて、歳甲斐もなくわくわくしてしまう。それに自分でも些か疑問を覚えたが、この歳で夏祭り初心者と同行することなんてないのでその所為だと思うことにする。



 当日。待ち合わせの時間ギリギリになって現れた太宰は、いつもの仕事着だった。浴衣を着てこいとまでは言わないが、流石にそれはないだろう、と眉を顰める。だが太宰も同じようなことを思ったらしく、中也の姿を見るとむっとしたように言った。
「君、甚平とか着るなら言ってよ。僕だけ浮くじゃないか」
「悪い、流石に仕事着で来るとは思わなくて」
「仕方ないじゃないか、さっきまで仕事だったんだから」
 ぷいと顔を背けた太宰は照れているようだ。そこで、いつもは「暑い暑い」と口では言いながらも涼しい顔をしている太宰がうっすら汗ばんでいるのに気づいた。もしかしたら多少無理をしてきたのかもしれない。もしそんなことを聞こうものなら盛大に機嫌を損ねることは簡単に予想がつくので言いやしないが。
「あー、せめてネクタイは外そうぜ。あとジャケットも。暑いだろ」
 太宰が言われた通りにするのを見ながら続ける。
「シャツの下何着てんの?TシャツとかならYシャツも脱いじまえよ」
「それは……無理、かな」
「そうか。それなら袖ぐらい捲るか?」
「それもやめた方がいいかな……
 太宰がちらりと袖を捲って見せて、中也もすぐに合点がいった。要するに包帯塗れなのだ。こいつの自殺癖は短い付き合いでも散々に付き合わされて知っていたが、ここまで酷いとは予想外だった。仕方なくその格好で祭りに向かうことにする。真っ白なYシャツと真っ黒なスラックスは祭りの場には不似合いではあったが、これならまだかろうじて近所の中学生が学校帰りに寄ったように見えるだろう。今は夏休み中だということはひとまず考えないことにする。ネクタイはともかく上着は持ち歩くには邪魔なので、普通の人間では絶対に手が届かない木の上に隠しておいた。
 
 さて、ここにきてようやく出発である。「とりあえずぶらぶら見て歩くか。なんか気になるもんあれば言えよ」と言うと、太宰が小さく頷いて中也の後ろをついてくる。だが、物珍しそうにきょろきょろしてはいたが、然程大きくもない神社の端から端まで歩く間に太宰は何も言わなかった。
「気になるもんなかったか?」
「いや、なんというか、普通に電子遊技場の方が面白そう?」
「手前馬鹿にしてんのか」
 だがまあ、中也としても、電子遊技場に同じものが置いてあったとしてそれで日頃から遊ぶかと言われれば答えは否な気がする。これは年に精々1、2回しか登場しないから楽しいのであって、毎日楽しめる程の奥深さはない。
「じゃあとりあえず射的行こうぜ」
「射的?」
「そう。玩具の鉄砲で撃ち落とした景品貰えんの」
「それ楽しい?」
「つべこべ言わずにやってみろよ」
 そうして太宰を射的の屋台の前に引っ張っていき、それでもまだあまり気乗りしない様子の太宰を無視して1回分の料金を支払う。簡単な説明を受け、5発の弾を貰って太宰に手渡した。太宰もここまでされれば渋々と言った風に景品を見つめ、すぐにそのうちの1つに目を留めた。
「あれもいいの?」
 太宰が指差したのは携帯電子遊戯盤だった。
「お、もちろんいいぜ。ただしあの箱を倒せたら、だ。難しいぜ?」
 中也が答えるより早く屋台で店員をしていた男が威勢よく答えた。ここに並ぶ景品の中ではダントツで単価が高い。そんなのは誰でもすぐにわかる。そう簡単には取れないだろう。
「中也、あれ取ったことある?」
「まあ、一応」
 異能を使ってなら。音にならなかった言葉も、太宰にはおそらく伝わっただろう。あまり目立つことをやって出禁になるのも面白くないので1度か2度しかやったことはない。正直なところ、弾の威力が弱すぎて普通にやっては無理だろう。あの時の店主も信じられないという顔をしていた。
 太宰は狙いをつけて撃った。適当に撃ったように見えたが、弾は箱の中央目がけて吸い込まれていった。まあ当然だろうな、と思う。普段狙撃銃を使うことはあまりないが、使ったことがないわけではない。拳銃の腕も悪くない。この距離で外すことはないだろう。当てるだけなら容易だ。
 だが箱は微動だにしなかった。こちらも予想通りだった。太宰は顎に指を当てて、しばらく考え込んだ。そして諦めたのか、残りの4発を立て続けに撃ち、無難にお菓子を4つ落とした。
「毎度ありっ!」
 袋に詰めたお菓子を受け取り、そそくさと屋台を立ち去る。
「あれ、良かったのか?」
 射的は失敗だったかもしれないと心配して顔を覗き込んだが、太宰は意外にも楽しそうにしていた。
「うん、まあ、せっかくのお祭りに水を差すのも野暮だしね」
 からりと笑う太宰の顔を見て、あ、こいつ落とす方法思いついてたな、と気づく。そしてそれはおそらく店を台無しにしかねないような手段なのだろう。適当なところで諦めてくれて良かった。
「他は? 中也のおすすめ」
 それから、2人で全制覇しかねない勢いで屋台を巡った。
 ヨーヨー釣り、スーパーボールすくい、金魚すくい。小さい神社なのですぐに遊び尽くし、食べ物方面に繰り出した。
 焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、焼きとうもろこし、ベビーカステラ、かき氷、りんご飴。「そんなに食べられない」と言う太宰に中也は自分の分を一口ずつ渡していった。それがちょうどよかったのか、一周目が嘘だったのかのように「あれは?」「これは?」と言って中也に買わせた。「自分で買えよ」と思わなくもなかったが、楽しそうにしているし、いつもの嫌がらせではないようなので、多めにみることにする。
 食べるのが追いつかない程のスピードで太宰があれこれ買わせるので、花火の時間になる頃には中也の両手はすっかりいっぱいになってしまっていた。2人揃って手近な石に腰掛け、順番に買った物を消費しながら花火を見上げた。なんとなく、どちらも何も言わなかった。
 最後に追加で買った綿飴を頬張りながら神社を連れ立って出る。隠した上着も忘れずに回収する。太宰が黙々と綿飴を食べるので、2人の間には当然のように沈黙が落ちる。それがなんとなく居た堪れなくて、「楽しかったか?」と聞いた。
「そうだね。楽しかったよ」
 それは良かった、と心の底から思えた。太宰がこんなことを素直に言うのは珍しいから、余程気に入ったのかもしれない。「来年も一緒に来ようぜ」と、喉元まで出かかったところで、それより先に太宰が言葉を続けた。
「でもやっぱり、毎年来る程ではないね。5年に1回ぐらいでいいかな」
「そうか」
 中也は言葉を呑み込むしかなかった。

***

「あ、今週末夏祭りか」
 端末を見ていた太宰がいつだかの中也と似たような台詞を言った。中也はそれにちらりと視線をやっただけですぐに手元の雑誌へと視線を戻した。
「ね、空いてる? 行こうよ。今度は浴衣着て行きたいな〜買いに行かなきゃ」
 いつになく弾んだ調子で浮かれた台詞を続ける。
「手前人混み嫌いなんじゃなかったのかよ」
「人混みは嫌いだけど、あそこの祭りは人そんなに多くなかったし大丈夫だよ」
 そこで中也はようやく気がついた。太宰が言っているのはこの近辺での夏の一大イベントとなっている花火大会の方ではなく、昔中也と2人で行った小さな神社の夏祭りのことだ。成長するにつれてそういったイベントへの興味も段々と薄れてしまい、日程の記憶がすっぽりと抜けてしまっていた。よくよく考えれば先週だか先々週だかに花火大会は終わっている。
「手前、そんなに気に入ってたのか?」
 確かにそれなりに楽しんでいた記憶はあるが、結局翌年も翌々年も特に誘われるどころか話題に上ることすらなかった。てっきりもう興味はないのかと思っていたのだが。
「え?私ちゃんと言ったでしょ。5年に1回ぐらいは行きたいって」
 そんなことを言っていただろうか? していたような気もするが、はっきりとは覚えていない。なんせ7年も前の話だ。続いて聞こえた「まさかほんとに5年後生きてるとは思わなかったけどね」という台詞は聞こえなかったことにする。
「ねぇ、それで、行けるの? 行けないの?」
 返事をしない中也に焦れて顔を覗き込んでくる太宰はなんだか幼げで可愛らしい。中也が「行く」と端的に返事をすると、嬉しそうに顔を綻ばせた。スケジュールははっきり覚えていなかったが、はっきり覚えていないということはずらせないような大きな仕事はなかったはずだ。数時間、いや一晩空けるぐらいはどうにかなるだろう。
 相棒にすらなりきれていなかったあの時と違い、今はこれでも恋人である。恋人の“夏祭りに行きたい“なんて些細で可愛らしい我儘ならなるべく叶えてやりたいのが男というものだ。
 中也は手元の雑誌をぱたんと閉じてクローゼットへ向かう。太宰が浴衣ならもちろん中也もだろう。確か持っていたはずだがまだ着られるだろうか。太宰が新しく買うなら自分も買ってもいいのだが。
 ああ、でも、それより。どうせなら自分の見立てで着飾ってやりたいな、と。腹の底からむくむくと湧いてきた欲求を太宰にどうやって了承させるかを考えるのだった。


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