夜明 奈央
2024-05-06 09:05:44
2108文字
Public 中太SS
 

ワンライ「花見」

中太式の花見
2022年4月2日初出

 天気の良い昼下がり。
 近頃は随分暖かく過ごしやすくなってきていて、吹き付ける風も心地良い。だから買い出しに行くのにいつもは使う二輪や車を使わなかったのも、少しだけ遠回りして桜並木のある公園の前を通ったのも、この心地良い気候を満喫しつつちょっと花見でもという心算であって、決して首吊り死体を発見したかったわけではない。
 近所でそれなりに評判の桜並木の中に、首吊り死体がぶら下がっている。
 中也は見なかった振りをしてそのまま通り過ぎようとした。
 しかし、ちょうど真横に差し掛かったところで包帯塗れの腕がちらりと見えて、反射でナイフを投擲していた。
「あだっ」
 ナイフは首吊りのロープにクリーンヒット。
 ぶら下がっていた死体はそのまま真下に落下した。喋ったので正確には死体ではなかったか。
「真昼間から近隣住民にトラウマ植え付けんじゃねぇっ!」
「近所迷惑なちびっこに言われたくないよ」
 慌てて口を噤んで周りを見渡したが、幸い人通りは少なく、多少なりとも存在する通行人もこちらをちらりと見やっただけでそそくさと過ぎ去っていった。できるだけ関わりたくないと思っていたのに、つい条件反射で関わってしまった。休日ぐらいこいつから離れさせてくれ。
 目的地であるスーパーに向けて歩を進め始めたときには既に遅く。傍迷惑な自殺嗜好はその顔をいつも中也をからかうときの喜色に染めて近くに寄ってきていた。思わずため息が漏れるのも仕方がない。
「君の所為でまた自殺に失敗しちゃったじゃないか」
「そう思うんなら俺の知らないとこでしろよ」
「普段なら君こんなとこ来ないでしょ」
「知るかよ。俺がどこ行こうが俺の勝手だろ」
「僕は君の飼い主なんだから飼い犬の動向は把握しておかないと」
 振り切ろうと早足で目的地へ向かうが、太宰は平然とついてくる。コンパスの差だなんて認めない。
「もっと人に迷惑かからねぇとこでやれっていつも言ってんだろうが」
「うん、まあそうなんだけどね」
 妙に歯切れの悪い言が些か気になって、ずっと見ないようにしていた隣の顔を振り返ると、ぞっとするほど綺麗な横顔が見えた。
「桜があんまりに綺麗だったから、この桜の糧になるのも悪くないかな、と思って」

 この世のものとは思えない顔で笑う相棒にこの後なんと返したのか、はっきり覚えていない。

***

 と、いうようなことがあったのが、今から約5年前のことであった。
 目の前にはあのときと同じ公園に佇む“元”相棒の姿。違うのは、奴が首を吊らずにベンチに座っていること、今が日もとっぷり暮れた深夜であること、中也が仕事帰りで二輪に乗っているということ。
 いや、それだけじゃない。奴の服装も、所属も、中也との関係性も、何もかもがあの頃とは違っていた。
「今度は首吊ってないんだな」
 背後から近づいて声を掛けると、空気が震えるのがわかった。だいぶ機嫌が良さそうだ。
「ここで首吊ったらご近所さんのトラウマになっちゃうんでしょ?」
 悪戯っ子のように笑う。中也と同じく、あの日のことを思い出していたらしい。
 奴からは、昔程の危うげな空気はなくなった。自殺癖も、人をからかって楽しむ悪癖も、嫌味な程回るその頭脳も相変わらずだが、マフィアでいたときより、今の方が生を謳歌しているようで、それが少しだけ悔しくて、でも喜ばしい。
「なんだ、わかってんじゃねぇか。探偵社に入って少しは周りの人間に配慮できるようになったのか」
「うーん、そうかもねー」
 真上に咲き誇る桜を眺めながら口角を上げる。釣られて中也も桜を見上げた。月の見えない、晴れた夜だった。街灯の光も遠いベンチからは、横浜にしては星がよく見えた。しばらく忙しくしているうちに盛りを迎えた桜がよく映えた。
 静かに、桜と星空を見上げた。どちらも、何も言わなかった。

 だが、それまで穏やかだった風が急に強くなったところで、その時間は終わりを告げた。
「で? 手前はこの寒い中ここで何やってんだよ」
「何って見てわからないの? お花見だよ」
「花見ねぇ」
 静かに花を愛でる趣味がこの男にあったとは。それなりに長い付き合いだが知らなかった。
「そ。お花見がてら君を待ってた」
 不意打ちに驚いて振り返ると、この日初めてばっちりと目が合った。
「最近忙しいんでしょ?」
 そう言って笑う太宰の顔に咎める色はない。が、するりと握られた手は冷え切っていて、こいつが一体どれだけこんなところで待っていたのか伝わってきてしまった。
 確かに、忙しくしていた所為もあって、最後に会ったのがいつだったかすぐには思い出せない。だが、待つならこんなところじゃなくて家で待っていればいいものを。
「あー、悪かった」
「別に怒ってるわけじゃないんだけど」
 くすくす笑う太宰は相変わらず機嫌が良さそうだ。甘えた調子で重ねた手を引かれて、お望み通り唇を重ねた。
 あの頃と変わったことはたくさんある。その変化はお互いが関係しているものも、していないものもあるけれど、一緒にその時を過ごしていければ、それでいいと思った。


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