夜明 奈央
2024-05-05 09:25:51
617文字
Public 中太SS
 

中太 口で言え

部下に手紙を運ばせる話
2023年5月24日初出

「こちら、太宰さんから『重要書類のため、確実に中原さんに渡すように』と仰せ使っております」
 太宰のところにいるもうとっくに見慣れてしまった部下が封筒を差し出した。厳重に封がされている。心当たりは、特にない。中原の動揺を感じ取ったのか、「今夜の件、とお伝えすればわかるだろうと仰っておりました」と付け加えた。
 なるほど、わからん。
 諦めて封筒を受け取り、封を解く。中にあったのは紙切れが1枚。書かれているのはたった一言。
「グラタン食べたい」
 思わずぐしゃりと紙を握り潰すと、目の前の男がびくりと反応した。これぐらいで怯えていて、よくもまあ太宰の部下が務まるものだ。
 ため息を吐きたくなる気持ちを堪えてライターを手に取り、灰皿の上で火を付けた。くだらない手紙がゆっくりと燃えていくのを眺める。
「今晩21時。1分でも遅れたらこの件はなかったことにすると伝えてくれ」
「はい。責任を持ってお伝えいたします」
 足早に去っていく男を見送り、誰もいなくなったのを確認してから今度こそため息を吐いた。
 こんなことに部下使ってんじゃねぇよ。これは太宰に対しての文句のようであり、中原自身に対する自嘲でもあった。
 けれど、嫌いじゃないのだ。こうやって仕事の振りをして密会の約束を取り付けてくるのも、楽しそうに中原宅に訪れるのを見るのも。
 毒されてるな、と思いつつ、グラタンの材料を頭に思い描いているのだから、手に負えないのだ。


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