ふみかぜ@壁打ち
2024-05-04 22:02:55
5550文字
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【本編ドラロナ】春夢と夜のおやつ【5/4無配再録】

SCC31day1ありがとうございました! 「Drunk in Long Night 4」で頒布した無配本の再録です。
できてる本編ドラロナでロ君が甘いお菓子の夢を見たり、その内容をしばらくしてから思い出したりする話。全年齢ですが事後描写があるので若干背後注意です。

 ある日の夕暮れに見た夢。
 淡いクリーム色の空間に自分は寝転がっていた。天井は赤い布(天幕?)で覆われていて、床はスポンジみたいにふわふわしている。柔らかくて気持ちがいい。
 空気は暖かくて、何だか甘い香りもする。このまま起き上がれなくてもいいや、と思ったところで床がズシン、と大きく揺れた。
 何だどうした、怪獣か吸血鬼が出たのか。しまった今は装備を持ってないぞいいや俺なら素手でもいける、などと考えている内に、足音の主がぬっと姿を現した。
「ヌーン」
 ジョンだ。アルマジロのジョンが天井から俺をすっぽりと隠すように身を乗り出している。可愛い。
 でもこちらを丸ごと覆えるサイズ感にちょっと戸惑う。三メートル超えのジョンも可愛いしカッコいいけど。
「ジョン、どうしてそんなに大きいんだ?」
「ヌヌヌヌヌンヌ、ヌイヌヌヌッヌンヌヌン」
 ロナルドくんが、ちいさくなったんだヌン。
 そうなのか。ジョンが言うならそうなんだろう。
 大きなジョンの腹毛を両手でモフってみると、ふわりと甘い香りが立ち上った。
「ん……
 ジョン特有の焼きたてパンみたいな匂いとはまた違う、さっきから何処からともなく漂っている芳香。
「なぁジョン、この香りって、おわっ!」
 突然、宙に浮き上がる身体。のそりと動いたジョンが俺の背中に頭を突っ込み、思い切り放り投げたのである。
 垂直に上昇した身体は一秒後に落下を始め、アルマジロの甲羅の上へすぽんと収まる。俺が無事背中に乗ったことを確認すると、ジョンは四つ足でゆっくりと歩き出した。
「何処に連れてってくれるんだ?」
「ヌイヌヌヌヌ、ヌヌヌシヌ」
 着いてからのお楽しみと言われるとますます気になってしまう。段々強くなってくる香りの正体を探ろうと嗅覚を総動員すると、甘酸っぱさと香ばしさが合わさった刺激にお腹がきゅうとなった。
 この美味しそうな匂いと似たものを知っている気がする。確かクソ砂がオーブンが小さすぎるとか文句を言いながら作ってたお菓子が焼けた時の――
「ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌヌ」
 あれだよ、とジョンが指差した先にあったのは、大きな大きな円形のパイ。甘い香りの正体はこれだったらしい。
「すげぇ……美味しそうだなジョン!」
「ヌー!」
「な、なぁ……このパイって、食っても大丈夫かな」
「ヌン!」
「そっか、なら一緒に食べようぜ!」
 力強く頷いたジョンの背から飛び降り、スポンジ状の床に着地する。ふわふわ揺れる足下に転ばされないよう注意しながら、早歩きで巨大なパイまで進んでいった。
 目の前まで来ると、その焼き菓子の大きさに圧倒される。何と俺の身長より高く、全体の広さは今のジョン六玉分はあるのだ。いつまでも食べていられそう。
「ヌヌヌヌヌン!」
「いただきます!」
 ジョンと一緒にパイに飛びつき生地に齧りつく。バターと小麦の香ばしい風味のサクサクとした生地を剥がすと、中から甘い香りの、黒っぽい赤と明るい赤が入り混じったフルーツソースがどろりとあふれ出した。上から降ってきた液体で頭から足までびちゃびちゃになる。
「うま……
 フルーツソースにまみれながら食べるパイは、もの凄く美味しい。外側の生地は香ばしく、中のソースやクリームは甘酸っぱくて、飽きの来ない味って感じだ。
 夢中になって食べていくうちに、自然とパイの中へ身体が沈んでいく。泳いでいるみたいな感覚だった。
「ヌッヌヌッヌ!」
 一緒にパイを食べていたジョンが二本足で立ち上がって天井に向かって手を振っている。
 何だろうと顔を上げたその時、自分の周囲でまばらに影が差す。頭上に現れたのは見覚えのある、けど記憶よりも何十倍も大きなステンレス製のフォーク。
 その先っぽがパイの中に沈む。底の生地から掬い上げて、俺ごと宙へ持っていく。
……あ」
 巨大なフォークを持つ、血の気のない骨張った手。爪に塗られた紅は、煮詰めたジャムを垂らしたみたいだ。
 ◇◇◇
 日が完全に沈む前に目が覚めた。がばりと身を起こしてリビングの中を見回す。
 棺桶の蓋は未だ上がる様子はない。ジョン専用の寝床が空になっているのは主人と一緒に眠っているからだろう。丸くて可愛いジョンを抱いて眠れるなんてくそ羨ましくて泣きそう。
 ――と、寝ぼけた思考を逸らしてみても早鐘を打つ心臓は落ち着かず。夢の内容は、もう思い出せないのに。
 あのまま食べられたら良かった。そんな気持ちばかりが頭の中にこびりついている。
 ◇◇◇
 パトロールから戻り、リビングの扉を開けると甘い香りが鼻をくすぐった。
「ん……
 おやつかな。もうできてるなら、メビヤツも連れてきて一緒に食べたいな。
 事務所を出る前に食べたハムとチーズのホットサンドはすっかり消化され、減ったお腹を片手で擦りながら玄関を上がる。今日の日付に赤い丸がついたカレンダーを横目に歩を進めれば、匂いが段々とはっきりとしたものとなる。これは多分、フルーツのジャムとかソースとかほにゃららとか、そういう感じの甘酸っぱくて美味しいやつだ。
「ただいまー」
「ヌヌヌヌヌヌイ!」
「おかえり」
 キッチンに行けば想像通り、楽しげに何かを作っているジョンとドラ公がいる。カウンターに足っているジョンの傍には空になった冷凍ミックスベリー(チェリー入り)の袋が畳まれていて、どうやらこの中身が香りの元になっているみたいだ。
 コンロに寄っていくと鍋に向き合った吸血鬼が横目で俺を一瞥し、視線をすぐ戻す。
「もう少しかかるから手を洗って風呂に入ってきたまえ」
「おー。何作ってんだ?」
「サワーチェリー入りのミックスベリーパイだ。冷凍庫に程よく余っていたからな」
「へえ。……生地がねぇけど」
「冷蔵庫で寝かせてある。出しっ放しにしておくとダレるんだよ」
「ふーん」
 鍋の中身をかき混ぜているドラ公の答えを聞きながら、横から甘い香りの中心を覗き込む。
 チェリー、ストロベリー、ラズベリーにブラックベリー(と、袋に書いてあった)。様々な赤色の果実が鍋の中でことこと煮込まれ、とろみのあるきらきらとしたフルーツソースに変わっていく。このまま舐めても美味しいに違いない。
「ほらほら、ゴリラの手は間に合ってるからさっさと行け。湯が冷めるぞ」
 そんな思惑が伝わったのか知らないが、真顔でドラ公がしっしっと手を振って俺を追い払おうとする。一瞬迷ったが鍋の手前ぐっと拳を握るに留め、手を洗ってから素直に浴室へ向かうことにした。
 ◇◇◇
 頭から足先までしっかり泡立てて洗った後、若干温めのお湯に浸かる。
「ふー……
 退治のお礼に貰った入浴剤を混ぜた湯船は、透明な紫色に染まっていた。確かラベンダーだか何かの花を再現したらしい、爽やかな香りが気持ちいい。
 こういうの、前は使ってなかったよな。
 片手で紫の湯をすくい上げながら、そんなことを思った。事務所を立ち上げたばかりの頃はバスタブに湯を張ることも少なく、お礼や景品で入浴剤とか貰っても使いどころがなかった。ヒマリやギルドの皆に渡すとかでもなければ、仕舞い込んでそのままにしていた筈だ。
 時短万歳、わざわざ手間とお金をかけんでいい、という考えに余り変わりはない。シャンプーとリンスで二回洗う意味もよく分からないので、使うのはもっぱらコスパ優秀のリンスインシャンプー。
 けれど、こうしてお湯に浸かってじっくり身体を温めることや、風呂上がりに待っているパイに思いを馳せる時間がわりと大切だってことも、今は分かってきた気がする。
 仕事の前後や時には合間に栄養を摂り、コンディションを整えて吸血鬼退治に臨む。休める時は休んで、何すればいいか分からない時はクソ砂がクソみたいなゲームしてるのとかクソみたいな映画観てるのを眺めてだらっと時間を潰す。
 そんな日が当たり前になった頃には筋肉の付きが随分と良くなって、吸血鬼を殴るキレも増した。残っていた煙草も湿気ってしまった。
 食と休息の大事さを俺に思い出させたのが棺桶をソファの傍において堂々と居着いたクソ砂だと思うと、ちょっと複雑な気分。でもまぁ、優しくて可愛いジョンが家に来てくれたこと、いつの間にやら食生活が随分良くなったことを考慮すれば、プラマイゼロ、ジョン補正でプラス五億点といったところだろうか。
 加えて、同居当初は若い美女のうなじから血が飲みたいとか危ういことをほざいてたクソ吸血鬼が条件にかすりもしない、若くてくどい他称ゴリラな成人男性の首を甘噛みしたがっているという驚きの事実を知ってしまった。そこも踏まえるとやっぱりプラス五億と二点。
 ……温いお湯とはいえ、長く浸かりすぎたかも。身体が熱くて逆上せる手前に感じる。
「っし、上がるか」
 湯船から出て、少し迷ってからもう一度シャワーヘッドを掴む。まだ洗っていない、普通ならここで洗わなくても大丈夫なところに思い切って手を伸ばす。
 誤魔化すの下手か、とクソ砂に煽られながら一殺交えて誘ったのは俺の方。カレンダーに赤丸をつけて応えたのはドラ公の方。
 食べて休んで緩んだ身体を、そうした相手に食べられる。そんなことに喜びを感じられることも、想像できなかったことの一つだ。
 ◇◇◇
――正夢かもしれねぇ」
「え?」
 PCとかの機材で随分手狭になった予備室の中。空いたスペースにマットレスを敷いてドラ公に外側も内側も捏ねくり回された後。
 放心したまま仰向けに寝転がって天井を眺めていたら、いつかの夢の内容を思い出して自然と呟いていた。
「いや……ちょっと前に見た夢がなんか、今のことだったのかなって思ったから」
「へぇ」
 体力切れによる砂状態から復帰した吸血鬼の骨張った手が、涙で赤くなっていそうな目元に触れる。血の気のない掌の冷たさが、火照った身体に心地好い。
「私と睦まじくする夢でも見たのか? 若造にしては中々可愛げのあることじゃないか」
「いやお前はほぼいなかったけど」
「ファーーーそこは出すところだろうが演出ミスか」
「知らねぇよ。一応最後にちょろっといたような……気がする」
「曖昧だな……
 不満げな顔されたところでこっちにはどうしようもない。とっくに覚めた夢の話を、今更軌道修正しろと言われても無理だ。
「ならば、今のことだったというのは、君が正夢と感じた根拠は何なのかね?」
「それは……
 ぽつぽつと、おぼろげに思い出した夢の内容を口にする。お菓子みたいな甘い香りのする空間で大きくなったジョンに出会ったこと。背中に乗せて貰ってとってもデカいパイ、多分ミックスベリーパイまで辿り着いたこと。それが凄く美味しくてフルーツソースまみれになりながら齧りついたこと。
「で、食べていた俺は大きなフォークに掬われて、それを持ってたのがお前だったと、思う」
「ふーん」
 話している途中、手慰みか俺の髪を弄り始めたドラ公が甘噛みの痕がついた首元を指でなぞる。
「すると……夢の中の君はパイに夢中になって、まんまと私に食べられてしまった訳だ」
「たぶん」
「なるほどねぇ。確かにそれは、今の状況を示唆していると受け取ることもできる」
 指先が下に滑り、常夜灯だけの空間でも存在感がある紅の爪が胸の中心――心臓の真上をいたずらに突っついた。
「または、ロナルド君の私に食べられたい願望が表出したとか。今みたいに」
……かもな」
 しれっと脇を擽ろうとするクソ砂の指を潰してやると、塵の山がもぞもぞと動きながら、でも、と言葉を継ぐ。
「夢でよかったのではないかね」
「え」
 再生した吸血鬼の手がへその上、胃がある辺りを撫でる。眠りの波が寄せてきて瞼が重くなってきた俺を見るドラ公は、柔らかな微笑を浮かべながら続けた。
「だって……本当に食べられてしまったらそれきりだろう。もう二度と、何も食べられないじゃないか」
「あ」
 もう一度食べたいと思った美味しかったものも、いつか食べてみたいと思った美味しそうなものも。
 唐揚げ、オムライス、ドーナツ、バナナフリッター、他にも色々、ドラ公がノリで作ったアレンジ料理も。
「食べられなくなるのは、いやだな」
「だろう? だからまぁ、そんな願望は夢で垣間見る程度に留めておけ。代わりにこっちでいくらでも欲を満たせばいいさ」
 満足できないとは言わせんぞ、とのたまいながら俺の腹をぽんぽんと叩く吸血鬼。
…………よく考えたら、どっちにしろ食ってるのは俺になるのでは?」
「ええいここで変な対抗心を出すな、揚げ足取りルド君」
 ぺむん、と気の抜けた叩き方で腹を鳴らされると、つい先程までいっぱいに埋まっていた内側に響いて足の先からぞくぞくしたものがせり上がってくる。
「は……ドラ公」
 名前を呼べば、こっちの熱がぶり返したのを察した様子の吸血鬼が笑みを妖しげなものへ変える。
「おかわりを所望かね、ロナルド君?」
「ん」
 ぎこちなく頷き、ドラ公の細い胴体へ腕を回す。
「いいだろ、いくらでもってテメェが言ったんだから」
「勿論だとも」
 食い尽くされないから、何度も味わえる現実。
「ドラ公、明日のおやつは?」
「ジョンのリクエストのリンゴパンケーキ、バニラアイスのせにメープルシロップがけ、ほかアレンジ予定だ」
「絶対うまいやつじゃん、やったぜ」
 だからこそ、食べられながら明日の美味しいものに思いを馳せることもできる。
 プラス何点かもう数えきることもできないと茹だった頭で思いつつ、また食われるための口づけを交わした。