炎は継承の傍らに

MHRウ教×マイハン♀。師弟。
本編、公式サイドストーリーネタバレあり。
教官の母が故人設定。

教官となったばかりのウが、意気揚々と加工屋を訪れたその理由は。

数カ月前、ハンターズギルドから受け取ったばかりの『教官』の証。
それは山吹色に照る枠に囲まれて、黒鉄色くろがねいろに堂々と輝く中央に、枠と同色で、太陽を思わせる形に刻まれた模様。

腹部を守るように、腰装備に着いたそれは、蒼穹そうきゅうをまだら模様に飾る、白い雲の隙間から射し込む春の旭光きょっこうに、明澄に照らされていた。

その証は、期待に満ちた軽快な足取りで、花風に散らされ虚空を舞う、桜の花びらの狭間を駆け抜ける青年のもの。
証と共に、まだ傷や汚れの少ない雷狼装備を身に着けた彼、ウツシが、朝早くから向かっているのは、里が誇る、たたら製鉄の巨匠が居る加工屋。

「ハモンさーん! おはようございます!」

雲を散らさんほどの、高らかなウツシの声は、三つ並んだ小さなおにぎりのような、黒瓦くろがわら切妻屋根きりづまやねの加工屋全体に響く。

三軒並ぶ加工屋の中央に座って、顔を下げていたハモンは、その声に驚くことはなく、けれどしっかり眉間に深く皺を寄せながら、ゆらりと顔を上げた。

……来たか、ウツシ」

大声への皮肉が出ることこそなかった。

だが、職人気質しょくにんかたぎ故か、陽射しの影のせいか、どことなく厳しさが強調されて見える彼の表情。

それを前にしても、ウツシは一切ひるむことはない。笑顔で駆け寄り、止めた足をしっかり揃え、流れるように一礼した。
  
「朝からすみません! お願いさせて頂いてたアレを受け取りに来たんですけど、できてますか?」
……無論だ」

静かに告げたハモンが、自分の隣に置かれていた、大きな長方形の桐箱を両手で持ち上げ「これだ」と簡潔に告げながら、瑠璃色の組紐で結ばれたその箱を、ウツシに差し出した。
 
「ありがとうございます! すごいなぁ、もうできたんですか!? さすがハモンさん、お仕事がお早いですね!」
「茶化すな。口ばかり動かしていないで、早く中を確認しろ」
「あっ、はい!」

茶化したつもりはなかったのに、という言葉を呑み込んでから、ウツシは丁重に、両手で箱を受け取った。

ハモンに見守られながら、加工屋の受付台の上にそれを置き、手早く組紐を解いていく。

期待に目を輝かせたウツシが、ぱか、と両手で蓋を上へ開き外すと、その途端、ぎらりと陽射しを反射した、白銀の双剣。
 
「わ…………!?」

らしからず、静かに、息を呑むようなウツシの反応に、微かにハモンの口角が綻ぶ。

箱の正体は、刀箱かたなばこ

中に収められた双剣の刀身は、鏡のように煌めき、金色こんじきの目を大きく見開いたウツシの顔をくっきり映し出しているのだが、柄巻つかまきの糸はすっかり変色し、老竹色おいたけいろになっている。

柄巻の様子を見るに、古い武器を修繕したであろうことは、明らかだった。

箱から双剣を握り上げたウツシは、思わず片手の一本を、朝陽に向けて天高く掲げる。

刹那、太陽が二つあるのかと見紛みまがうほど、威風堂々とした、圧倒的な銀光ぎんこうを放った。

「す……すごい……! あんなに古い剣だったのに、まさか、こんなに綺麗になるなんて……!」
……つい、熱が入った。ワシから見ても、懐かしい剣だったのでな」

小さく「ふっ」と鼻を鳴らしたハモンの表情が、いつの間にか柔らかくなっていた。

座ったままの彼の視線は、ウツシの手の双剣を見つめ、経験豊富な瞳の中には、ひっそりと、懐古の光が揺れている。

彼は遙か昔、まだ自分自身が『現役ハンター』として、最前線で戦っていた頃にまで、想いを馳せていた。

ウツシも掲げていた剣を下ろし、それを見つめながら目尻を下げ、懐かしそうに、小さな笑みを浮かべる。

彼が想いを馳せるのも昔だが、ハモンほどではなく、幼い自分が初めて、母から武器の扱いを教わった頃のことだ。

初めて握ったのは、この双剣。


『すごい! すごいよぉ、ウツシ! 筋がいいなぁ、上手だねぇ!』


人は、声から忘れていくらしい。

だが、記憶を辿るウツシの中には、溌剌はつらつと褒めてくれる母の声が、まだ、はっきりと浮かんだ。
 
……そういえば、小さい頃、何度も聞きました。この剣、里長から頂いたものなんだって」
「そうだな。フゲンがソラネに、自分のお古の双剣を渡していた」

五十年前の、里の悪夢。

壊滅状態にまで追い込まれた里で、炎の如く燃え上がる少女がいた。

カムラに『里守』という存在の基礎を築き上げた少女、後にウツシの母となるその少女は、現代の里長フゲンより受け取った双剣と共に、後にハンターとなり、更にはハンター育成の『教官』となるべく、懸命に努力を重ねたという。

今や、瞼の裏で微笑む存在となった彼女の姿は、声は、今も彼女を知る者、もちろん息子の中でも、鮮やかに咲き続けている。

「本当に、何度も聞きました。これはとても大切なものだから、大切なもののために、大切に使うんだよって。大きくなったら、ウツシにあげるからねって……
「フ……諸々、実現したわけだ。あやつも喜んでいるだろう」
……だと、良いのですが」

眉を八の字に下げながら、ハモンを一瞥いちべつしたウツシの瞳に、別の光が滲む。
陽射しを浴びて、じわりと輝く光彩。

彼は再び剣を見つめ、そこで、ふと気付いた。

鏡の刃に映る、自分が得たばかりの『教官』の証。

瞼の母の教官としての勇姿は、彼の選択に強い影響を及ぼしていた。

(──母を追っただけじゃ、ない……

刃に映った『教官』の証を見ながら、ウツシが寂しげながらも、口角を上げる。

母への想いと、自分の意思が混じり合いながら、最終的には、彼自身が決断した道。

自分は『教官』になりたかった。
母ではなく、自分が想い描く理想の、母ではなれぬ『教官』に。

それが実現するのは、まだまだ、これから。 

──ふわりと、少し強めの花風が吹いた。

花びらと共に吹き流れたそれは、ウツシを撫でるように抜けていく。

その風を浴びながら、ふとハモンが「そういえば」と、思い出したように口を開く。
 
「ウツシよ、おぬし……何故、その剣の修繕を今日にこだわった?」
「えっ」

予想外のハモンの問いに、ウツシが大きめに目を瞬かせる。

突然の問いにも、彼は陽射しのように晴れやかな、教えたくてたまらないような笑顔で、三日月型に目を細めた。

その直後のこと。
 
「ウツシにい……あっ、ウツシ、教官ー! ハモンさんも、おはようございまーす!」

ウツシとハモンが話し込んでいた加工屋近くの、水車小屋。

その中から走り出て来て、挨拶を叫びつつ、瑠璃色の道着姿に身を包んだ娘。

彼女は一直線に、加工屋に駆け寄って来た。

彼女の声がした途端、ウツシの表情が太陽もかすむほどの歓喜に満ちる。彼は手にしていた双剣を背に収め、大きく片手を振りながら、満面に笑んだ。
 
「やあ、リラ! おはよう! 今、迎えに行こうと思っていたところだよ!」

ウツシが手を下げるのと、リラと呼ばれた娘が、切り揃った肩までの銀髪を揺らして、彼の隣までやって来るのは、ほぼ同時だった。

彼女は呼吸を整えながら、ハモンに向けて会釈えしゃくした後、ウツシの正面に体を向け直して、ぴしっと姿勢を正し、機敏に一礼する。
 
「ウツシ教官! 今日からハンター修行、よろしくお願いします!」

一礼したリラを見守るウツシの瞳が、ふわりと、優しく細められた。

生まれた時から知っていて、愛おしく見守ってきた幼子が、成長し『ハンターになりたい』と自分に志願してきた時、彼の中に落ちた稲妻。

彼は幾度となく考え、考えに考え抜き、やはり最後は、彼女自身の意思を尊重したいと思った。

自らの意思で決断することの難しさ、尊さ、その全てを、彼は誰よりもよく分かっている。

今日からウツシの弟子となったリラに、彼は笑顔を崩さないまま、大きく頷いた。
 
「こちらこそ、よろしくね! 一人前になれるよう、今日からお互い、一緒に頑張って行こう!」
「はい! ふふふ、なるほど。お互い、ですね。よろしくお願いします!」

頭を上げたリラの瞳は炯然けいぜんとして、橙色に凛と澄み渡っていた。
信頼する存在の支えを得て、未来を目指して歩み始めた、希望の炎の如き輝き。

今日から『師弟』となった二人のやり取りを見て、ハモンが「そういうことか」とひとちる。

その呟きが聞こえたウツシは、小さく「ふふ」と鼻を鳴らしながら、改めて彼の方に体を向けた。
 
「それでは、ハモンさん! 俺たちは修業がありますので、失礼しますっ! 本当にありがとうございました!」
……無理だけはするなよ。武具の用事があれば、いつでも来い」

並び立つ師弟に順に視線を配り、ぽつりと、だが心から案じたハモンに、二人は「はい!」と元気に言葉を重ねる。

通じ合った様子のウツシとリラに、彼は安堵したように、微かに口元だけで笑った。

「失礼します!」と、やはり同時に踵を返して、里の門に続く朱色の太鼓橋の方に去って行く師弟の背中を見つめながら、ふと、ハモンはウツシの背中に収まった、双剣の輝きに目を惹かれる。

それは、五十年前。
在りし日に見た、あの時の少女の瞳の輝きと同じ。

荒れ果てた故郷を前にしても、決して屈することなく、『みんな』で戦い、今度こそ愛する故郷を守り抜くのだと、人々の中の消えかけた生気と、闘志の炎を猛らせた少女。

「──継がれる、炎……か」

再び、ふわりと吹き抜けた花風の中に、ハモンの感声は溶けていく。

そのまま、花風は桜の花びらを散らし、里の煙突から吹き上がる炎をも揺らした。

決断した者の新たな一歩を祝い、また激励するように、舞い散る花びらは柔らかな風に乗り、新たな炎の師弟を包み込む。

教官として、弟子として、それぞれの大いなる始まり。
並び揃って、恐れず共に、最初の一歩を。
 
「さあて! まずは準備運動をして、軽く走って体を温めようか! 念の為に聞くけど、朝ご飯はしっかり食べてきたかな!?」
「ばっちりです! おにぎりにお味噌汁、お漬物に卵焼き! しっかり美味しく食べてきました!」
「ハッハッハ、さすがだね! 食事だけは怠っちゃいけないよ! それじゃ、まずは正しい準備運動を教えよう! やるぞ、リラ! 我が『愛弟子』よ!」
「はいっ! 頑張ります、『ウツシ教官』!」

里の門の前で燃え上がる、若き二つの炎。迷わずに前を見据え、安寧を目指す炎の声は、天を焦がさんほどに響き合った。

『気炎万丈!!』

重なった声の主、新たな炎の宿主たちを、里の花風は優しく撫でていき、二人を馥郁ふくいくたる慈愛の香りで包み込む。

愛弟子となったリラと共に、準備運動を始めたウツシの背中で、陽射しを浴びた継承の双剣が、再び、鮮烈に輝いた。

その刀身に、風に流れてきた桜の花びらが、ひやりと触れる。

たちまち、音もなく真っ二つに両断されたそれは、何処かも分からぬ遠い彼方へと、恐れることなく流れて行った。


@acadine