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mishiadd
2024-05-04 21:43:03
4781文字
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宮本伊織が魑魅魍魎コレクション・その伍
魑魅魍魎が集ってくるけど結局一番怖いのは宮本伊織だといいなあ、という小話。
伍:宮本伊織が「人」のかたちを保てなくなる日。
今日は「『緒』が切れてしまう日だから」、とイオリが言った。
「それじゃあすみませんが、セイバーさん」とカヤが申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当なら、こんなことセイバーさんにお願いするようなことじゃないんです。人として当たり前のことなんですから」
「よい。カヤが恐縮するようなことではない。
――
イオリに、朝餉と夕餉をきちんと食べさせればよいのだろう。そのくらいお安い御用だ」
「本当にすみません。兄ちゃん、目を離すと全然『暮らし』をしてくれないんです。ご飯は平気で食べ忘れるし、寝ることさえたまにどやしつけてやらないといけなくて。
――
こんなときに五日もここを空けてしまってごめんなさい。
……
でも、セイバーさんがいてくださってよかったです」
「『よかった』ことは、イオリにカヤのような妹御がいることだ。さあ、あとは私に任せるがよい。なにも心配することはない」
「ありがとうございます。五日後にきっとすぐまた来ますから」
去り際に何度も振り向いては頭を下げ、カヤの後姿が雑踏に消える。
――
やれやれ、本当にイオリはどうしようもない。
イオリに規則正しく食事を摂らせる
――
それ自体は造作もないことだ。私の食事のついでに食べさせればよい。
いくらイオリ自身が食事に興味がなかろうとも、私にはある。私は食事を摂る。食事を摂る
必要
はないが、食事を
摂りたい
。なので、イオリには私に食事を用意する義務がある。
一人分の食事を作るなら二人分を作るのも同じことだし、私が食べるのならイオリが敢えて食べない道理もない。そもそも、イオリは別に食事が嫌いなわけではなく単に食べることを忘れているだけだ。私が目の前で旨そうに食事を摂ることで、イオリにも「食べること」を思い出させてやっているのだ。
――
これはある意味、立派なマスター孝行であるといえるのではなかろうか。
というわけで、カヤのいない五日間のうち、最初の二日間は立派に私の務めを果たし、規則正しく(イオリに食事を作らせ)イオリに食事を摂らせていた。
異変があったのは三日目の朝である。御御御付と鯵の干物の朝餉を済ませた後、唐突にイオリが言った。
「セイバー。すまないが、明日の朝まで家を空けてくれないか」
「うむ。
――
へっ? は?」
聞き流しそうになったが驚いてイオリを見る。いつも通りの感情の読み取りにくい顔で、もう一度繰り返した。
「すまない。宿代と飯代は持たせる。浅草の宿にいてくれて構わないし、気が向くなら別の町まで遠出してくれてもいい。ただ、明日の朝までは、この長屋からは離れていてくれないか」
「一体どうしたんだ急に。いや、言いたいことは山程あるが
――
今は儀の最中だぞ。私が離れている間に何かあったらどうする」
「この長屋には結界を張ってある。何かあればおまえを令呪で呼ぶ。だから」
「そんなことに切り札を使うな。
……
よい、霊体化してそのあたりにいるようにする。私が長屋の外にいればそれでよいのだな?」
「すまない」
深々と頭を下げられ、「はあーあ」とこちらががしがしと乱暴に頭を掻きむしった。
――
最近、とみにこのマスターに対して甘くなってきている気がする。一旦言い出されると強く反駁できない。どう考えても私の方に理がある場合でもだ。こんな時だけ意思の固い顔に押し切られたり、かと思えば相変わらずちゃんと考えているのかいないのかわからないほわほわした言い分になんとなく許してしまったり。
――
まあよい。
「それで? なぜきみのサーヴァントである私がきみの家を空ける必要がある?」
「今日は、『緒』が切れてしまう日だから」
イオリはそれだけ言った。
――
話が見えない。
「緒? なんのだ?」
「
――
飯代に、団子代も持たせようか。宿を取らないのなら、その分多めに」
「それは是非頼む! あ、私がいないからといって食事を摂るのを怠けるのではないぞ。屋台のおむすびでもよいから食せ」
「ははは、まるでカヤのようなことを言う」
「カヤに頼まれているのだ。あと、私が見ていない間にきみに勝手に倒れられでもしたら私自身目覚めが悪い」
「気を付けるよ」
軽く談笑し、約束通りイオリに小遣いを持たされ
――
実際、多めに包んでくれた
――
幾分申し訳なさそうに、長屋の外へと出される。引き戸の合間から顔を出したイオリが、珍しく眉尻を下げて私を見下ろしていた。
「本当に、急にすまない。俺としてもこんなに
急に来る
とは」
「
――
イオリ。何がだ?」
「いや。
……
恐らく、おまえと寝食を共にしていることも影響しているのだろう。儀の間に何度も
来る
ことは避けたいが」
「イオリ?」
「善処する。
――
それではセイバー。また、明朝に」
「あ、ああ」
からから、と目の前で戸が閉められる。ぴしゃりと閉め切られた長屋の前で、しばし呆然と立ち尽くす。
――
はて、これからどうしたものか。
「
……
団子でも食うか」
いつもならイオリとふたりで向かう大通りまでの道筋を、ひとりで歩く。
単独行動はたまにであれば決して悪いものではない。浅草の町を歩いて回り、少し足を延ばして鳥越神社のあたりも散策し、また戻って屋台で買い食いなどをした。
「イオリにも買っておいてやろう」と思った甘味などもあったが、翌朝まで会えないことを考えると今買うのは憚られた。
――
明日、合流してから改めて一緒に食べに出掛けるか。
そんなことを考えながら、とっぷりと日の暮れたあとの浅草を歩き、長屋の前まで戻ってくる。
――
まだ、月は低い位置にある。大通りもまだ賑わいを失っておらず、そこここの長屋からはそれぞれ夕餉の匂いが漂ってきていた。到底、まだ寝入るような刻限ではない。
――
イオリの長屋に、灯りがついていない。
留守だろうか。そんな筈はないと踏んだ。であれば、わざわざ私を外に追いやる必要などなかった筈だ。
――
では、真っ暗闇の中に、イオリは居るのだろうか。
闇の中、ただ畳に座しているイオリの姿を想像する。えもいわれぬ空恐ろしさを感じた自分に驚く。そして、ふるふると首を左右に振った。単に、早寝しているだけかもしれない。
イオリは、きちんと夕餉は摂ったのだろうか。こんな早くに寝てしまって
――
。もしかして、酷く具合でも悪かったのだろうか。
私に言えない程に体調が悪く、それを悟られまいと私を追い出したのだとしたら? カヤも出払ってしまっている。無論、
彼女
に再びの苦労をかけさせる気は毛頭ないが、しかしここにいないのは事実だ。
こうしている間にも、イオリがひとりで苦しんでいたら?
――
私がこうして長屋の外で手をこまねいていることで、手遅れになってしまったら?
「外にいてくれ」とは言われたが、「見るな」とは言われていない。いや、言外には「見るな」という意味であるのだろうが、だがはっきりとそう言われてはいないのだ。
――
「見るな」と禁じられたものを見ることで、ろくな結末を迎えた神話を私はついぞ知らないが。これは、神話ではない。
長屋の引き戸に手をかけ、ほんのわずかの隙間、ちょうど私が中を覗けるだけ、開いた。
案の定、中は真っ暗闇であったが、だんだん目が慣れてくる。わずかにものの輪郭をようやく捉えられるようになり、私はそこにイオリの姿を見た。
布団も敷かずに畳の上に仰向けになり、何もない筈の天井を見上げていた。
ただそれだけの光景である。
――
ただ、それだけの光景の筈だった。
それは、もしかしたら暗闇に差し込むわずかな月明かりが見せた幻だったのかもしれない。ただ、一瞬、イオリの体がぐずぐずと崩れ落ち、闇の中に溶けていくように見えた。
あるいは、四肢がばらばらになってほどけ落ち、畳の上に散乱しているようにも見えた。あるいは、大きな塩の塊が、大小の破片となってがらがらと崩れていくようにも見えた。
ばらばらになって、人としてのまとまりを失ったイオリが、畳の上に転がっている。
身動ぎもしない。ただ、端から生命など宿っていなかったかのように、無機質な何かであるかのように、ただそこにがらくたのように散らばっている。
――
ただ、静寂だけがある。
目を閉じて、開く。かすかな輪郭を捉える。ただ静かに横になっているだけのイオリの姿がそこにある。
寝ているのとは違う。生命維持のための活動を感じられない。イオリは食事を摂らないように、今も睡眠を摂っていない。
戸から、やや身を引く。決して物音を立ててはならなかった。もし音を立ててしまえば、幻だったものが現実となってしまうかもしれなかった。
がらがらと崩れ落ちたイオリの欠片が、破片が、畳の上を転がって
――
土間の下に落ちてしまう。そして、ぱりん、と割れるだろう。
その場に静かに腰を下ろす。ただ、時が経つのを待つしかなかった。
イオリが、ばらばらになってしまった自分を拾い直して、再び『緒』を結ぶのを待つしかなかった。
――
歪な彼が。
その核たる部分に
異物を埋め込まれた
彼が、この世界に溶け込んで生きるためには、一体どれだけの労力が要るのだろう。
違う思考回路、違う文化、違う目的を持った彼が、それらすべてを押し殺して覆い隠して、すべてを学び直しながらあえかな呼吸をし続けるためには。
異なる言の葉、異なる心情を語り、異なる理や常識に従って
――
まるで利き腕ではない方の腕で、文字を記すように。まるで外つ国の言の葉で話し続けるように。
彼ひとりで暮らしてた頃ならまだしも、四六時中私と共に暮らすようになった彼は、きっと摩耗も激しくなった。
それで、今日その『緒』が切れた。そういうことなのだろう。
崩れてしまった自分の欠片をひとつひとつすくい上げ、イオリは人のかたちを結い直す。明日をまた
生きて
いけるように。
東の空がかすかに明るくなり始めた頃だった。
静寂の中に、小さなひとり言のような声が聞こえた。イオリの声だった。
なにかを暗唱しているのだと悟り、やがてそれはきっと彼の師匠が彼に残した「よく生きる」ための教えなのだと思い至る。
ひとつひとつを、丁寧に、組み上がったばかりの彼の「人のかたち」に、しっかりと刻み込むように。やがて、
「カヤ」
と聞こえた。きっと、それは彼の人の姿を保つための重要な楔のひとつなのだろう。
そのあとに、他にも名が続くだろうか。
――
そこに、私の名はあるだろうか。
そんな、分不相応な、突拍子もない、およそ私らしくもない思いが一瞬頭をよぎり
――
確かめるのが怖くなって、そっと引き戸を閉じた。
「イオリ! 腹が減ったぞ! 朝餉はまだか朝餉は」
すっかり日の昇った頃に長屋の戸を開けると、イオリが既に竈の前に立っているところだった。
「セイバー。昨日はすまなかったな。不便はなかっただろうか」
「たまにはきみと離れてひとりで出歩いてみるのもよい。きっときみの知らない店なども私は昨日一日で随分発見したぞ。今日連れて行ってやろう」
「ははは、ではそうしようか」
「その前に御御御付だ、イオリ。
――
あ、昨日はきちんと食事を摂ったのだろうな? きみが不摂生をしてカヤに怒られるのは私だぞ」
「
……
――
あー
……
」
「きみは本当に呆れるな。カヤが心配し通しなのも道理だ」
「すまん」
「よい。昨日食べなかった分は今日挽回せよ。
――
で、早速だが朝餉のあとは私が昨日見つけた団子屋へ行こう。ちょうど私の手持ちも尽きたのでな」
いつも通りの軽口を叩き、朝餉の膳を囲む。穏やかな顔で腰をおろしたイオリが、両手を合わせる。
「いただきます」
――
今日もまた、「人」を生き抜けるようにと。ささやかに、祈る。
了
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