大倶利伽羅は、予てより交際していた鶴丸国永と結婚することになった。刀剣男士同士での結婚は珍しいことではない。本丸内外で結婚している刀は少なからずいて、大倶利伽羅だっていずれは、とずっと思っていた。その願いがついに叶った。
この戦いがいつまで続くのかはわからない。戦いが終わって本丸が解散しても、ずっとお互いのことを想い続ける。いずれ離れる日が来ても、それから2度と会えなくても。そう誓い合った。
主人である審神者に報告すると、孫の結婚でも祝うように喜んでくれた。年嵩の審神者は実際に自分の孫の結婚がどうのと言っていたから、大倶利伽羅たちのこともそんな風に思っているのかもしれない。
翌朝の朝礼で本丸内に周知されると、朝食の席がなし崩しに宴席へと変わる。隣で鶴丸が苦笑いしていたが、誰かの結婚が発表される度にこんな模様だったので、予想はついていた。審神者もそれは同じで、その日の出陣や演練はすぐに中止が決まり、その日1日は大倶利伽羅たちの結婚を祝した休みとなった。
大倶利伽羅と鶴丸は上座に座らされ、皆が代わる代わるにやってくる。口々に祝いの言葉を述べ、揶揄い、幸せになれよと肩を叩く。大倶利伽羅は輪の中心になるのは苦手だったが、鶴丸が横でにこにこと笑っているから、それを拒否する気にはならない。鶴丸が楽しそうにしているのを見るのが好きだった。
「おめでとう! お幸せに!」
「プロポーズはどっちから何て言ったんだ?」
「鶴丸をよろしく頼むぞ」
「あんまり大倶利伽羅を困らせないようにね」
祝いの席ではあるが酒が入っているので、中には遠慮のない質問も混ざってくる。鶴丸はそれらを上手くあしらって、答えたくないことは上手く躱す。大倶利伽羅1人ではこうはいかないから、隣に鶴丸がいて本当に良かった。
その代わりにか単純に浮かれているのか、鶴丸はみんなの酌を受けていた。大倶利伽羅の分まで半分は引き受けていたから、いくら鶴丸がザルだといっても昼を過ぎる頃にはすっかり酔いが回ってしまっていた。余程嬉しかったのだろう。終始笑っていて、いつも以上に楽しそうだった。
まだ酔い潰れていない大倶利伽羅は標的にされる前に、早々に宴席の場を辞退した。気を利かせた燭台切光忠に促されなければ、きっと捕まって酔っ払い共に玩具されていただろう。大倶利伽羅だってかなり飲まされていたのだ。鶴丸が引き受けてくれていなければ、大倶利伽羅の方が先に潰れていたはずだ。
自分は光忠の肩を借り、鶴丸は一期一振に運んでもらって部屋へと辿り着く。
「それではごゆっくり」
一期の揶揄うような捨て台詞には無言を返すことしかできなかった。鶴丸の意識があれば何か気の利いた返事をしたのかもしれないが、大倶利伽羅には無理だった。
けれど祝ってくれているのはわかるから、粗雑に扱うこともできないのが困りものだ。
鶴丸は敷かれた布団に寝ている。その頭を撫でながら、先程のやり取りを反芻する。
「式は挙げるの?」
「今のところその予定はないな!」
何人かに聞かれて、鶴丸は同じ言葉を繰り返した。
確かに結婚式をするだのしないだのという話はしていないので、“予定がない”というのは嘘ではない。けれど鶴丸はてっきりそういうことはしたい方だと思っていたので、少しばかり驚いた。
誤魔化したことにではない。鶴丸が大倶利伽羅のプロポーズに了承してから、今日のお披露目までは数日の間があった。だというのに、その手の話は一切出なかったことにだ。
大倶利伽羅だってもちろん結婚式のことは頭の隅にあったのだが、言い出さないままにこの場を迎えてしまっていた。要領のいい鶴丸のことだから、このお披露目でその手の話題が出るだろうことは予想できただろうに、どうしてだろうか。
話し合うのに十分な時間が取れるわけではないから、あえて誤魔化すためかもしれないなとは思う。“予定がない”と言っておけば、追及を免れることができる。
鶴丸には白無垢がよく映えるだろう。伊達に来た時に「これは婚礼衣装なのだ」と笑っていた。いつか本当に綿帽子を被った姿を見たいとずっと思っていた。それを着せるのが自分であればいいと強く願うようになったのは最近のことだ。
◇ ◇ ◇
翌日、諸々が落ち着いた八つ時に、改めて鶴丸に結婚式のことを切り出した。
「式はどうする?」
「式なあ……」
鶴丸はそれだけ言うと黙ってしまった。鶴丸が淹れてくれた自分の分の茶を引き寄せて啜っていると、「君はしたいのかい?」と逆に尋ねられる。
鶴丸はそういうことが好きだから、当然式は挙げるものだと思っていたが、まさかその本人からそんな風に言われるとは思ってもみなかった。
「あんたはしたくないのか?」
「したくないことはないが、どうしてもしたいとまでは思わないんだよなあ。ああ、君がしたいならもちろん喜んでするぞ?」
もしするなら招待客をあっと驚かせてやりたいよなあ! と饅頭を片手にあれこれと語り始める。「他本丸の俺から聞いたのだが、あそこの式場は色々な設備が整っていてなんとゴンドラで空から入場もできるらしい。でも既存設備でできることをしても面白くないよな」と本当かどうかも怪しい情報を語り始める。目がキラキラと輝いていて、とても楽しそうだ。
そうだ、大倶利伽羅が想像していたのはこれだ。驚きを何より愛する鶴丸が、こんな刃生に幾度とない機会を逃すとはとても思えない。どうやら興味がないわけでもないらしい。
饅頭を咀嚼しながら、ではどうしてだろうかと考える。が、熟考するまでもなく、仮説は簡単に思い浮かぶ。
「俺に気を遣っているのか?」
「そんなことはないぞ。そりゃあ君が嫌なら無理強いするつもりはないが」
では何故だろうか? 普段ならもっとすぱっと明瞭な答えをくれるのに、どうにも回りくどい。もしかしたら鶴丸本人もはっきり理由がわかっていないか、迷っているのかもしれない。もしくは大倶利伽羅に言いたくないとか。
それならそれでかまわなかった。無理に言わせるつもりはないし、一旦この話は先延ばしにしたってかまわない。したくなってから考えたって遅くはない、と思っていると、鶴丸が卓袱台を乗り越えて大倶利伽羅の方に手を伸ばしてきた。立ち上がった時に脚が当たって、がちゃんと陶器のぶつかる音がする。
一瞬そちらに気を取られたが、鶴丸は気にせずにそのまま大倶利伽羅の頬を撫でる。
「君の紋付は見てみたいからなあ。せっかくだから着てもらいたいが、かっこいい君の姿なんて、見るのは俺1人で十分じゃないか?」
向けられた照れ笑いに、心臓を撃ち抜かれた気分になる。確かに、こんな鶴丸の姿を見るのは大倶利伽羅1人でいい。頼まれたって見せたくない。
「見せたくないのか?」
「見せたくない半分、見せびらかしたい半分?」
眉を八の字に下げ、うーん、と唸る。本当に迷っているのだろう。
それがとても意外だった。大倶利伽羅が他の刀剣男士たちと仲良くするのを鶴丸は好ましく思っているようだから、そんな気持ちを抱えているなんてちっとも知らなかった。
見せたくない気持ちも、見せびらかしたい気持ちも、どちらもわかる。けれど見せたいとか見せたくないとかそういうことではなくて、鶴丸はみんなの輪の中で笑っている姿が似合うと思う。あちこちどこへでも飛んでいく自由な姿に惚れたのだ。
「俺はあんたが大勢に祝福されて笑ってるところが見たい」
鶴丸は目をまん丸く見開いた。しばらくして、それが蜂蜜みたいにとろりと溶ける。
「昨日の宴会じゃ不服かい?」
「めでたいことだ。何回祝われたっていいだろう」
「そうかい。じゃあするか、結婚式!」
鶴丸は途端に顔を綻ばせて、大倶利伽羅の頭をぎゅうと抱きしめた。今度は一層激しく湯呑みのぶつかる音がして、慌てて離れる。幸い茶は溢れていなかったので、2人して笑い合った。それから、卓袱台を回って今度こそしっかりと抱きしめ合う。
永遠に、とはきっといかないのだろうが、それでもできる限り長く。こんな幸せな日々が続けばいい。
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