溶けかけ。
2024-05-04 18:39:25
1971文字
Public ほぼ日刊
 

ガラス越しの恋をした

ヌヴィレット×ホムンクルスフリーナのお話。
フリーナは元ネタ通り、フラスコから出られません。



 机から丸底フラスコが落ちるのを慌てて受け止める。中の液体がちゃぷんと音を立てた。

「あ、危なかったね……

 フラスコの中の小人がふぅ、と息を吐き出した。

「すまない……これからは気を付けよう」

「もう!本当だよ!」

 小人――フリーナが頬を膨らませながらガラスをぺしぺしと叩いた。
 ヌヴィレットはフラスコを持ち上げて専用の台へと戻す。

「僕はこの中から出たら死んでしまうんだからな!」

……分かっている。以降、この様なことが起こらないようにすると誓おう」

 ヌヴィレットがフラスコを撫でれば、フリーナは真っ赤な顔で俯いた。

「わ、分かっているならそれでいいけど……

 ちゃぷん、と青い液体が揺れる。フリーナが水に潜って表面に波紋を残した。
 ああ、隠れてしまった――とヌヴィレットは少し残念に思った。



 ――ホムンクルス。フリーナは俗にそう呼ばれる生き物である。親はヌヴィレットではない。彼女は狂った研究の果てに生み出された実験の産物である。ヌヴィレットは彼女を研究者達の犯罪を犯した証拠として押収したに過ぎない。その後、長きに渡る裁判の結果、彼らの研究資料は焼却処理を施すことになった。ただ一つ、生命として生まれ落ちたフリーナを除いて。
 犯罪の証拠である彼女の扱いは非常に難しいものだった。研究者の手に渡れば、解剖しようと言い出す者もいないとは限らない。一般人ではいざという時に守りきれないということで、事件に詳しく、腕の立つヌヴィレットへとお鉢が回ってきたのだった。

「フリーナ殿、機嫌を直してくれないか?」

 ヌヴィレットの言葉にフリーナが半分だけ顔を水面から出す。どこか拗ねたような表情をしていた。

……キミってさ、天然タラシだよね」

「ほう、タラシとは?」

 ヌヴィレットが首を傾げて見せれば、彼女は再び顔を真っ赤にさせた。

「キミ……フラスコを撫でる時の表情を見たことがあるかい?……すっごく甘い顔をしてるんだぞ!そんな顔を他の人に見せてみろ!すぐにみんなメロメロに……っ!?」

 フリーナの言葉は続かなかった。フリーナの入るフラスコに影がかかり、すぐにヌヴィレットの顔がフラスコから離れる。

「〜〜〜〜〜っ!……もう知らないっ!」

 ぷいっと顔を反らし、ヌヴィレットに背を向けたフリーナにヌヴィレットは囁いた。

「それは残念だ……恐らく、私がその様な顔をするのは君だけであるのに」





 ちゃぷちゃぷ、ぴちゃぴちゃ。

 今日もフリーナは水の中で揺られる。この小さなフラスコの中は酷く退屈であった。
 キイと扉の開く音で眠そうな顔は一瞬で笑顔の花を咲かせる。

「おかえり!ヌヴィ、レッ ト……?」

「ああ、いたぞ!いたぞ!」

 そこにいたのは同居人――ではなく知らない白衣の男。
 男はフリーナを視界に入れると狂気乱舞して喜んだ。フラスコが持ち上げられて乱暴に揺らされる。

(こいつ、異常だ……!)

 派手に波打つフラスコの中、フリーナは必死に考える。

(ど、どうしよう!?どうにかしてヌヴィレットに助けを求めないと……!)

 辺りを見回すも役に立つものは何も無い。ならばせめて、とフリーナは意を決して男に問いかけた。

……キミの目的はなんだ?どうしてヌヴィレットの部屋の鍵を持っている?」

 男の顔から表情という表情が抜け落ちる。

「親の俺にそんな事を言うのか?」

「ひっ……

 虚ろな眼と目が合い、フリーナの喉は引き攣ったような音を出した。

「あの野郎、俺の創造物にすり込みしやがったな!……許さねえ!……許さねえ!!」

 フリーナの入ったフラスコが高く掲げられる。次に来る行動が聡い彼女にはすぐに分かってしまった。
 無意味と知りながら目を閉じて頭を守るように小さくなった。

――ヌヴィレット!)

「フリーナ!」

 名を呼ばれる。いつまでも来ない衝撃にフリーナは恐る恐る目を開けた。薄いガラス越しに見えるのは心配そうなキミの顔。

「ヌヴィレット……?」

「遅くなってすまない、フリーナ殿」

 ヌヴィレットがフラスコを労るように撫でた。バタバタと複数の足音が聞こえ、部屋は俄に騒がしくなる。ヌヴィレットが息を吸い込んで、よく通る声で告げた。

「賊を捕縛せよ! 」





 特巡隊に男が連れて行かれ、部屋には静寂が訪れる。
 ヌヴィレットがフリーナに話しかけた。

「君が無事で良かった」

 言いながらフラスコを撫でるヌヴィレットの表情にフリーナは、顔を綻ばせる。

「キミなら助けに来てくれるって信じてたよ」

 どちらともなく顔が近づく。

 初めてのキスは冷たいガラスの感触がした。