夜明 奈央
2024-05-06 10:01:02
1563文字
Public 中太SS
 

ワンライ「身代わり」

初夜の後照れ臭くて逃げ回る太宰さんの被害者芥川くん
2022年7月31日初出

 ここひと月程、太宰に避けられている。おそらく俺の勘違いではない。少し前までは心当たりもないし、気の所為かもしれないと思っていたが、やはり違っていたらしい。その決定打を目の前にして、口元がひくりと引き攣るのを実感した。
 一応、きっかけはわかっている。ほぼ同時期に初めて太宰を抱いた。それはもう、堪らなく良かったがここでは割愛する。その後からだ。不自然なまでに奴と本部で出会すことが減り、電話が繋がらなくなり、奴と組む仕事がなくなった。ついでにいえば急に遠方への出張が決まった。メールの返事は来るし、たまにすれ違えば軽口ぐらいは叩き合うので、完全に無視をされているわけではない。だから単純に忙しいだけだろうと言い聞かせていたのだが。
 今夜は太宰と2人で仕事の予定だった。この仕事が決まった時、「なんだやっぱり勘違いだったのか」と思ったのだ。だが目の前には怯えた目をした芥川と太宰が代わりに寄越した作戦書。反射的に殴り飛ばさなかっただけまだ自分は我慢していると思う。
「で、太宰はなんて?」
「自分は他の仕事が入って行けないから、代わりに中也さんと2人で任務を遂行してくるようにと」
「手前自分が太宰の代わりになれると思ってんのか」
「そんなことは……
 芥川が持参した作戦書にちらりと目を落とす。普段の2人の任務ではこんなものはない。口頭で概要を説明され、気になるところがあれば質問し、後は状況に応じてその都度必要な指示が飛んでくる。太宰の頭の中にはありとあらゆるパターンが網羅されているが、それを事前に説明するのもされるのも面倒だし、しておいたところで結局どのパターンを選択するかは太宰の裁量なのでこのやり方に収まった。
 が、今回は太宰なしで目的を達成するために作戦書にはあらゆる状況に対する対応が頭の痛くなる程の場合分けと共に書かれている。紙束は読むのを遠慮したい分厚さだ。この作戦書をじっくり読んで芥川と打ち合わせするための時間を考慮してか、普段より集合時間も早い。
 今すぐ太宰を怒鳴りつけてやりたいが、ここまで徹底するということは俺どころか芥川の電話にだってどうせ出やしないだろう。他の仕事というのが何かは知らないが、その辺の根回しは十分すぎるぐらいにする奴なので、会合や接待なんかの電話に出られない仕事を入れていると考えるべきだろう。
「手前、帰ったらあいつに報告ぐらい行くよな?」
「はい。今日は直帰で良いと言われておりますが、明日中には」
 報告に行く芥川に中也がくっついてこないための策略か。中也は自分の顔が凶悪に歪むのを感じた。
「報告のついででいいからあいつに伝言頼むわ」
「承ります」


 翌日の昼。芥川は報告のために太宰の執務室に馳せ参じた。任務自体は上手くいった。太宰の考えた作戦は不足なくあの状況に対応し、また経験も実力もある中也は先走りがちな芥川を行きすぎないよう留めつつも気持ち良く暴れさせた。普段の報告であれば失態を責められ、1度や2度殴られるのは当たり前のようになっていたが、今回はそのようなことはなかった。太宰の機嫌は基本的にいつも悪い上に最近はそれに拍車がかかっているので、八つ当たりぐらいは覚悟していたのだがそれもない。
 報告を無事に終え、太宰が「下がっていいよ」と言うのを聞いて「もうひとつ」と切り出した。
「まだあるの?」
「中也さんから、伝言を預かっております」
「なに?」
 部屋の空気が2度は下がった気がする。咄嗟にやめたくなるが、昨晩の中也の顔を思い出すと、伝えなかった場合どうなるかも恐ろしい。己と上司、両方の身に対して。
「『逃げるつもりなら容赦しないから、首洗って待ってろ』と」
 カタン、と音がして、太宰が持っていた万年筆を落としたのがわかった。


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