夜明 奈央
2024-05-06 09:19:25
2134文字
Public 中太SS
 

ワンライ「キスだけでいいの?」

結婚式には誓いのキスを!
2022年6月19日中太Webプチオンリー「夜の真ん中でダンスを!」#中太オンプチ1dw 参加作品

「結婚しよう」と言ったのは、中也だった。
 太宰は少しだけ迷う素振りを見せてから「いいよ」と微笑んだ。そして、こう続けた。
「でもね、ひとつだけ条件がある」
 その言葉に、中也は思わず顔を顰めた。この状況で太宰の言う条件が面倒でないとはとても思えなかったからだ。だが、それは拍子抜けするほど簡単なことだった。
「誓いのキスをしてよ」
 はにかんだ太宰の表情があまりに綺麗で、条件があまりに簡単で可愛らしくて、思わず笑ってしまった中也に太宰がむっとした表情をする。
「なに、嫌なの?」
「嫌なわけねぇだろ。でもなんでキス?」
「ただのキスじゃなくて、誓いのキスだよ」
 結婚式では、普通するでしょ? 言いながら恥ずかしくなったのか太宰が顔を背ける。
「結婚式がしたいのか?」
「そこまではいいよ。面倒だし、信仰する神もお披露目するような人もいないし」
「首領には知らせるだろ」
「君が知らせるのは勝手だけど、私は挨拶とか行く心算ないからね?」
 心底嫌そうに告げる太宰に肩を竦める。あの2人の間にできてしまった溝は深い。
「キスだけでいいのか? 普通、もっとあるだろ。指輪とか」
「中也がしたいならしてもいいけど」
「あー、じゃあ、まあ、考えとく」
 してもいいならさせておきたい。この男を手に入れた証がほしい。
「それで? してくれるの? くれないの?」
 悪戯っ子のような顔で正面から覗き込まれ、思わず怯む。
「まさか、今?」
「今」
「ここで?」
「ここで」
「もっと、なんか、シチュエーションとか」
「そう思うならなんで今求婚したの」
 太宰に詰られて言葉に詰まる。今はお互い寝台の上で素っ裸だ。所謂恋人同士の営みをした後であったので。仕方ないではないか。天邪鬼で我儘で中也の嫌がる顔を見るのが至上の喜びだと言って憚らないこの男が、多少素直になるのが寝台の上だけなのだ。
 諦めてはいても素直に甘えてくる恋人を可愛いと思うのは当然だし、今ならいけるかなと思ったのだ。というか他にこの男が素直に了承してくれる状況が思いつかなかったともいえる。だがそんなことを素直に吐露する程恰好のつかないこともなく。なんとか誤魔化そうと頭を捻る。
「するからさ、もっと、ちゃんと準備してからしようぜ。人は呼ばなくても、せっかくだしなんか、指輪交換とか、誓いの言葉とかなんかさ」
「君がしたいならしてもいいけど。たぶん今しておいた方が良かったって後悔するよ」
「するかよ」

***

 と、いう話をしたのが約1ヶ月前の話だった。
 その後2人は宝飾店に行き、結婚指輪にあたるものを注文した。それが届くまでの間に白のタキシードを2人分購入(オーダーメイドにしようとしたら1回しか着ないのにと一悶着あった)したり、シチュエーション(早朝の海辺でしようということで落ち着いた)を考えたり、一応お互い誓いの言葉を考えたり、まあ、それなりに順調に準備を進めていった。
 そして指輪が届いた翌日。天気予報で清々しい快晴だという話を受け、2人は結婚式らしきものを決行した。
 誓いの言葉を述べあい、指輪を交換するところまでは問題なかった。お互い照れくさい気持ちはあったが、それはそれ。照れくさいというのは準備中にも散々感じていた気持ちではあったし、それ以上に結婚するんだなという実感が幸せな気持ちを呼んで、心がむずむずと落ち着かないが、嫌な感じではないような、そういう今までにない感情を抱いていた。
 だが、いざキスをするという場面になって太宰の顔を見ると、途端にそういう気持ちとは別のどちらかといえば緊張とかそういった類の感情がむくむくと腹の底から湧いてきて戸惑ってしまう。
 当然2人だけの結婚式に司会進行などというものは存在しないので、事前に決めた予定に沿ってお互いが粛々と式を進行していくだけで、「次は誓いのキスで」などという合いの手は入らない。
 だから、本人が事前に「キスは君からだからね。それが条件だよ」と言っていた通り、太宰はそっと目を閉じて(癪ではあるが中也がキスしやすいように屈んで)中也からのキスを待っている。
 太宰も照れているのかほんのり色づいた頬と朝日に照らされてきらきらと輝く睫毛があんまりに美しくて、早くしなければ、と思うもののどんどん動悸が激しくなってくる。気付かれないように深呼吸を何度か繰り返し、よし、やるぞ、と覚悟を決めたところで、痺れを切らしたのかいつの間にか目を開き、こちらを呆れた目で見つめる太宰と目が合った。
「だから、キスだけでいいって言ったのに」
「うるせえよ」
 咎める響きに反射で反論してから、罰の悪い気持ちになる。だがちらりと様子を窺った太宰は特に機嫌を損ねた様子もなく、むしろ揶揄うような笑みを浮かべている。
「ね、私と結婚したいんでしょ?」
「まあ……
「そこはもっとはっきり肯定してよ」
「結婚したい」
「いいよ。誓いのキスをしてくれるならね」
 太宰はいつかと同じような台詞を言って、もう1度静かに目を閉じた。
 あー、もう、ここまでしといて恰好つかねぇな。中也は心の中で自嘲しながら、太宰の唇にそっと誓いのキスをした。


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