バタバタと騒がしい足音がこちらへ近づいてくる。真昼間の住宅街は、人通りが疎だ。そのほとんどが小さい子連れやご老人ばかりで、本来学校に行っている年頃の太宰や中也がそのまま溶け込めるとはとても思えなかった。
怪しまれるわけにはいかない。太宰は一瞬だけ視線を巡らせて、手頃な路地裏に中也を引っ張り込んだ。
「中也、こっち」
すぐに何事かを叫び出しそうになった中也の口を塞ぎ、自分の唇の前で人差し指を立てる。
「追っ手を巻く。僕がいいって言うまで黙ってて」
中也は納得いっていないようではあったが、手を離しても何も言わなかった。こういう時、余計な口を挟まずに素直に太宰の指示に従うところは好ましい。少し前まではぎゃあぎゃあと文句ばかりだったのに、どうやら徐々に中也の信頼を勝ち得てきているらしい。信頼し合っている、などというと全身に寒気が走ってしまいそうになるけれど。
太宰は大通りに背を向け、中也の身体が大通りから見えないように腰に片手を回して抱き寄せる。ギロリと疑わしい視線を向けられたが、無視して後頭部に手を添えた。後ろ髪に指を絡め、至近距離で中也の顔を見つめる。この体勢にはとてもじゃないが相応しくないような鋭い視線が飛んできて、苦笑いを溢した。こんな雰囲気で誤魔化せるだろうか。
追ってきていた足音が、太宰たちのすぐ近くを通り過ぎていく。中也とがちりと視線を合わせたまま、じっと背後に耳をすませた。そのまま去っていってくれれば良かったのだが、1人が太宰たちの近くで足を止めた。残りはそのまま走り去っていく。足音からしておそらく4人か。
「おい、こっちに誰か逃げてこなかったか?」
「さあ? 彼女に夢中で覚えてないな?」
中也の額に唇を落とす。顔が見えると中也が男だと気付かれてしまうので、見えないように腕で隠すことは忘れない。わざとらしくちゅっとリップ音を鳴らして、男に視線を向ける。
「悪いけど、邪魔しないでくれないかな? せっかく今いいところだったのに」
言い終えるより先に中也に後頭部を押さえつけられた。抵抗する間もなく唇を合わせられる。抗議の視線を向けるが何食わぬ顔で唇を開くように主張された。背後の気配を探ると、気圧されたようにじりじりと後退を始めている。計画を変更することにして、中也に求められるままに舌を絡めた。
「邪魔をした。すまない」
足早に去っていく足音と、おそらく先に立ち去った本隊と通信する音声が響く。中也とのキスを続けながら、それがすっかり聞こえなくなるのを待つ。
辺りに静寂が訪れると、この場に似つかわしくない艶めかしい湿った音が耳に届く。中也の胸を押すと、今度は大人しく離れた。どちらのものともわからない唾液をぐいと乱暴に手の甲で拭う。
「そこまでしなくていいでしょ……」
呆れたため息を吐いたつもりだったのに、それが色めいたものになってしまって嫌になる。代わりに睨みつけてやったが、どこ吹く風とでもいう顔で再び唇が迫ってきた。それを押し留めながら、自分が「喋るな」と言ったことを思い出す。
「もう喋っていいから」
けれど聞こえているのかいないのか。中也は何も言わずに強引に唇を合わせた。追っ手はおそらくもう戻ってこないし、抵抗するのもなんだか面倒になってしまった。もうどうにでもなれ、というつもりで中也の舌を口内に迎え入れ、存分に味わう。
唇を離した中也が、はあ、と熱い息を吐いた。それにどくりと心臓が大きく跳ねる。
「もう大丈夫なのか?」
「順番逆でしょ……」
「知るかよ」
「とりあえずさっさとここから逃げるよ」
まだ仕事中である。けれど高まってしまった熱はそう簡単に引いてはくれない。それはきっと中也も同じだ。上がってしまった熱を誤魔化すように、意味もなく走り出した。
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