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mishiadd
2024-05-05 10:19:22
3836文字
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宮本伊織が魑魅魍魎コレクション・その陸(完)
魑魅魍魎が集ってくるけど結局一番怖いのは宮本伊織だといいなあ、という小話。
陸:宮本伊織は老若男女にモテるので、当然怪異にモテることもある。
道すがらに怪異が湧いたので退治する
――
という日課が当たり前になってきた頃のことだった。
儀におけるなんらかの手がかりを追跡してのことか、誰それからの依頼をこなした帰りだったか、とにかく何かの用事の帰り道、たまたま通りかかった古寺であった。
魔力の気配に疎い伊織ですら「さすがにこれは何かあるのでは」と思える程、素人目に見ても荒れ果てた不気味な寺である。音もなく右手に蛇行剣を顕したセイバーが、「何かいるぞ、イオリ」と注意を促した。
「別段悪さをしないのならこのまま放っておいてもよいのだが
――
しかしこれは、臭う。屍臭がする」
「では、斬っておこう。人々に被害が出てからでは遅い」
「まあ、きみはそう言うだろうな。私も異存はない」
壊れた山門をくぐり、雑草の生い茂る中を通って本堂へと進む。一歩進むごとに足が重くなるようだった。
「
――
なんかこう」
うんざりした顔をしたセイバーがぽつりと言った。
「それなりの怪異であることは間違いないのだろうが、それとは別になにやらひたすら『陰気』な感じがするな」
「陰気。
……
怪異に向かって今更『陰気だ』などという指摘もないような気がするが」
「湿っぽいというか。まるでじめじめした泥に足をとられるようではないか」
ようやく本堂の中に入る。とうの昔に賊に荒らされでもしたのか、寺らしいものは何一つ残されていなかった。ところどころ壁すらも朽ちて吹きさらしになり、ただ瓦礫が夕日を遮るだけの場所だった。
天井のわずかな隙間から射し込む明かりを頼りに目を凝らし、伊織が周囲を見回す。特に異変はない。
「ここまで懐に入り込んだにもかかわらずなにも仕掛けてこない。
――
セイバー、これは」
「いや、いる。間違いなく
いる
。
――
イオリ!」
セイバーが叫ぶと同時に、伊織の体が宙に浮いた。そのまま、異常な速度で背後の壁に叩きつけられる。かは、と血の混じった呻き声が漏れる。
「イオリ!」
「動くな、セイバー!」
血で掠れた声で伊織が叫ぶ。ぴたり、と剣を構えたままのセイバーが動きを止める。静寂の中、ふうう、ふうう、という重苦しい呼吸音だけが、荒れ果てた寺の中にこだまする。
――
伊織を片手で壁に縫い付けている、女の呼吸音だった。
伊織の喉を右手で掴み、彼の足がわずかに床から浮く高さで釘付けにしている。
――
その細腕の長さは三尺はあった。明らかに人の体ではない。
「伊織、なぜだ!
――
さっさと斬ればよい!」
「待て!
……
貴殿、下ろしてはくれまいか」
苦しげに顔を歪ませたまま、伊織が女に問いかける。「急に上がり込んだりしてすまなかった。
人がいると思わなくてな
」。
結い髪が乱れて顔にかかった長い黒髪の合間から、女がぎょろりと伊織を睨み付ける。やがて、ふうう、という重い呼吸と共に、伊織の首から手を離した。
どさりと軽い音を立てて伊織が落ち、ぜえぜえと荒い呼吸と共に喉元を軽く撫でた。
「
――
かたじけない」
「イオリ」
セイバーが駆け寄る。何か言い募ろうとするのを片手で制して、にこりと人好きのする穏やかな笑みを浮かべ、伊織が傍らに突っ立ったままの女に語りかけた。
「貴殿は、こちらにはおひとりで住んでおられるのか。
我々は道に迷ってしまってな。図々しい頼みごとをしてすまないが、一晩、泊めてはもらえぬだろうか」
「
――
はあっ!?」
セイバーの声が裏返る。「イ、イオ、イオリ」と伊織の袖を激しく引っ張るが、当の伊織はまったく意に介する様子がない。
しばし伊織を見つめていた女は、やがて不思議そうに小首を傾げた。その拍子に、首がぐるりと一八〇度回転する。やはり人の動きではない。
「明日の朝にはすぐ出ていく。迷惑はかけない」
「イオリ。
――
イオリ、正気か? なんだこれは? 戦闘続きで頭がおかしくなったのか? 私がイオリの弱さに配慮せず、無理をさせてしまったのか?」
「
……
セイバー、ちょっと黙っていろ」
わずかな苛立ちを見せて伊織が小声で言う。再び笑みを浮かべて女を見た。
――
やがて、女がこくりと頷いた。
「かたじけない。助かる」
「助かるものか! 私は嫌だぞ!
――
今日の夕餉は!?」
「
……
明日の朝餉で好きなだけ食わせてやるから」
ひそひそと小声でやり合う隣で、女が動き出す。途端にセイバーが全身の毛を逆立てるようにして警戒態勢に入る。女がずるずると寺の奥に引っ込んだかと思うと、やがて再びずるずると何かを引き摺るようにして戻ってきた。
――
くたびれた、泥に覆われた布団であった。
よく見ると、泥の汚れに混じってどす黒い染みがそこここに浮かんでいる。どう見ても血痕であった。
伊織が柔和な笑みを浮かべた。
「お心遣い、感謝する」
「イオリ! 帰るぞ! きみのあの煎餅布団の方が確実に! これよりは! マシだ! さすがに私の矜持がきみをここに寝かせることを許さんぞ!」
「セイバーは無理にこの布団に入る必要はない。いつも通りそのあたりで休むといい」
「そういうことを言っているのではない~~」
キャンキャンと喚き始めたセイバーを押しとどめ、伊織が改めて女に向き直る。深々と頭を下げた。
――
女が、わずかに身じろいだように見えた。
途端に、「え」とセイバーが動きを止める。まじまじと女を見た。
「
――
今、陰の気が減じたか?」
三尺の腕で布団を丁寧に伸ばし広げていた女に、伊織が穏やかな口調で尋ねる。
「まだ眠るには早い。
――
よかったら、話し相手になってはもらえないだろうか?」
ぐりん、と振り向きざまに女が首を一回転させる。捻じれた首のまま、こくり、と頷いた。
◆
女の準備した布団に腰をおろした伊織は、女に対して和やかに言葉をかけ続けた。
女の方は、そもそも声を発する機能を持たないのか、なんら言葉を返すことはなかったが、だんだんと反応が増え、よく頷いたり、笑ったように肩を揺することが多くなった。
セイバーはといえば、すぐそばの壁に背を預けたまま、渋い顔で腕組みをしてじっとその様子を見守っていた。
――
一体なんのために、こんなことをしているのかわからない。
しかし、夜が更け、女がだんだんと伊織の言葉に対してまるで人のような反応を示すようになるにつれ、セイバーは感じていた。場に立ち込めていた陰の気が、明らかに減じている。
「
――
それで、妹が
――
カヤが、そんなことを」
たあいのない昔話をしていた伊織が、ふと女に尋ねた。
「ああ、そうだ。
――
一晩の宿を恵んでもらっておいて今更こんなことを尋ねるのは面映ゆいが、貴殿の名はなんと?」
女の体が小さく揺れる。やがて、おずおずと、耳まで裂けた口を開いた。地鳴りのような声で、「お゛そ゛て゛」と答えた。
「おそで。
――
お袖。お袖殿」
そう、伊織が口の中で転がすように何度か呟く。ちら、とその月夜のような瞳の奥が底光りしたように見えた。
「そうか、貴殿はお袖殿というのか。
――
もう逝くといい、お袖殿
。ここは貴殿には似つかわしくない」
伊織の口からそう発されると同時に、まるで雷鳴のような音が響く。女の体にひびが入る音だった。ばりばりと頭のてっぺんから足先まで、まるでいかずちのようなひびが入る。その割れ目から、ぐしゃん、と唐突にかたちを失って、女の体が崩れ去る。あとには、乾いた泥のような土くれが残るばかりだった。
「
――
やれやれ」と呟き、伊織が立ち上がる。袴についた泥を払い、呆気にとられているセイバーに声をかける。
「さて、帰ろうか。今ならまだ夕餉に間に合う」
「なん、だったんだ今のは」
「なにって、怪異だろう」
こともなげに言い、伊織がさっさと帰り支度を始める。「ま、待て待て待て。勝手に納得して勝手に終わらせるな」とセイバーが追い縋る。
「きみは一体なにをやっていたんだ」
「いつもの怪異と違って話が通じそうだったから話してみたまでだよ。
すっかり打ち解けて名を明かしてくれたから逝くように促しただけだ。こちらも名を得るほどに理解ができたので充分満足した。
……
斬るには至らなかったが」
「さっさと斬らずに、悠長にそんなことを。
――
というか、あの女は別にきみと打ち解けたわけではなくて、きみに惚れ
――
」
「ん?」
「きみ、本当に、きみなあ。相手が怪異だからってやっていいことと悪いことがあるだろう」
はあーあ、と腹の底から溜息をつき、セイバーが言った。
「きみ、決して
それ
を悪用するんじゃないぞ」
「それ、とは。
――
どのみち、人の道に背くことをするつもりはないよ」
「
……
そうかなあ
……
。今のは結構酷かったように見えたけどなあ
……
」
ぶちぶちと呟き続けるセイバーを促して、伊織が古寺の外に出た。
――
夜空にはすっかり月が高く昇っていた。急いで戻って、米の支度をしなければならない。
しばらくして瓦版の片隅に、とある古寺で発見された大量の男の人骨と、どうやらその男たちを誘い込んでは殺害していたらしい女の白骨死体の話が掲載された。
折りしも儀が激化し、瓦版を拾い上げてもすぐ目を通すことがなくなった頃のことで、その記事を伊織たちが目にすることはなかった。
――
その女の白骨死体が身に着けていた着物に刻まれていた、彼女の名すらも。
了
宮本伊織が魑魅魍魎コレクション・了
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