夜明 奈央
2024-05-06 09:30:59
1586文字
Public 中太SS
 

ワンライ「空席」

店で待ちぼうけ食らわされるの恥ずかしいよね
2022年7月9日初出

 日曜日の昼下がり
 中也は喫茶店の4人掛けの席に1人ぽつんと座っていた。パラソルが日陰を作ってくれてはいるが、太陽はじりじりと照りつけ、いっそ恨みたくなる程である。
 はあ
 大きなため息が一つ。周りを見渡せば、家族連れにカップル、友達グループでわいわい楽しそうにする者たちばかり。それもそうだろう。ここはショッピングモールに併設された喫茶店で、休日の今日、そういった者たちが多くなるのは必然といえよう。
 そう考えると、もう1度ため息が出そうになったが、それを寸でのところで飲み込んだ。中也は私事で来ているのではない。立派な仕事であった。本日はここで重要な情報の引渡しがある予定で、中也はその受取人のはずであった。ただ、予定していた時刻から既に30分は経過している。取引は中止だろうか。そう思い、何度かインカムで繋がった太宰に確認を取ったが、応答はない。普段なら精々「待機」程度の返事はあるのだが、それすらないということは何かトラブルだろうか。とはいえ指示もなく勝手に動きでもすれば後で何を言われるかわかったものではない。
 氷がほとんど溶けてしまったアイスコーヒーを飲み切り、追加を注文した。その程度は許されるだろう。許されて然るべきだ。
 こんな忙しい中、他人のことなんて気にしちゃいない。そうわかってはいるのだが、なんとなく注文を取りにきた店員の視線が哀れみに満ちている気がする。「俺は逢引をすっぽかされた男なんかじゃねぇ」誰にともなく心の中で言い訳をする。
 
「やあ、中也待たせたね」
 そこで、するりと目の前の席に滑り込んできた人物に中也は目を丸くした。
「おま、なんで来てんだよ」
「今日の仕事は終わったからね。僕、ここのアイスクリームが美味しいって聞いて、楽しみにしてたんだよね」
 そそくさとメニューを開いて店員を呼びつける姿は大変楽しそうではあるのだが、それが余計に中也の苛立ちを加速させる。
「このバニラとストロベリーとチョコの3種盛りください」
「おい」
「あ、あとセットドリンクでアイスカフェオレ」
「聞いてんのか」
「中也も何か頼む?」
「聞けよ」
「じゃあ注文は以上で大丈夫です」
 中也をまるっと無視して注文を終えた太宰は、「ここ暑いね」と言いながら店員が運んできたお冷を一口啜った。
「おい、説明しろよ」
「大体察しは付いてるでしょ。もう今日はお仕事終わりだからやだ。めんどくさい」
 そう言って笑う顔は憎たらしいぐらいに綺麗だ。言っていることはなんの可愛げもないどころか苛立ちを増幅させるようなことであるのだが。後になって上がってきた報告書で知ったところによると、中也は完全な囮であり、連絡の取れない30分の間に初めから裏切る気満々だった相手を逆に罠にはめ、裏切りの証拠を押さえて捕らえていたらしい。事前に狙撃の可能性があるとは言われていたが、そこまで大掛かりな話は聞いていない。「先に言えよ」と詰ったところ、「だってそれじゃ面白くないじゃない」と得意顔で返されたので一発殴ってやったのは別の話だ。
 
 やがて運ばれてきたアイスクリームを美味しそうに食べる姿は大変絵になる。それがまた腹立たしい。恨みを込めてじっと見つめていると「あげないからね? 欲しいなら中也も頼めば?」と平然と言う。そうじゃねぇ。
 自分の分のアイスコーヒーを啜る。新しく運ばれてきたばかりなので、まだ薄まってもいないし、キンキンに冷えていて太陽にじりじりと照らされた体を冷やしてくれる。
 注文した品を運んできた店員の目が微笑ましげに緩められていたような気がして居た堪れない。それでも先程まで空席だった目の前の席が埋まり、美味しそうにアイスクリームを頬張っているのをこうして眺めている姿は「側から見ると逢引みたいだよな」と認めざるを得ないのであった。


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