2024-01-21 08:57:34
11662文字
Public 小説(pixiv公開済)
 

隊長さんと部次長さん

アラフィフバツイチの中間管理職が、残業で疲れた夜、たまたま見たドラマ「ダンスマカブル」。
ロイエに共感し、しんどい物語に苦しむも、ゲームの「ダンマカ」には彼の息子の生存ルートがあると知り。

オンラインゲーム「ダンスマカブル」のプレイヤー(オリジナルキャラ・名前無し)視点での仮想メタなエピソードです。
ネットゲーム用語・スラング、ネットミームなどを特に解説なく使用しています。ご注意ください。
シリーズ化していますが、各話は独立しておりますので、単品でも問題なくお読みいただけます。

FOCUS:ロイエ、シャオ
※本人は出てきません。
※オンラインゲーム「ダンスマカブル」のゲームシステム・世界観・サービス状況・ドラマとの関連性等、ほぼすべて二次創作です。

「中間管理職はほんと、つらいよねえ」
 残業続きの夜、帰宅してすぐに点けたテレビからそんな台詞が聞こえてきて、コンビニ弁当をレンジに入れる手が止まった。

 そう。中間管理職はつらい。

 上からは組織開発がどうのと高い意識を求められ、下からはあれこれと要望の突きあげを食らい、啓発や指導に駆け回って、業務過多に陥る。
 そうして、家庭を顧みる余裕もなくがむしゃらに働くうち、いつしか妻との仲は冷え切って、行き着いたのは熟年離婚だった。夫でも父親でもなくなり、残った肩書きは「部次長」という、中間管理職の極みのような冴えない役職名のみ。
 人生の売れ残り。消費期限はもうすぐ切れる。
 値引きシールのついた弁当をレンジに入れ、オートあたためボタンを押してから、中間管理職の悲哀を語るドラマはどんなだろうとテレビの方を振り返った。
――うん?」
 オフィスのシーンを予期していたのだが、画面には重厚な切り石積みの壁が映っている。クラシカルな内装に近代的なコンソールモニターが備えられた奇妙な部屋で、軍服を着込んだ青年が、やるせなさそうにため息をついていた。すくめた肩に、長い銀の髪が揺れて光る。

 この世界で、中間管理職?
 このイケメンが、中間管理職?

 ×     ×     ×

 レンジから取り出した弁当のふたを取って、スマホで写真を撮る。
『鯖の塩焼き弁当。残業から帰宅。』
 それだけ添えて、SNSにアップする。フォロワー二十人足らずの日常アカウントだ。誰に見せるでもない、備忘録に使っている。
 鯖の塩焼きにかぶりつきながら、ドラマを見た。
 ロイエ。それが中間管理職の彼の名だった。ユニティオーダーという軍事組織の隊長らしい。好き勝手なことを言うやんちゃな部下とのやりとりと、嫌味な上司との胃痛を誘う会話は、まさしく中間管理職の日常そのもので、非現実的な世界であっても、なかなか身につまされるものがある。
 視聴しつつ、スマホで検索してみた。元はゲームのプロモーションのために企画されたネット配信のドラマで、人気アイドルが多数出演することで大きな話題となった。それが時を経て地上波で初放送と相成ったものらしい。
 アイドルのファン層をあてこんで作られたタイアップドラマにしては、重苦しくもシリアスな雰囲気だが、その分どっしりと風格のあるファンタジー作品に仕上がっており、思わず姿勢を正すほどに見応えがあった。
 タイトルは「ダンスマカブル」。通称「ダンマカ」。

「ダンスマカ……ダンマカ? ああ、なんだ、そうか。あれか」

 ダンマカという略称で思い出す。いつだったか、息子が熱心にプレイしていたゲームが、確かそんなタイトルだった。
 夜遅い時間に帰宅し、部屋の明かりがついているのを見て、受験勉強か、ねぎらってやろうと部屋に入ったらパソコンでゲームをしていたものだから、無益な夜ふかしを咎めたことが何度となくあった。あれは、離れて暮らすことになる半年前くらいか。妻とは既に家庭内別居に近い状態だったな。
 ほろ苦い気持ちを振り払って、SNSを眺めていたら、トレンドワードに「ダンマカ」と「ダンスマカブル」が入っていた。地上波放送で盛り上がっているらしい。過ぎた時間を考えると、なかなかに息の長いコンテンツだ。
 食べ終えた弁当の容器をまとめる。マグカップに茶をいれてテレビの前に座り直し、オンデマンド動画配信サービスの画面に切り替えた。タイトルで検索をすると、すぐに見つかった。当時は一週間に一話ずつ公開されていたようだが、今は全話まとめて有料配信されている。
 明日は土曜日。久々に土曜出勤も、持ち帰りの仕事もない。
 これも何かの縁だ。とりあえず第一話を見てみるとするか。

 ×     ×     ×

 朝の光が、徹夜明けのしょぼつく目に突き刺さる。
 デスクワーク用のブルーライトカットメガネをかけて外に出た。眩しさを少しでも軽減するためと、もっと大きな理由は、赤く腫らした目をカバーするために。
 コンビニに入って棚をひととおり眺め、丸い容器の粥を手に取る。優しいものが食べたかった。徹夜明けの胃腸にも、濃密な物語を浴びた心にも。
 部屋に戻って、レンジは弱めの調節で人肌程度に温める。スマホを構えると、ほんのりと立つ湯気が、カメラのレンズを曇らせた。SNSを開いて、撮った写真を選び、テキストを入力する。
『帆立だしの中華たまご粥。久々の完徹。』
 しばし考えて、付け加えた。
『帆立だしの中華たまご粥。久々の完徹。ダンマカ一気視聴。泣けた。』
 書き込みを終えて、ふうっと深く息をつき、食べ始める。舌の上で溶ける卵と帆立の淡い味わいが、心の底まで沁み入るようだった。


 ドラマ「ダンスマカブル」は実に、実に面白かった。
 歪んだ世界のなかで、様々な立場をとる者たちが、己の信念に基づいて対峙する群像劇。時に手を結び、時に情を断ち。二転三転する物語に惹かれて引き込まれて、気がつけば最終話までノンストップで鑑賞していた。
 なによりも、登場人物に血肉が通っていた。メインキャストは全員がアイドルとのことだが、みな若くとも演技が達者で、複雑に絡み合う憎悪を、思慕を、存分に表現してくれて、感動とともに感心することしきりだった。
 娯楽作品に夢中になって徹夜するなんて、何年ぶりのことだろう。情緒も感性もすっかり枯れた気でいたというのに。しかし充実した時間だった。最後の最後、視聴者に託された「二分する世界」の選択も、なんとも粋な演出だったと思う。
 だが、それはそれとして。

「シャオくん……どうして……

 名前を口にすると、じんと目の奥が痛んだ。
 ドラマ「ダンスマカブル」では、多くの登場人物が非業の死を遂げる。いずれの顛末もやるせないものだったが、ことにシャオのそれには、大きな衝撃を受けた。
 彼が自ら語った出自。地上に生まれた子、天上に生まれた子。それを分ける「運」とは、「運命」とは何なのか……と、思いを馳せているうち、シャオが天子に銃を向けて。アルムの絶体絶命と思いきや、事態は反転する。
 閉ざされた空間に満ちる呪い。天と地を繋ぐエレベーターは朱に染まり、天と地を繋ぐ子のひとりは斃れ、ひとりは自失し。
 その扉が開いたとき。
 眼前の光景に目を見開き、初めて感情を剥き出しにしたロイエの叫びが、耳からずっと、離れない。

 ――思い入れすぎてしまった。

 そもそもがロイエの台詞からこのドラマに興味を持っただけに、視聴するうち、ユニティオーダーの面々に強く感情移入していった。
 他の陣営と比べて、隊長であるロイエの飄々とした立ち居振る舞いと、隊員たちのいかにも部下然とした言動に、組織としての秩序を感じられたためだろうか。ユニティオーダーのシーンは、見ていて安心できる感があった。
 ロイエには、初めは同じ中間管理職としての共感を持っていたが、次第にロイエという隊長の部下になりたい、ともに働きたい、という気持ちが大きくなっていった。実力があり、上との折衝は如才なく、緩いスタンスを貫きながらも、部下のことも程よく慮ってくれる。理想の上司だ。
 クライマックスでの活躍も最高だった。組織のくびきから脱し、中間管理職の立ち位置を蹴飛ばして、文字通りの奥の手を最も効果的に使いこなす。行動力と判断力に魅せられるカタルシスたるや。
 そして、子どものための大人で在れなかったことへの悔悟を語る情の深さ。
 子どものための大人。ロイエの子ども――養い子のシャオ。
 ロイエが、彼の息子を想うならば。淡々と、無感情な振る舞いをしていたシャオが、最期に、途切れ途切れに呼んだのは。
「子ども、なのに……
 それは、二重の意味を込めて、漏れ出た言葉だった。


 物語としての完成度は高い。二分された結末は、どちらも美しく世界を閉じてくれて、納得のいくものだった。
 ならばこそ気持ちだけが取り残されてしまう。世界の結末とは別に、彼ら自身の結末について、考え続けてしまう。
 徹夜明けで腰はガタガタ、目はしょぼしょぼ、指先は鈍ってフリックもスワイプもとっくにおぼつかないというのに、オフィシャルサイトを何度も何度も眺めたり、配信当時の感想や考察を検索しては、共感を抱き、あるいは反発し。やるせなさを抱え込んで、時間が過ぎていく。
……うん?」
 ふと、リプライの通知に気がついた。こんな片隅のアカウントに、珍しいことだ。

『検索から失礼します。ドラマ版ダンマカ完走おつです。泣けますよね……
 ちなみにゲームのほうのストーリーには救済の分岐があったりします。
 メインキャラ全員の生存ルートもあります。興味があればゲームもぜひ。』

 救済の。
 生存ルート。

 一気に目が覚めた。

 ×     ×     ×

 リプライを送ってくれた人は、プロフィールを見るに、ゲーム版「ダンスマカブル」のプレイヤーのようだった。ドラマの地上波放映にともなって、感想を検索していたらしい。熱心なファンもいるものだ。それだけ人を惹きつける魅力のあるゲームだということなのだろう。
 あの頃、繰り返し小言を言っても、黙然としてプレイを続けていた息子の後ろ姿を思い出す。反抗的な奴だと思ったが、ゲームそのものに熱中していて、父親の説教どころではないというのもあった……のだろうか。


 改めてドラマとゲームの「ダンスマカブル」について調べてみた。
 そもそもドラマ「ダンスマカブル」の物語は、ゲームのシナリオとは別物のオリジナルストーリーだったが、配信終了後の反響と人気を受けてゲームへのフィードバックが検討され、数年後の大規模アップデートにおいて、さまざまなドラマ版の要素がゲーム内のコンテンツとして実装されたのだという。
 所属組織に基づく特殊能力やスキル。登場人物たちが装備していた武器防具。衣装とヘアスタイル、アクセサリー。特徴的な仕草やキメポーズを模したエモート。それらの実装を記念して、ドラマの登場人物そのままにキャラクターを作成できるクリエイトデータの配布も行われたという。

 ――そして、ストーリー。

 ドラマ「ダンスマカブル」のストーリーは、ゲームストーリーの異伝として追加された。物語を忠実に辿れるメインルートのほか、有り得たかもしれない可能性として、違う結末が用意された。
 全員が生存し、世界の融合を迎えるルート。大団円がすぎるため、プレイヤーからは少しの揶揄を含んでハリウッドエンディングルートと呼ばれているとか。
 二分された世界の断絶というドラマ「ダンスマカブル」の命題からは大きく外れるが、物語としては齟齬なく綺麗にまとまっているとのことで、それなりの高評価を得ているようだった。
 このルートに入るための第一の分岐は、リベリオンのフーガの生存。第二の分岐は、黒縄夜行のプラセルの生存。
 そして、第三の分岐は、ユニティオーダーのシャオの生存だ。

 ゲームの世界においては、ロイエ隊長の息子は生きていられる。


 こういうのは勢いが大事だ。
 残りの土曜日はさすがに寝て過ごしたが、翌日曜日、早朝からゲームクライアントをダウンロードした。
 容量が非常に大きいからか、ダウンロードには結構な時間がかかった。フレームワークと本体プログラムのインストール後には追加パッチがあり、アップデートの残り時間があと四十分と表示されたのを見て、見守るのをやめてコンビニへ行き、食料を調達することにした。
 ちょうど朝の品出し直後の時間帯だったらしく、売り場にはさまざまな弁当が山積みになっていた。プロモを見てからずっと食べたいと思っていた、ハンバーグ&シチューライス弁当を買う。とろとろのクリームシチューは別個の容器に入っていて、ライスにかけても、ハンバーグにかけても良いのだという。
 レンジでの温めを終えたシチューをライスとハンバーグに回しかけて、SNS用の写真を撮る。
『ハンバーグ&シチューライス弁当。ダンマカのゲームクライアント、ダウンロード中。』
 投稿と同時に、ぽぽぽ、と通知がつく。おや、とホームを見返すと、昨日のドラマ一気視聴の呟きにも、けっこうな数のいいねと、ゲーム版を薦めるリプライが幾つも寄せられていた。
 まるで新規顧客の囲い込みだな、と、ひとり笑う。

 本格的なオンラインRPGをプレイするのは初めてだが、コンシューマーの黎明期から成熟期にかけて、RPGの黄金時代とともに育った世代だ。老眼と瞬発力の衰えで、アクションゲームには自信がないけれど、解説サイトによれば、戦闘には反射神経よりも素早く的確な判断力を必要とするゲームであるらしい。
 それならば、毎日行っている。
 中間管理職の日々は、大小さまざまな決断の連続だ。調整と折衝、指令と依頼、リスクヘッジとクレーム対応。
 そして、トライ&エラー。人生は間違いとやり直しの連続。それもまた、嫌というほど知っているバツイチアラフィフだ。

 やってやろう。
 マウスとキーボードで、シャオを救う。救ってみせる。

 ×     ×     ×

 インストールが完了して、キャラクターを作成し、チュートリアルを受けた。基本操作は問題なくこなせて、ほっとする。
 ストーリーモードをスタートし、メニューを確認した。ドラマ版「ダンスマカブル」のストーリーは異伝として別建てになっており、チュートリアルを終えてすぐに読み始めることが出来るらしい。ドラマから入ったアイドルのファンへの配慮だろうか。迷うことなく選択し、ストーリーを開始した。
 初読時はドラマに忠実な一本道のストーリーで固定されているらしく、全話視聴を終えたばかりの今、おさらいのようにゲームのキャラクターたちが演じる同じ物語を眺めるのは、また別の味わいがあってなんとも楽しかった。
 そして、読了後。「新しいストーリーが追加されました。」というポップアップが表示されて、背筋を伸ばす。いよいよだ。

 だがしかし。
 ドラマから入った新規ファンへのサービスは、そこまで。

 メニューに並んだストーリー一覧から、開放条件の項目を見て、愕然とする。
 誰にでも読める本筋とは違い、大団円エンディングへの道はちょっとしたやり込みコンテンツという位置づけをされているらしい。要所要所で条件を満たさねば、ストーリーを読むことも、分岐を発生させることも出来ない。
 その条件は、一周目を読了する、イベント会話で正しい選択肢を選ぶ、などのすぐにクリアできるものから、キャラクターを一定のレベルまで育てあげる、フィールド戦闘で特定のエネミーを百体狩る、指定のダンジョンを全フロア攻略する、といった時間と手間を要するものまで、さまざまだ。
 ふん、と鼻を鳴らす。
 これは長期戦になりそうだ。腰を据えてかかるとしよう。

 ×     ×     ×

 それから、帰宅後はゲーム「ダンスマカブル」を少しずつでも進めるのが日課となった。

『季節の彩りの三色そぼろ弁当。ダンマカ、レベリング。分岐ストーリー開放レベル第一段階達成。』
 コツコツとやれるところから。ひとつずつステップを進めていく。
 ゲームに使える時間は、そう多くはない。残業から帰宅し、食事と入浴、合い間にその他の家事と、時には持ち帰りの仕事もあり、余暇に使えるのは日にせいぜい一、二時間程度だ。オンラインゲームとしては隙間時間レベルだろう。それでもとにかく、継続は力なりと信じて、毎日必ずゲームクライアントを起動し、何かしらは進めるように心がけた。

『具だくさん海鮮あんかけ丼。ダンマカ、イベント会話発生成功。フーガ生存フラグ取得。』
 週末は、土曜出勤がなければまとまった時間が取れる。開放したストーリーは溜めておいて、一気に読むことにした。集中して読みたいのと、純粋に、週末のお楽しみとして。平日に読んで、内容によっては、またうっかり翌日に目を腫らしてしまったら、という危惧もある。

『二色の磯部焼きちくわの海苔弁。ダンマカ、フィールドエンカウント実績達成。引き続きレベリング。』
 いつからか、SNSに投稿するたびに、二桁のいいねがつくようになった。枯れたおっさんが、アイドルドラマを機に、もたもたとオンラインゲームを攻略している。見世物としてはそこそこ面白いかもしれない。いやいや、先輩たちが暖かく見守ってくれているのだろう。そう思うことにしよう。

『ねぎ塩レモンチキンのっけ弁当。ダンマカ、試練のダンジョン三層まで。完全攻略遠し。』
 通勤時間も、昼休みも、大きな声では言えないが定例会議の最中にも、頭の中はダンマカでいっぱいだ。次の分岐開放に必要なレベルは、立てておくべきフラグは。戦闘で成果を上げるには、露店の商品を回転させるには。次第と、ストーリーのみならず、ゲームプレイそのものをうまく回す方向にも頭を使うようになった。

 ゲーム「ダンスマカブル」、確かに面白い。戦闘に生産に、多様な遊び方が可能な上、どちらを向いてもやりたいこととやれることの楽しくももどかしいせめぎ合いがあり、いつまでも世界に滞在し、追いかけていたくなる。ゲームバランスの妙なのだろう。これは熱中してしまうのも納得だ。受験前にはどうかと思うが。
 一日ごとにダンマカの世界への愛着を深めつつ。歩みを同じくして、階段を一段ずつ昇るように、大団円ルートへのフラグも築いていった。

 しかし、ある日。
 どう足掻いても、どれだけ試行錯誤を繰り返しても、乗り越えることのできない壁にぶち当たった。

 ×     ×     ×

『一日分の野菜たっぷり焼うどん。ダンマカ、拠点防衛戦Cランククリア。本日も失敗。』
 PCの電源を落とし、SNSに写真をあげて、深い息を吐く。
 ここまで順調にゲームを進めてきた。攻略サイトのお世話になることもあったが、基本的には自力ですべてのフラグを立てて、すべての試練を乗り越えてきた。
 だが、次のストーリーを開放するための条件だけは、どうにもクリアのめどが立たなくて、途方に暮れている。

 それは、ユニティオーダーという組織の来し方行く末を左右する、正念場の物語を開くための扉。
 ユニティオーダーの一員として、拠点ディフェンスタイプの大規模戦闘に参加し、一定以上のランクでクリアせよ、というものだ。

 ゲーム「ダンスマカブル」の戦闘は、大別して三種類ある。フィールドでのエンカウントクリックバトル、ダンジョンにおけるリアルタイムコマンドバトル、そして大規模戦闘でのリアルタイムタクティクスバトル。後に行くほど難易度が高くなる。
 大規模戦闘は、複数のプレイヤーが参加するマルチプレイだ。友人知人などを集めてマッチングさせる遊び方が想定されている。ランダムマッチング――いわゆる野良でもプレイできるコンテンツだが、意思の疎通が難しい即席マルチの野良では、なかなか高スコアを取ることができない。
 初回の失敗は、気にもとめなかった。二回目も、勉強させてもらったと思った。それから三回、四回と失敗の回数を重ねて、だんだんと不安が募っていった。このままでは、いつクリアできるか。どころか、クリアが叶うかも定かではない。
 不安と不甲斐なさに滅入りつつ、繰り返しトライするしかなかった。コンビニ弁当の写真に添えて、拠点防衛戦失敗とだけ綴る投稿が、五日ほど続いた後。
 ダイレクトメッセージがひとつ、届いた。

『こんにちは。苦戦していらっしゃるようですね。
 もしよろしければ、拠点防衛クリアに協力してくれる身内のプレイヤーを
 プライベートマルチで集めることができますが、いかがですか?』

「え……
 送り主の名を確認する。ドラマ版の視聴を完走した時にリプライをくれた人だ。その後も、しばしばダンマカの進捗の投稿にいいねをつけてくれている。
 突然の、あまりにも有り難すぎる申し出だった。だが、その次に添えられた言葉に、首を傾げる。

『協力プレイの一環ではありますが、もしもこういった出荷行為を
 好まれないのであれば、遠慮なく言ってくださいね』

 出荷。何を?
 ……誰を?

 ×     ×     ×

 出荷、というオンラインゲーム用語を初めて知った。
 キャリーする、とも言うらしい。もっと婉曲に表現するなら「サポート」「手伝い」「助っ人」等と呼ばれる行為だろう。
 レベルや装備、あるいはプレイヤースキルなど、何かしら実力の不足したプレイヤーを手助けし、本来なら太刀打ちできないようなコンテンツをクリアさせる行為を指す。古めかしい言い方をすれば、おんぶにだっこ。文字通り、運んでいくこと。
 ゲームというのは本来、過程を楽しむものであるから、出荷というのは基本的に好まれる行為ではない。体験する楽しみをスポイルしてしまうことと、実力が伴わないままに上級者向けコンテンツに紛れ込んでも先送りした挫折を味わうだけであること、というあたりがその理由だ。

 ただし。「ダンスマカブル」においては、この出荷行為が、顰蹙を買うことなく許される局面がひとつだけあるという。
 それが、ドラマ版「ダンスマカブル」のストーリーモードにおける全員生存ルート開放フラグの最難関、拠点防衛戦のSランククリアという課題を手助けすることだ。

 ×     ×     ×

「ソロプレイヤーだと、ここだけ理不尽に難易度が上がっちゃうんだよね。身内マルチならどうってことないんだけど、意思統一が出来ない野良でSランククリアなんて、よっぽどマッチング運が良くないと無理だから。設定ミスレベルなんだよ。それで、プレイヤーの間でも暗黙の了解として、野良でソロやってる人を出荷してあげるのは止むなしという共通認識があるわけ」
 チャットログを埋める長広舌。タイピングが早い。読み取って意味を噛み砕くのにあたふたしてしまう。いかにもゲーム慣れしている人、という印象だ。
 メッセージを受け取ってから、丸一日考えたのち、出荷とやらの申し出を受けることにした。
 自分だけの力でシャオを救う道が切り開けなかったことは口惜しく思うが、そもそもが身内でのマルチプレイを想定した難易度というのであれば、致し方ない。せめても、手伝ってくれた人と親しくなり、「身内」を既成事実にしてしまおう。
 そんなことを考えつつ、出荷を申し出てくれた人物とゲーム内で待ち合わせてみたのだが。やってきたのは、身内というか。
「君が、出荷請負人?」
「そう。あ、タメ口でOKって言ってたよね? 不快なら敬語にする? しますか?」
「いや、それは、別にいいんだけど……
 待ち合わせに現れたプレイヤーを、正確にはプレイヤーキャラクターを、まじまじと見つめる。
 さらりとした前髪から覗く瞳に、光は射していない。抜けるように白い肌は、指の先まで軍服に覆われて、隙の無さと警戒心を感じさせる。気怠そうに立っているが、手にした銃は鈍い輝きを放っており、彼が凄腕のスナイパーであることを知らしめていた。

「シャオくんじゃないか……

 不思議と感動を覚えつつそう言うと、相手はやれやれといったポーズを取った。
「そっちこそ」
 テキストだけのチャットなのに、なぜだか、シャオくんの声で耳に聞こえた気がした。淡泊なようでいて、よく聞けば微かに幼さの残る、感情を拭いきれていない声。
 その名を呼ぶ時は、ことさらに。

「ロイエ隊長じゃない」

…………はい」
 そう。オンラインゲームのダンマカをプレイするこの身は、ロイエ隊長の姿を模しているのだった。急いでキーボードを叩く。
「キャラクタークリエイトって初めてで、うまくつくれなかったから、公式で配布しているデータをそのまま流し込んだんだ」
「それにしても。よりによって、ロイエ隊長」
 下手な言い訳に突っ込みというか追い打ちをかけられてしまい、画面のこちら側で、なぜだか顔が熱くなる。十六人分のデータが配布されている中で、ロイエ隊長を選んだのは、適当でも偶々でもない。シャオくんに反応してしまったのも。
 気恥ずかしさに吞み込まれ、何も言えずにいると、シャオくん(仮)は、やれやれポーズをやめて背筋を伸ばし、真顔を作って、こう言った。
「シャオ死亡ルートから抜け出せないロイエが、シャオ生存ルートを目指して、助けを必要としている。出荷請負人として、冥利に尽きる案件だよ。シャオとしても、ね。申し出を受けてくれて、ありがとう」

 ×     ×     ×

 ほどなくしてシャオくん(仮)の身内プレイヤーたちがやってきた。軽い打ち合わせのあと、キャラクターの所属陣営をユニティオーダーに変更し、大規模戦闘のメニューから拠点防衛戦:アークエレベーター防衛を受注する。
 即席のユニティオーダー部隊。ロイエ隊長とシャオさんがいるから楽勝っすよ、などと軽口を叩くプレイヤーたちが、楽しくて頼もしい。
 そして、あんなに苦労した拠点防衛だったが、各々が持ち場と役割を分担し、声を掛け合い、息の合った攻守を行うことで、驚くほど簡単にSランククリアを果たしてしまった。呆気に取られているあいだに、プレイヤーたちが任務完了とばかりに去っていこうとしたため、慌てて礼を言うと、参加者の何人かからフレンド登録が飛んできた。これで名実ともに「身内マルチ」となったわけだ。
 大事なのは持ち場を守ること。そして、コミュニケーションを取ることなのだ。そんな風に考えて、こうやって教訓を得ようとするあたり、中間管理職思考に陥っているなと思い、ひっそりと笑った。
 中間管理職に限った話じゃない。大切な場所を守る。対話を怠らない。当たり前のことだ。

 それをしても、ロイエ隊長さんは家族を亡くしてしまった。
 それをしなかったから、ロイエ部次長さんは家族を無くしてしまった。

 天上に生まれた子と、地上に生まれた子のようだ。分けたのは運なのか、運命なのか。天上の中間管理職と、地上の中間管理職?
 そんなことを考えて、またひっそりと笑う。

 ×     ×     ×

 三々五々に解散となる。
 聞けばこのシャオくん(仮)は、ドラマ版「ダンスマカブル」のストーリーが実装された当初から、ギルドの仲間とともにストーリー開放の難所である防衛戦の出荷を請け負っているのだという。
「この条件のせいで、ルート分岐を諦めたって人をSNSで何人も見かけて。でも、せっかくここまでプレイしたからには、見て欲しいんだよね。誰も死なない大団円。めでたしめでたしなハリウッドエンディング」
「誰も死なない……
「プラセルも、フーガも、ヴィダも。エーテルネーアも、リーベルも。あと、俺もね」
 さらりと付け足す。
「これで、ロイエ隊長の世界でも、俺は生きていられる。生存ルートの続き、ちゃんと最後までやってよ」
「もちろん。この後さっそく開いた分岐ストーリーを見に行ってくるよ」
「さすが部次長、やる気に溢れてる。進捗報告には、お弁当も忘れないでよ。あれ、わりと楽しみにしてるから」
 コンビニ弁当の、あんな適当な写真を? 戸惑っていると、シャオくん(仮)が、腰かけていた瓦礫から立ち上がった。
 デフォルトの立ちポーズに戻る刹那。一瞬だけ、笑顔が見えた、気がした。
「お弁当持って、俺が生きている世界に行ってらっしゃい。――お父さん」

 ×     ×     ×

『炙り銀鮭の幕の内弁当。ダンマカ、拠点防衛戦Sランククリア。シャオ生存フラグ取得。ありがとうございました。』
 SNSへの投稿を済ませて、大きな鮭の切り身を頬張る。ぽ、と通知音がした。シャオくん(仮)がいいねをつけてくれたらしい。

 お父さん、か。

 勉強のために買ったはずのパソコンに向かい、ひたすらコントローラーを握っていた背中を思い出す。
 ダンマカはまだプレイしているだろうか。ドラマは視聴したのだろうか。
 成人して久しい。会うことがあるとしたら、対等な大人としてだ。そんな時に、ダンマカ始めたよなんて言ったら、どんな顔をするだろう。
 いつか、そんな日が来たら……いや。いつか、そんな日を作って。たくさん話をしよう。

 目を閉じて、少しだけ考える。

 隊長の息子のことを。
 部次長の息子のことを。


 息子たちの幸せのことを。


  〈Fin〉