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夜明 奈央
2024-05-06 08:45:11
3239文字
Public
中太SS
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まだ最後にはしない
でっぷる前日譚?pixiv初投稿作品
2022年1月26日初出
カチャッ パタン
中也は扉を開け閉めする音で目を覚ました。馴染んだ気配が隣の部屋で動いているのがわかる。
帰ってきたか。
まだ眠気の残る頭を振り、欠伸を1つ。
同居人である太宰とこの家で一緒になるのは約3週間振りだった。お互い帰ってきてはいたのだが、如何せん生活リズムが異なるので、たまにタイミングが合わないとこういうことになる。
それは仕方がないとわかっているし、もっと長く会わないときもあるので今更どうということはないのだが、それはそれ。一緒に住もうと決めた相手に会いたくないわけはないので、せっかく目を覚ましたことであるし、顔を見に行こうとベッドを降りた。
「おかえり」
寝室を出て何やら忙しなく動き回っている太宰に声をかけると、申し訳なさそうに「ごめん、起こした?」と返された。
「いい、気にすんな」
返事をしつつ、太宰の態度にやや違和感を覚える。だが、それが何かはっきりとはわからない。
「てめぇ、なんかあったか?」
「ん? なんかって?」
「知るかよ」
直球で訊いてみるが、案の定答えはない。昔のように茶化してはぐらかさなくなった分ましだと思えるが、未だにこの男が自分の弱味を素直に吐露するようなことはない。こういう関係になって結構経つのだが、儘ならないものだと思う。
「また出掛けるのか」
「そうだね。ちょっと荷物取りにきただけだから」
「あ、そ」
「私シャワー浴びてくるね」
久しぶりの邂逅だと言うのにさっさと浴室に消えていくのを見送って、ため息をついた。
あいつはまた何かを企んでいる。
ほとんど家に帰っていないことから鑑みて、かなり大規模なはずだ。それが何かはわからないが。
「飯でも作るか」
誰にともなく呟いた。どうせまともな飯なんて食ってないだろう。
俺の力が必要だと判断すれば、奴は俺の都合なんてお構いなしに巻き込んでくる。逆に、俺には向いていないと判断されると、情報は何一つ俺のところにはこない。要するに、使えるか使えないか。あいつの仕事は合理主義だ。
なら、俺にできることはそう多くない。
台所を見回して、とりあえず夕飯の残りのスープに火を付ける。冷蔵庫を漁ると冷凍うどんを発見したので、スープにぶち込んで食わせると決める。
もう1度冷蔵庫を開けて、卵を取り出す。少し悩んだがすぐにスクランブルエッグに決める。シャワーだけならすぐに出てくるから、目玉焼きや茹で卵を作る時間はおそらくない。
バターを溶かしたフライパンに溶き卵を流し込み、ある程度かき混ぜてから塩胡椒を振る。
ラップの上にパンを置き、その上にスクランブルエッグとレタス、ハム、チーズを載せてもう1枚のパンを置く。
少し分厚すぎるような気もしたが、他のおかずを作るような時間はなさそうなので、これで良しとしてラップで包んで馴染ませる。
手頃な袋を探して、良さそうなお菓子の紙袋を発見したところで、タイミングよく脱衣所の扉が開く音が聞こえた。
「なんだかいい匂いがするね」
太宰がタオルで髪の毛を拭きながらキッチンに顔を出す。
「食ってけよ。どうせまともに食ってねぇんだろ」
急いでいるみたいだし、もしかしたら断られるかもしれないと思っていた。だが太宰は虚を突かれたような顔で中也の方を見た後、すぐに破顔した。
「そうする」
太宰が身支度を整える間に中也がどんぶりにうどんとスープをよそう。
生姜を利かせた中華スープからはふわりと食欲を唆る香りが漂う。
「あったかいね」
太宰はどんぶりに手を添えてしみじみと呟いた。
「いただきます」
「おう」
中也は向かいの席に座ってその様子を観察する。会話はない。食事中は大抵そうだ。
シャワーを浴びて血色が良くなり、多少はましになったがそれでもどことなく疲労の色が窺える。
こいつはまた何をしているんだか。いつからまともに寝ていないのかわからないが、この手のことはいくら言っても聞き入れられたことはない。何せ自殺志願者なので、健康に気を使うという発想がないのだ。
どうせすぐには死なないのだから、不調は少ない方が良いと思うのだが。
マフィア時代から、こいつは秘密主義で、重要な仕事は絶対に他人に任せないし、手伝わせすらしない。だから、どうせ今も1人で動いているのだろう。
せっかく光の世界に行ったのだから、それらしく助け合えばいいものを。自分でなくても構わないと判断した仕事はいくらでも他人に押し付けるくせに。
部屋に響くのは、太宰の食事する音と、時計の秒針の音。それから時折強く吹く風の音。やや郊外にあるマンションの高層階には、外部の人間の生活音はほとんど届かない。
ちらりと目をやった時計は午前3時28分を指していた。朝と夜の狭間。始発が動くのもまだ先だ。
こんな時間に帰ってきて、またすぐ出ていくとは。きっと俺が目を覚まさなければ、声も掛けずに出ていったのだろう。
そう考えると、たまたまとはいえ起きて良かったと心底思う。一緒に住もうと言ったのはお互い忙しくても少しぐらい顔を見たいと思ったからだし、そう伝えたのだが、この男にはあまり伝わっていなかったのかもしれない。
確かに起こしてほしいとか、そこまで具体的に伝えたことはなかったが、落ち着いたらもう1度話をするべきかもしれない。
そんなことをつらつらと考えているうちに太宰はどんぶりの中身をすっかり平らげたらしい。
「ごちそうさま」と手を合わせた。
「お粗末さま」
そう続けて立ち上がったが、太宰は座ったままだった。てっきり食べ終わったらすぐに行ってしまうと思っていたのだが、そうではないのだろうか。
訝しんでいると、太宰は何もないテーブルの上を見ながら「ありがとう。美味しかったよ」と言った。
面食らって太宰の顔をまじまじと見返してしまう。
「なに」
「いや、なんでも」
照れた様子で俺を放ってさっさと部屋の外に向かうのを、慌ててさっき作ったサンドウィッチを持って追いかけた。
玄関まで見送りがてら着いていく。
今日の太宰はなんだか素直だ。そして、顔を見てすぐに抱いた違和感の正体に気付く。
たぶん、こいつはこれから、死ぬかもしれない危険な仕事に向かおうとしている。
いくら死神に見放されているとはいえ、生死を彷徨った経験は1度や2度ではない。趣味と称して日頃から励んでいる自殺では大した怪我もないというのに、仕事では自ら危険に飛び込んで大怪我するなんてことは日常茶飯事だ。
そして、そんな危険な仕事の前には、必ず俺に会いにくる。本人は、決して認めないだろうけれど。
靴を履き終わったタイミングでサンドウィッチの入った紙袋を差し出す。
「朝飯か昼飯にでも食ってくれ」
「良いの?」
「てめぇはほっといたらまともな飯食わねぇからな」
「ありがとう」
そう言ったものの、なかなか受け取ろうとしない。何かを言おうとして迷っている。
「あのね、キスしたい」
ようやく口にしたのは、そんな可愛い我が儘だった。
こいつは、これが最後かもしれないと思っているのだろう。
俺は、絶対最後になんてしてやるものかと心に誓う。何も言わないこいつに、俺が何をできるのかはわからないけれど。
後頭部を引き寄せて、触れ合うだけのキスをした。すぐに離して、至近距離で瞳を覗き込む。
「帰って来いよ。待ってるから」
「うん」
伝わっただろうか。伝わっていればいい。
太宰が近付いてくるのがわかったから、目を閉じるとすぐにもう1度唇が触れ合った。
絶対、これを最後になんてしない。
「いってきます」
「おう、いってこい」
俺が持ったままだった紙袋を受け取り、扉を開ける。そのまま振り返らずに出ていった。
扉が勝手に閉まるのを見守って、鍵を掛ける。
まだ早いが、もうすっかり目は覚めてしまった。
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