飛花落葉の一幕に、雲合霧集す【零】

ワイだけ楽しい黒バスで未来捏造系のやつ。今回はプロローグ的な赤司編。

【零:赤司家次期当主、赤司征十郎】
 大学卒業を前に、赤司征十郎は父親の後継たるべく、様々な場に連れられていた。
 平凡な学生ならば、やれ就活だ、やれ卒論だと追い立てられているような時期だったが、赤司にとってそれらで不様に失敗するという未来などない。卒論など教授からも「初回提出で優秀な出来栄え」とすら言われた。
 ちなみに、物は試しと就職活動の一環でもある合同企業説明会に参加してみたが、これは余りにも『赤司』の名が知られているようで、企業側の職員があまりにも下手に出てきてしまった。ならばと履歴書を送れば、書類選考で落ちたが、軒並み菓子折りと共に「弊社は赤司家の御子息をお迎えするような立派な企業ではありません」という旨の、会社の社長や重役直筆の手紙が送られて来た。これを三度ほど繰り返して、流石に各所へ申し訳なくなったのでやめた。
 そんなわけで、赤司にとってのささやかな反抗心から来た就活体験は、家名の重さを改めて認識させるだけで終わった。そもそも、赤司家の経営する会社のうち、本社に身を置くことは決まっている身だ。父親に下っ端から始めろと言われても構わなかったが、人の上に立つ者としての教育は幼い頃からなされていた。ある程度の地位は約束されている。それにもし実現したところで、周囲が持て余し、扱いに悩むことだろうと、就活体験を経た赤司は容易く悟る。

 そういうわけで、父親に仕事絡みの席にあちこち連れ回されることを、赤司は受け入れた。それまでに幾度か随行していた華やかなパーティー会場とは違う、いよいよもって『仕事』の話をする場に、だ。
 なんなら、頻度はそう多くなかったが、関連会社の中でも、赤司家が深く経営に関わっている会社の仕事の席にまで連れて行かれている。それらは恐らく赤司家の関わりが重要なのだろうと、聡い赤司は勘付いていた。息子であり後継者でもある赤司の顔見せ、そして事業の概要を知っておけということだ。転ばぬ先の杖、そして赤司の仕事における人脈作りの手助けのつもりだろうか。
 こういう時、父はつくづく言葉が足りないと、赤司は思う。特に酷い重圧を感じていた多感な時期を経て、ようやっと父の不器用さを察することが出来るようになってきたばかりだ。出来が良いからと詰め込んだ習い事は、きっと赤司の持つ才を育てるためだった。実際には確認していないので、赤司が勝手にそう思っているだけなのだが。

 赤司家は代々の名家だ。それは現在、揺らぐ事のない事実であった。多様な業界に名を知られ、様々な場所で力を発揮する名である。そう自覚せよと言外にも教えられていた、後継たる赤司でさえ知り得なかったことだが、どうやら赤司家はいわゆる『裏社会』と称される界隈との繋がりも持っているらしい。これは、赤司家の中でもごく一部、当主とその腹心、そして当主が許した者だけが知ることを許される事実だった。未だ続くその繋がりは、つまるところ赤司家が表向きどころか、裏側ですらも力を持っているに近しい。
 その中の組織の一つが、ここ最近で代替わりをしたらしい。その顔見せの場に、父親は赤司を連れて行くという。そこはよほど裏社会に持つ繋がりの中でも重要な組のようだと、赤司は悟る。いよいよもって正式に代替わりという訳でもなく、大学卒業すら済ませていない赤司を連れて行く仕事は、大抵はそういった場所なのだから。それに、清廉潔白の顔をして、泥の濁りも知らねばならない。赤司家の代々の密かな訓示であるとは、言葉の足りない父親が車中で複雑そうな面持ちで溢した弁だ。

「お待ちしておりました。赤司家当主とその後継者様」
 そんな言葉と共に使用人らしき女性に案内されたのは、東京に構える洋館を主とした赤司の本宅とは違う、広い庭のある立派な日本家屋の一室だった。その部屋から見える日没を過ぎた庭は、所々に薄ぼんやりと灯篭の灯りが見えるばかりで、赤司は少し残念に思う。
 本当のところ、もっと警戒や、ピリピリした雰囲気に塗れているのではないかと、赤司は懸念していた。しかしどうだ、赤司の思うそれとは違い、どことなくありふれた日常を感じてさえいる。人の気配は屋敷の広さの割には多くはないが、元からここに暮らす者が少ないのか、或いは外に出ている者が多いのだろうか。
 敷かれていた座布団に父と並んで座し、座卓に出された茶を飲みながら、赤司はこの組の名前をぼんやりと頭に浮かべていた。多くはない苗字は、特に印象に残っている。けれども、そこから連想される人物は、昨年に大学を卒業したばかりだ。代替わりにしては余りにも早すぎるような気がするし、何よりその人物の生家がここであると決まったわけではない。
 などと思っていたのだが。

「花宮組当代、花宮真だ」

 果たして、部屋にやってきた組のトップ、つまるところ当代組長は、中学高校と同じ競技をしていて、何の因果か大学では先輩となった男だった。
 内心で唖然としていた赤司は、けれどもそれをあからさまに表に出すことなどせず、父に倣い卒なく挨拶を交わす。花宮の方は、赤司家というところから察していたのだろう。平然と、そしてにこやかに握手を求めて来た。ちらりと視線を移したところ、幸いというべきか、彼の差し出した手に、欠けた指はない。
 赤司は花宮をそっと観察した。耳には幾つもピアスが連なり、どうやら舌先にもピアスが付いているらしいことは把握した。その目はどこか鋭く、この一年でも余程の修羅場でも潜ってきたかのようでもある。
 そんな花宮曰く、組の息がかかった表向きの会社も代々赤司家との繋がりがあるようだ。父も言葉少なながら、最近は業績も好調のようでと返す。そして、お互いの家の為に、どちらの繋がりにおいても友好的であろうと、何かがあればどちらでも協力すると約束を交わす。恐らくこれが儀礼の挨拶なのだろう。その日はそれだけで終わったのだが、後日、赤司にだけ名指しで、花宮からの呼び出しが届いた。

「呼び出して悪いな、赤司」
「いえ、オレも一度、個人的にお話をしたいと思っていたので」
 まだ明るい時分、この間と同じ部屋である畳敷の応接間からは、庭が一望できた。屋敷の広さの割には相変わらず、静かだ。それでも先の頃よりも、人の気配は多かった。それも、花宮が来る頃にはほとんどこの部屋から離れていったのが分かる。花宮を絶対とでもしているのだろう。
「さて、お前は高校当時の選手をどのくらい記憶している?」
「レギュラー程度なら各地の学校は大まかには」
「なら良い。表向きの会社には、瀬戸と古橋がいる。あとは今吉さんが資格を取ったらそっちの顧問弁護士を依頼する約束をしてある。俺に繋げたいならまずそっちに回せ。取締役に伝言とでも言えば繋がるからな」
……つまり、花宮さんと直接繋がるのはリスキーだと言うことですか」
「今は、な。ウチはある程度落ち着く予定だが、赤司家はまだ代替わりしてねえ。お前に全部明かすのは先だからな、それまでは直接繋がるのは避けるべきだろ」
 花宮は、赤司との明確な一線を引いた。まだ深く立ち入るタイミングではないと。それが花宮組の安泰のためなのか、はたまた赤司を案じてのことなのか、どうにも分かりかねた。大学では同じ政治経済を学ぶ身として、同じ研究室の、バスケサークルの、先輩後輩として何かと世話を焼かれたむず痒い記憶が、赤司にはあった。
 案外と、花宮は敵愾心のない相手、特に歳下に対しては面倒見が良いらしい。彼の性格上、敵愾心を向けて来ない、そして花宮もさほど嫌わない人間というのは、多くはないのだが。その中の一人として数えられているのだろうとは、大学に入学して一年足らずで赤司はなんとなく感じていた。もちろん、花宮のその多くはない範囲の、さらに内側は霧崎第一のバスケ部員や、本人は否定するだろうが今吉翔一くらいしか居ないのだろうとも。
 赤司家はこういった社会との繋がりがあるが、大っぴらにはしていない。だからこそ、今後は赤司家の後継者としての動向を今まで以上に衆目に晒された時。花宮組の組長と親しいなどと大衆に知られるのは良くないのだろう。赤司は己を蹴落とさんとする人々がいることに気付いていて、花宮もまた察しているに違いない。
 赤司は清廉潔白を求められていたこともあり、花宮が身を置く極道の世界などよく知らない。時折ニュースで話題になるのはまた別の組ばかりというのもあるだろう。赤司の中のイメージと言えば、せいぜいが創作の世界の話だ。だからこそ、赤司は話がふと途切れたタイミングで、思わず花宮に問いかけていた。
「オレはあまり詳しくないのですが、花宮さんもやはり入れ墨を?」
「人が親切にも忠告してやったのに、何で今そんなこと聞いてくるんだよ……
「すみません、好奇心でした」
「ふはっ、正直じゃねえか」
 ワイシャツやネクタイまで、黒を基調にした細身のスーツを身に纏っている花宮の、その袖口からは紋様があるかどうかは窺い知れない。けれども、恐らく墨を入れているのだろうと赤司は察した。明確な否定ではないことが、その証左だ。
 しかしまあ、花宮の親切心で引かれた一線を、これ以上越えるつもりは赤司にはない。ところでこれは、少し考えたことなんですが。そう言って話を切り替えた。
「花宮さん、例えばオレの知る人たちが『こちら側』とのトラブルに巻き込まれた場合、オレに話を通すなり、上手く命を助けるなり、できますか?」
「まあウチのシマなら出来なくはねえけど、例えばこっちに害があるだの、他所のシマだの、自分から突っ込んできただのはどうにも出来ねえ」
「充分です。ただ、その情報は頂きたい。名簿と、対価もご用意しますよ」
「ああ、対価は金じゃなくても良い。こっちの求めた情報をくれるんでも良い。表の情報は、さすがに大っぴらに得られねえモンもあるからな」
「ありがとうございます」
「こちとら、イイコチャン共に来られても嬉しくねえ世界だからな。利害の一致ってやつだ」
 言い終えた花宮は、スーツのポケットから煙草を取り出すと、赤司に断りを入れるでもなくジッポライターで火を付けた。手慣れた様子に、父親に連れられてきた時には、敢えて吸っていなかったことが伝わってくる。
 応接間の座卓に置かれたガラス製の灰皿に灰を落とした花宮は、ふうっと煙を吐き出して目を細めた。
「安心しろよ赤司。俺は当代赤司はともかく、お前のことは、案外気に入ってるからな」
……ありがとう、ございます」

 などといった経緯で、表の権力者である赤司家と、裏の権力者である花宮家は密約を交わした。赤司は一種の保険のつもりであったし、花宮とて効力を発揮することなどそうそう起こらないだろうと思っていたのだが。表裏一体の世を隔てるものは、思ったよりも薄い皮だったらしいと知るのはもう少し後のことである。