夜明 奈央
2024-05-04 20:08:52
1866文字
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織+太 人助けの定義

善人の真似をしているだけの太宰の悩み
2022年9月30日初出

 太陽が地平線の奥に沈む頃、暗闇がひたひたと忍び寄る墓地に1人の男が現れた。点在する墓石の間を縫うように歩くその男の名を太宰といった。
 太宰の他には誰の気配もなかった。街灯も存在せず、夜になると完全に暗闇に飲み込まれてしまうこの墓地に、日も暮れる頃になって訪れる人など滅多にいなかった。
 整備されているとはいえあちこちに石ころが転がり雑草が生える荒れた道を、太宰は慣れたように目当ての墓石目掛けて歩いていく。実際、太宰にとっては通い慣れた道筋だった。
「やあ、織田作。またきちゃった」
 辿り着いた墓石の前で立ち止まった太宰は、手を合わせるでもなくそう口にした。
「今日、目の前で夫婦が事故に遭ってね。奥さんの方が亡くなっちゃった。妊娠してたみたいだったんだけど、お腹の赤ちゃんも一緒に」
 昼間、太宰が国木田、敦と共に仕事を終えて探偵社へ帰る途中、居眠り運転の大型トラックが突然歩道へ突っ込んできた。被害に遭ったのは数メートル先を仲睦まじく歩く2人の男女だった。後にわかったことだが、2人は夫婦だった。大きくなったお腹を愛おしそうに見つめ、近いうちにくるであろう未来に胸を躍らせていた幸せな光景が、一変した瞬間だった。
「でもね、事故の直後はまだ生きてたんだ。正直、即死じゃなかったのが信じられないような有様だったけど、意識もあって、少しなら喋れたんだ」
 事故の衝撃が落ち着いて慌てて救助に入った時には、女の身体は半分トラックの下敷きになって潰れていた。出血も多く、太宰は即座にもう助からないと思った。その場にいたほとんどの人が同じことを思っただろう。そのぐらい悲惨な光景だった。
 一緒に歩いていた男も怪我をしていたが、女に比べれば軽傷で、自分の怪我などどうでも良いとばかりに女の手を握り、名前を呼び続けていた。
「間に合わないと思った。だから、このまま最後まで一緒にいさせてあげるのが、せめてもの救いだと思ったよ」
 周囲の人間がすぐに救急車を呼んでいたのがわかった。
 だから、太宰たちにできるのは、横転したトラックに挟まれたままの女の身体をどうにかして引っ張り出し、救急車が来るまでの間、2人を見守ることぐらいだろうと思った。
「でも、国木田くんと敦くんは違ったみたいでね。泣きながら手を握る旦那さんに『与謝野女医に診せればまだ間に合う』って言って、引き剥がして与謝野女医のところへ向かったんだ」
 男も無理だと察してはいたのだろう。『まだ助かる』と言われた時、信じられないという顔をしていた。それでも一縷の希望に縋って、虎化した敦の背に女を託した。1秒でも早く駆け抜けるべき状況で、当然男が同乗することはできなかった。
「間に合わなかったよ。当然だけどね。そもそも即死じゃなかったのが驚きなぐらいだったし」
 一足先に国木田からの連絡を受けてこちらへ向かっていた与謝野と合流した時、既に女もお腹の子も死んでいた。夢中で走っていた敦には、いつ死んだのかはきっとわからなかっただろう。
 男は、知らせを受けて崩れ落ちた。放心状態で、太宰たちがその場を後にする頃にはまだ一言も喋ることはできなかった。
 敦も国木田も助けられなかったことを悔やんでいたが、太宰は当然だろうと思った。土台無理な話だったのだ。
「旦那さんの方は、少しでも助かる可能性に賭けたみたいだけどさ、あの状況で冷静な判断なんてできっこないんだよ。それに、少なくとも奥さんの方は、見知らぬ他人の背中で息絶えるよりは、旦那さんの腕の中で静かに死んでいく方が幸せだったと思うんだよね。助からなかった結果論じゃなくてさ、外野の2人が『助かる』なんて言わなきゃ、旦那さんの方だって変な希望は持たなかったよ」
 与謝野が一緒にいればもちろん助かっただろう。それなら『助かる』という言葉は真実となってハッピーエンドだ。でも、そうではなかった。与謝野だって万能ではない。全ての人間を助けることはできないのだ。
「私は今でもあの時の自分の考えが間違っていたなんて微塵も思わないよ。でも、正義と理想に生きる国木田くんと、人を救いたいと思ってる敦くんが、迷うことなく与謝野女医のところを目指したってことはさ、やっぱり一般的には、最後まで希望を捨てずに抗うことが人助けの正しい道なのかな」
 目の前の墓石は物言わずそこに佇むだけだ。太宰にだってそれはわかっている。
「難しいね、人助けって。私にはまだ全然わからないよ」
 完全に闇に染まった空には星がきらりと輝いている。


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