アユム
2024-05-05 12:20:02
2995文字
Public khmdワンドロワンライ
 

わすれもの

こは斑ワンドロワンライ【こども】ピロートークに始まって子供時代を思い返す二人のはなし/ラスミ後

 星の見えない春の夜。初夏の陽気と冬の陽気を繰り返す不思議な春だった。桜はとうに散っている。
 
「なぁ、斑はん。斑はんてどんな子供やったん?」
 
 この手の話題はタブーであろうか。しかし熱く熱を奪い合って抱き合ったあとの油断からか、こはくはなんとなくそれを聞いてしまった。
床では、とくに情を交わした直後には誰しも無防備になる。暗殺はそこを狙うように――しかし油断して自分も寝首をかかれないように。そう父母にも姉らにも釘を刺されていたシーンだというのに、そして相手があの三毛縞の嫡男だというのに、いつの間にか心を許しきって油断した顔しか見せていないのだから笑ってしまう。
「んん? なんだあ? 藪から棒に」
 そしておそらく斑もそうなのだ。秘密の情交にも慣れ、あんなに激しく求め合ったのが嘘のように手持ち無沙汰な時間だった。それだけに話題を得た斑はこれでもかと声を大きく乗ってきた。
「ご覧の通り身体は大きくて頑丈だから病気の一つもしない! 怪我をするのはわんぱくの証拠! 学校の勉強も簡単すぎるぐらいでどれも百点満点! その中でも体育が得意かなあ? こはくさんも知ってるだろうが保健体育も満点だぞお?」
「いやそれ聞いてへんわ」
「男の子にも女の子にも友達はたくさんいたしなあ! その頃からみんなの笑顔が大好きだった☆おままごとならママ役一択だなあ! なかなかいないものだから重宝されたぞお?」
 仰向けに寝転んで天井を見たまま、案外と饒舌に語り出す斑のその唇。先程までの名残で暗闇の中でも腫れがわかる。
「バレンタインは靴箱もロッカーも机にもチョコの山ができていたのもありがたい! 嬉しいよなあ? ホワイトデーにはみんなにお返事の手紙を書いたっけなあ……
「ほぉん、そらまた、人気者すぎるのも難儀やな」
「まあ、こどもだし〝恋愛〟という特別なことはしなかったが……背が高くてかけっこも速いとそのへんにバフがかかるの、いかにも小学生らしいだろう?」
 
 こはくは気のない返事を返しつつ、――嘘やな、と。一言心中で確信した。

 斑にもこはくにも、当然のっぴきならない事情はある。聞かれたくないこともある。それは百も承知の上で、随分無礼なことを聞いた自覚もある。
 それこそ本当に油断していたから、素朴な、しかし切なる想いを込めた問かけをしてしまったのも事実だ。
「昔から元気でやかましいっちことやな。はた迷惑な子供やで」
「ははは! 辛辣だなあ君! まあその通りなんだけどなあ?」

〝嘘〟は、嘘の中に少しだけ、ほんの少しだけ、〝本当にあったこと〟を混ぜると真実味が増すという。それを知らない斑ではないだろうに、斑のよく回る下がこはくの追及を許さなかった。掛け布団の下で繋いでいた指が、もぞもぞ動いて引っ込んだ。

……なぁ、斑はん」
「んん?」
斑は返事をしたものの天井を向いていて、こはくからその表情を伺うことは難しい。こはくも天井を見ているのだから殺風景な景色を見ているのは同じなのだが、十秒先には斑が寝返りを打って壁を向くだろうことが手に取るようにわかった。掛け布団が蒸し暑い。今度のオフは衣替えをして布団もしまおうなあ、と、斑が殊更明るい声で言い放つ。
 
「なぁ、斑はん」
こはくのこのフレーズも本日三回目だ。
「ん〜? まだなにかあるのかあ? よい子はねんねの時間だぞお?」
そしてやはり饒舌に、斑の体が壁を向きかけたその時だった。
……こっち向いて」
こはくの声に斑が一瞬固まるように動きを止めて、
「甘えん坊だなあ」
一言だけ告げた。
 まだこはくに振り向くことはしない。天井と壁の中間をそれとなく見つめる中途半端な姿勢を保っている。完全に拒絶の姿勢であることは、こはくには手に取るようにわかった。
「せやな。……甘えん坊や」
こはくの声。
……ちっちゃい頃からな、姉はんらも座敷牢まで会いに来てくれとったけど、毎日が真っ暗闇で、隠れておんもに出られるのは人を殺す稽古の時だけで、坊と話すほんの少しの時間も危険が付きまとってな」
……
 斑の声が、少しだけ面倒くさそうにして吐息と共に消える。
「寂しゅうて寂しゅうて消えそうやった。わしの身体が死なんでも、心が死んだままだったわ。それはつまりもう屍っちことや」
 蒸し暑い掛け布団を足で追いやろうとこはくがもがき、斑の声はしないまま。デジタル時計の日付か変わる。
「せやから。今もたまに、甘えたなるんよ」
向けられた背中を無為に指でなぞりながら、こはくは続けた。
「ぎゅってしてええ?」
「甘えん坊」
「〝そう〟やって言うたやろ」
……
「なぁ、斑はん」
 斑の体温。
 こはくの体温。
 四度繰り返したそのフレーズは、日付変わって一回目のカウントになるのだろうか。
……こっち向いて」
……
 いやだ、とは、聞こえない。遠慮がちに動いた斑の足先と、それでも頑なに壁を向くその上半身。
その背を、精一杯背伸びしたこはくの腕が抱いた。
……本当に、」
「うん」
……君は悪趣味だ」
絞り出された斑の声。
「せやで。甘えん坊で寂しがりで悪趣味やなんて、ほんまにタチが悪い男や」
哀しさを孕んだ、しかし甘やかなこはくの声。とうとう辛うじて足に引っかかっていた掛け布団がベッドの下に落ちる。薄いタオルケットが二人のカタチを浮き彫りにする。
……そんなな」
絞り出されるこはくの声。
「そんなタチ悪い最低な甘えん坊のわしのこと、見つけてくれたんは斑はんなんやで」
〝あの日〟と、最後に付け足された科白に、斑の背が少しだけ震えた。
……なぁ、斑はん」
……
「今はもう、自由なんや。子供の頃と違う、自由なんやで。好きに生きてええって、当たり前やけど凄いことや」
斑の背が震える。
「なぁ、今、楽しい?」
こはくの問いかけに返事はない。代わりに漏れる水分の混ざった吐息。本当にタチが悪いと一度だけ繰り返した斑が振り向いて、こはくの身体を大きな身体が包む。
「君のせいだ」
「うん」
……君のせいで、こんなに弱くなった」
……うん」
こはくの頬に一粒だけ落ちた塩水が物語る無数のエピソードの連続が、絆が、情が、愛が、
……それに、……楽しい」
それを如実に物語る。
「ほっか」
……楽しくて、それが欲しくて怖くて仕方ない…………
……わしも、……同じや」
 回される腕の力が強くなればなるほど、零れそうになる涙が二人の瞳に膜を作ってきらきらと光る。目と目が、手と手が、想いが繋がる瞬間の、そのなんとも形容し難い特別な喜びを、人は〝情〟と呼ぶのだろうか。
 
「明日」
「うん」
「どこか出掛けようなあ」
「ええね」
「海沿いを走るのはどうだあ? まだ早いが、晴れればサーファーには出会えるかもなあ」
「まだテレビでしか見たことないわ! どこでやるもんなん? っちうかもうできるもんなんや!?」
「夏になったらこはくさんにもサーフィンを教えてあげよう☆」
「ああもういらん! それ絶対妙なやり方吹き込む目やろが!」

 笑い声に重なる笑い声。いつの間にか、星を遮る遮光カーテンから月明かりが降った気がした。

fin.

こは斑ワンドロワンライ
【こども】
60min+8min