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櫨
2022-12-31 07:50:08
7286文字
Public
小説(pixiv公開済)
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彼に宿る
Re:vale 千さん、お誕生日おめでとうございます。
貴方が遍在する世界のお話を書きました。
最近なにを見ても「ユキっぽい」と思うようになってしまった百。
つきあってるユキモモです。十二月のある一日。
時間軸はふんわりと第5部以後。ココ晴レリリース済。
曲名は出ていませんが『TO MY DEAREST』を意識した部分があります。
※pixiv版からべた貼りしただけで、レイアウト等は特に手を入れていません。あしからずご了承ください。
近ごろ、つくづくと思うこと。
この世には、ユキみたいなものがたくさんありすぎる。
たとえば、待ち合わせのロビーのプランターに寄せ植えされた、やわらかそうな白い花。大きくひらいた花びらの先は、ほんのりと緑に染まっている。
どことなく眠たげな花のようすといい、白に淡い差し色の緑といい、すごく、すごくユキっぽい。スマホを取り出し、ささっと何枚か写真に収めた。
「ねえ、おかりん。この花、ユキみたいじゃない?」
迎えにきてくれたおかりんに、撮ったばかりの写真を見せる。おかりんは、指差し確認みたいにスマホを見て、プランターを見て、最後にオレの顔を見て、曖昧な笑みを浮かべた。
「色からの連想ですかね。あと、ちょっとぼんやりしているところが、寝起きの千くんっぽいかもしれません」
忌憚のないご意見。でもナイスな分析。ぼんやり、というとあんまり聞こえが良くないけれど、花びらが淡く毛羽だっていて、輪郭の印象がやさしい。確かにそういうところもユキらしい感じ。
おかりんが運転する車での移動中、許可を貰って、SNSに写真を上げた。『ユキっぽい花みつけた!』って。
白い花の写真は、瞬く間に拡散されていき、たくさんのリプライがつく。
フランネルフラワー、というらしい。手ざわりが布のフランネルに似ているからだって。おもしろい由来。さわってみたい。リプライへのまとめてのお礼と、今度買って手ざわりを確認してみるね、と投稿してスマホをポケットにしまった。
ぼんやりと窓の外を見る。朝から冷え込みが強い。うす青く雲った空の下、冬の街の景色が流れていく。白と赤と緑に飾られた、おもちゃ箱みたいなショーウィンドウを見て、ふと思い出した。
「そういえばさ。口がバッテンのうさぎのキャラクター、いるじゃん。あの子、ユキっぽいよね」
「
……
はい?」
「口がバッテンの」
「いや聞こえましたけれど。千くんっぽい、ですか?」
「うん。すっごくユキっぽい。あ、でも、向こうのほうがキャリア的には上だから、ユキがあのうさぎちゃんっぽいって言うべきかな」
白くて、スンとした表情なのに、おちゃめでラブリー。まじでユキっぽい。と力説したけれど、おかりんの反応はいまひとつ薄かった。キャリアて。とか言ってる。
「それにしても百くん、最近その台詞多いですよね。うつっちゃいましたか?」
「え、どの台詞?」
ルームミラー越しのおかりんは、口もとをわずかに曲げて、呆れているような、面白がっているような、微妙で絶妙なバランスの表情をしていた。まあ、わりとよく見る顔でもある。オレとユキのいちゃついた会話を横で聞いて、右の耳から左の耳へとそのまま流している時の顔。
「『ユキっぽい』っていうやつです」
「だって、実際ユキっぽいじゃん。ていうか、うつったって?」
「どちらかというと、千くんの口癖じゃなかったですか」
「あー
……
」
ピンクだったり、丸っこかったり。いろんなものを『モモっぽい』っていう。確かにユキには、そういうことがある。でも。
「いやオレはあんな謎判定じゃないですし!」
「似たようなものだと思いますけど。白いものを見かけるたびに言ってません? あれですか、心に千くんを宿しているからですかね」
あるいは、視界にずっとエア千くんが居座っているのかも? なんて言われた。どっちも前にやった誕生日企画でのオレの相方愛ネタ。このへんが連鎖的にぽんぽん出てくるのは、やっぱり十二月だからかな。
街じゅうが光で彩られる、生誕祭の季節。神のいとし子、聖なる人が地上に降りたことを祝う月。それは、オレにとっては、もちろん。
☆ ☆ ☆
岡崎事務所に到着する。オフィスの入り口のところにユキがいた。朝からこもって作業をしていたスタジオから、ちょうど出てきたところらしかった。ラフな格好で、ゆるくひとつにまとめた髪から、うなじにひとすじ、おくれ毛が落ちている。音の名残りがかたちになったみたいで、きれいだった。
昼は事務所で、おかりんやサブマネを交えて、ランチミーティングをする予定になっていた。午後からはまた別行動でソロ仕事に向かうので、今だけ、本日の貴重なユキ補給タイムだ。
「ユキ、会いたかったよー!」
両手をあげてぶんぶんと振りながら叫ぶオレを見て、ユキは頬を緩め、あの白い花みたいにやわらかく微笑んでくれた。
「僕も。会いたかったよ、モモ」
「いやつい五時間前に千くんの部屋からふたり一緒に出てきたばかりですよね」
冷静なおかりんのツッコミが入る。だって、ユキだもの。少しの時間でも、離れていたら会いたくなるし、会えたら嬉しい。
そう、昨夜はユキの部屋に泊まったのだった。十二月だから。十二月じゃなくても泊まるけど。なんなら今夜も泊まりに行くけど。
「ねえ、これだけど」
ユキが受付のカウンターを指で示す。
そこには、卓上サイズのツリーが二本、並べて飾ってあった。Re:vale仕様のホリデーツリー。ファンクラブで限定受注販売したものだ。
モミの木よりも少し明るい、ペールグリーンの葉が茂る枝に、ビビッドピンクのモールが巻きつけられている。てっぺんに飾る大きな金色のトップスターと、ユキ画伯が描いためちゃくちゃラブリーなトナカイをフェルトで作ったオーナメントつき。オプションで選べるサイン入りのロゴプレートは二種類あって、オレのには〈Happy Holidays〉、ユキのほうには〈Happy Birthday〉と書かれている。
「ツリーにハッピーバースデーはどうなの。誕生日だからって、ちょっと不遜じゃない?」
「そんなことないって! いまの時期、世間の大半はメリークリスマスなんだから、Re:vale的にはハッピーバースデーをつよつよに推さないと!」
「ハッピーホリデーはかわいいよね。モモっぽくて」
ちょいちょい、と指でプレートをつつきながらユキが言う。
「ハッピーバースデーもかわいいし、ユキっぽいよ。このプレートを飾った瞬間に、あっ、これはユキのツリーだ! ってなるの。それがすごくいい」
そこでふと、さっきの車の中での会話を思い出し、おかりんの方を振り向く。
「おかりん、ほら。ちゃんと、白くなくてもユキっぽいって感じてるでしょ」
「白いかどうかという話ではなくて
……
まあ、千くんをイメージしたグッズなんで。表現できているなら良かったです」
おかりんは、例の微妙で絶妙な表情になっていた。追い立てるように、はいはい移動して下さーい打ち合わせ始めますよーと言う。
ユキはまだ〈Happy Holidays〉のプレートをいじっていた。指の先で、ロゴの掘り込みを丁寧に辿るようになぞっている。
なんでだろう。なんでだか頬がむずむずして、顔を伏せた。
☆ ☆ ☆
ミーティングを終えて、サブマネの車で事務所を出た。ユキは女性誌の撮影とインタビュー。出版社のビルの車止めで降りるユキに手を振り、オレは情報番組の収録現場へと向かった。
都内のおすすめスポットを紹介するレギュラーコーナーで、今月は年末年始の催事特集をやっている。今回の取材場所は、都心のショッピングモールのイベント広場だ。明るい吹き抜けの空間に、複数のストアが出店して、小さな市場みたいな空間を作っている。マーケット、と呼ぶほどしゃれたものでもなく、どちらかというと物産展みたいな雰囲気で、売り子さんたちも気さくで朗らか、売り込み上手だ。
他県からの出店だという、具だくさんの中華まんを食リポした。メニューは店長さんイチオシの海老豚まん。その名のとおり、豚まんなのに肉餡になぜか海老まで入っている。ぷりぷりとした食感がアクセントになって、楽しくて美味しい。肉と魚介の豪華盛りですね! って言ったら、逆にどっちも使っていない野菜オンリーの野菜まんもありますよ、と教えてもらって、そっちのがテンションが上がってしまった。ユキにも食べられる甘くない中華まんは貴重だ。それに、白くてふかっとして、野菜がたっぷり詰まっているなんて、すごくユキっぽい。おみやげに買っていこうかな。と、ここまでナチュラルに考えて、ハッとする。
また、ユキっぽいって思ってしまった。
今日は収録中、ほんとにたくさんユキっぽいものを見つけてしまって困った。試飲させてもらった、六種類の白ぶどうから作られた限定品のワイン。ふくよかで複雑な香りと、甘味と酸味のエレガントなバランスは、まさしくユキって感じだった。甘いものはどうですか、と言われてつまんだクッキーは、白いアイシングに緑のアンゼリカがまぶされていて、ガリっとした歯ごたえといい、どうしたってユキだなぁと思わずにいられなかった。
さすがに自覚する。オレの『ユキっぽい』レーダー、ぶっ壊れてる。浮かれてクルクルと回っては、観測範囲のありとあらゆるものを指し示す。あれはユキ。あれもユキ。これもそれも、どれもがユキ。
世界じゅうに、ユキが居る。
☆ ☆ ☆
気心の知れたスタッフと、親切で商品知識の深い店の人と。にぎやかに浮き立つ歳末のショッピングモールの中で、収録は楽しく、とどこおりなく終わった。笑顔で挨拶を交わし、いい空気で解散となる。野菜まん、そのうち買いに来よう。
今夜は、これから待ち合わせだ。少しだけふたりで街を歩いてから、ユキの部屋に向かう予定になっている。プランは特にないけれど、ふたりとも早めに上がれそうだから、ちょっとだけ十二月の街の雰囲気に浸りたいな、って提案というかお願いをしていた。「仕事早く上がって待ち合わせしちゃおうよ」ってやつだ。
スマホを見ると、ユキからメッセージが届いていた。仕事は一足先に終わっていたようだ。手持ち無沙汰だったのか、メッセージとスタンプ、それに写真が何枚も送られてきている。
ユキさんがメッセージを送信しました。ユキさんがスタンプを送信しました。ユキさんが写真を共有しました。
ユキ、ユキ、ユキ。ユキからの通知がたくさん並ぶロック画面が嬉しくて、しばし眺めて味わってから、トーク画面を開いた。
最初に出てきたのは、重く雲の垂れ込めた空の写真だった。端っこに窓枠が写っているから、ビルの中から撮影したものっぽい。
そのつぎもまた写真だ。視点は下がって、ぽつぽつとヘッドライトを点けた車が行きかう夕方の交差点を写している。そして、短い単語だけのメッセージ。
『ゆき』
ユキ?
謎のメッセージのつぎ、三枚目の写真は、もういちど交差点。車のライトに照らされて光る白いかけらと、傘をさして道を渡る歩行者が写っていた。
『雪、降り出したけれど。そっちは大丈夫?』
顔を上げ、天井を仰ぐ。モールの吹き抜けの天窓から覗く暗い空に、光を反射してちらちらと舞う雪の影が見えた。
雪降る夜の街歩きデートとか、めちゃくちゃロマンチックかも!
……
って一瞬思ったけれど、寒さを大の苦手とするユキにはしんどいだろう。待ち合わせはキャンセルかな。多分、オレから、やめとこうって言ったほうがいいだろうな。めいめいタクシーをひろって、ユキのマンションに行けばいい。大丈夫、待ち合わせをしなくても、今夜もユキに会える。一緒にすごせる。十二月なんだから。十二月じゃなくても。いつでも会えるんだから。
自分に言い聞かせながら、画面をスクロールしていく。と、まだいくつか、未読のメッセージがあった。
『夜になって、もっと冷えるかもしれないから、あったかくしておいで』
『雪、一緒に見ようね』
『待ってる』
メッセージの終わりに、スタンプが押されていた。コートを着てマフラーを巻いた、口がバッテンのうさぎちゃん。まじか。
スタンプを見つめて、じわじわと、頬に熱が差していく。
☆ ☆ ☆
待ち合わせ場所に着く頃には、本降りの雪になっていた。
はじめは小さな風花だったのが、ぽってりとした牡丹雪になり、絶え間なく降っている。
足を止め、目を大きく見開いて、空へと向ける。雪がひとひら、瞳に沁みた。
「ゆき、だ
……
」
口の端から漏れた呟きが、白くたなびいて、霞み溶ける。
しんしんと降り積もり、街を純白に染める、白い雪片のひとつひとつ。このうえもなく、ユキっぽい。ユキそのものだ。
たくさんのユキのかけらが、空からしずかに、しずかに降ってくる。
街が、世界が、白銀に覆われていく。まるで、ふたりだけの夜、膚のうえに零れ落ちた銀の髪のとばりのように。
「
――
こら、モモ。雪まみれじゃないか。建物のなかに居るよって言ったのに」
音を吸う雪の合い間を、すり抜けて。囁きのようにごく低く、なお伸びやかに透る声が耳に触れた。
振り返る。ユキが立っていた。変装を兼ねての大きな黒い防寒マスクをつけて、大判のストールを頭から被って頬まで包み、いくぶん背を丸めて、かすかに身を震わせている。見るからに寒そう、というか「僕はいま、物凄く寒いです」っていうフリップの幻覚が見えた気がする。気がするけど、それでもやっぱり、イケメンだ。
「ユキだ
……
」
ぼんやりと呟くと、ユキは目を細めて笑った。白い息がひろがる。
「僕だよ。どうしたの」
「雪を見てたのに、気がついたらユキを見てた。すごい。雪、イケメン
……
」
「僕じゃなくて雪かい。何それ」
ふふ、と楽しそうな含み笑い。そっと肩を押され、ビルへのアプローチの、屋根がある場所へと連れていかれた。髪や肩に積もった雪を、ぽんぽんとはらってくれる。巻いていたストールをはずし、雪で湿ってしまったオレの髪にふわりとひろげて、タオルドライする時みたいにていねいに拭きとってくれた。それから、くるくるとストールを丸めて、両手を入れる。
「おみやげがあるよ。銀のリボンはかけていないけれど、勘弁して」
長い指が閃いたかと思うと、次の瞬間、手品のようにストールのなかから小さな花束があらわれた。
透明なセロファンに包まれて、リボンはかかっていない。束ねられている花は一種類だけ。純白の優美な花弁に、ほんのりと刷かれた淡い緑。
花には詳しくないオレだけれど、これは知ってる。今朝、名前を教えてもらったばかりの花。
フランネルフラワーだ。
「SNSで、さわってみたいって言ってたでしょ。今日の撮影は花がテーマだったから、出版社出入りの花材業者にお願いしたら、持ってきてくれたんだ」
差し出された花束を受け取って、開きかけの一輪を、そっと手のひらで包み込むように触れてみる。柔らかくて、暖かみがあって、ほんとうに布のフランネルにそっくりの触感だった。
うれしい。ありがとう。びっくりした。ユキ、イケメン!
この場に合った言葉、言うべき言葉はたくさんあるのに、口が全然、動かない。
指さきで花びらを撫でながら、つっかえつっかえ、なんとか言葉をつくる。
「あのね。最近、オレ、いろんなものがユキっぽく見えちゃって」
ユキは、うん、と頷いた。
「おかりんにラビチャで言われたよ。なんとかしてあげてくださいって」
いやいやいや、おかりんさん、何を言ってくれやがりますか。オレのぶっ壊れレーダー、本人に伝えるなんてあり? なしだよね? だいたいユキの『モモっぽい』のほうがよっぽど重症だし、謎判定だし。
っていう文句と思考が脳内を駆け巡ったおかげで、少しだけ、口の調子が戻った。唇を舌で湿し、がんばって言葉を出す。
「
――
オレ、それを自覚したの、ついさっきだったんだよ。そこに、これでしょ」
夜空に向けて、手をひろげる。闇色を銀白で塗り替えながら、雪はずっと降り続けている。
「雪なんて、白くて銀色で冷たくて綺麗で、ユキっぽいっていうか、もうユキじゃん。それが降って積もっていくのを見ていたら、世界じゅうぜんぶ、ユキのような気がしてきて、どこもかしこも、ユキがいっぱいで」
キャパオーバーしちゃった。できるだけ明るく、軽い感じに締めくくる。いや、どう言いつくろってもこれ、重い。どうしよう。
「
……
世界じゅうのどこにでも、僕が居るの?」
しばしの沈黙の後、ユキは、興味深げに聞いてきた。どこか無邪気そうな瞳が、雪を映して、きらきらと反射鏡みたいに輝いている。
「いいね、それ。世界中のどこにでも、モモが居るなんて」
「え、
……
ちょ、なんで? 話聞いてた? オレじゃなくて、ユキのことだよ?」
うん、と応えながら、ユキは笑う。笑みを含ませながらも真っ直ぐな視線が、降ってくる。
「だって、僕の隣には、モモが居るでしょ」
「
……
はい?」
あまりにも自然に、当たり前のことのように言われて、思わず、疑問形で返してしまった。ユキの指が、こつんとおでこを弾く。
「リテイク。やり直して」
そして、律儀にもう一回、同じ台詞を言う。
「僕の隣には、モモが居るでしょ」
同じ台詞だけれど、甘い声に情感を滲ませて、かすかに潤ませた瞳で、とどめに手をきゅっと握られて、こんなこと言われたら。
「
……
はい」
「よし」
満足気に言って、ぶるりと身を震わせる。握ったままの手の指を絡ませて、モモの手、暖かいねと笑う。それはそう。オレの体温は上がりっぱなしだ。真冬の夜、冷え込みの中なのに、顔も手も熱い。
どちらからともなく、もういちど手をゆるく繋ぎなおして、銀に染まる街へと歩き出した。
「行こうか。寒いけど、僕がいっぱいだし、モモもいっぱいだから、きっと大丈夫」
☆ ☆ ☆
つくづくと思い知った。
ほんもののユキが、やっぱりいちばん、ユキっぽい。
だって、教えてくれた。
世界じゅうに、ユキがいて、オレがいる。
世界じゅうに、ふたりでいる。
十二月だから。十二月じゃなくても。
〈Fin〉
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