溶けかけ。
2024-05-04 11:42:10
1560文字
Public ほぼ日刊
 

キミは優しい人なんだね

前作『君は慈悲深い人だった』の数百年後ifになります。
※フリーナ転生してます。記憶なし。

ふと、寂しさに囚われる時がある。
 
例えば、上品な紅茶の香りだとか。
 
例えば、貰った菓子の甘い香りだとか。
 
ああ、こういう物が好きだったと目を閉じる。目蓋の裏に浮かぶのは、幸せそうに笑う君の顔。

「ヌヴィレット、お茶の時間だ。む?なんだいその顔は。時には休憩も大切なんだぞ」

「不思議そうな顔をしているね?美味しい物は分け合うともっと美味しくなるんだ。だから君にも分けてあげよう!」

 ヌヴィレット、ヌヴィレット……もう、君の声は思い出せなくとも、交わした言葉を、姿形を今でも鮮明に思い出せる。

 言える立場になくとも、願わずにはいられない。――もう一度、君と笑い会いたいと。





 
「おい、   早く来いよ!」

「    ちゃん、早く早く!」

 幼い子供が駆けていく。鬼ごっこでもしているのだろうか?

「わ、待ってよ!」

 子供の群れの最後尾。青みがかった銀髪の少女が駆けていく。

「皆、速いよーって、うわ!――痛っ……

 少女が転ぶ。子供たちは気づかずに行ってしまったらしい。

……大丈夫かね?」

 ヌヴィレットが少女を助け起こす。少女は笑顔を作った。

「ありがとう、最高審判官様!」

「ああ、怪我は、ない……か?」

「うん」

 言いながら、少女をつぶさに観察する。足を僅かに擦り剥いたようで薄っすらと血が滲んでいる。

……怪我をしているようだが?」

 少女はヌヴィレットの言葉に今、気がついたような顔をした。

「本当だ。いつの間に……でも大丈夫だよ!これくらい洗えば落ちるから!」

 からりと笑ってぴょんぴょん跳ねる少女。いくらなんでも頓着しなさすぎるのではないか、とヌヴィレットはため息をついた。

「失礼、少し触れても?」

「え?う、うん」
 
 少女の合意も得てヌヴィレットは少女の膝に手を翳す。水元素力を行き渡らせ、傷口を塞ぐようにイメージをする。

……これでいいだろう」

 ヌヴィレットが手を離せば、少女の足にあった傷は綺麗さっぱり消え失せていた。

「わあ!すごい、すごい!最高審判官様は魔術師さんなんだね!」

 無邪気に喜ぶ少女に口元が綻ぶのを感じた。やはり、子供は笑っている方がいい。

「魔術師というのは正確ではない。君の怪我を治療したのは水元素の力によるものだ」

 そうなんだ!と少女はヌヴィレットの言葉に目を輝かせる。

「僕も水の神の目を持てば、怪我を治したりできるかな!?」

「勿論だとも。特に水元素は治癒にも攻撃にも長けた元素だ」

「そっかー!じゃあ、僕、神様に見てもらえるように頑張るね!……その時は使い方を教えてくれる?」

 少女の言葉に頷くヌヴィレット。

「ありがとう、最高審判官……

「ヌヴィレットでいい」

「ありがとう!ヌヴィレット!」

 遠くで子供たちが少女を呼ぶ声が聞こえた。

「ああ!忘れてた!僕もう行かなくちゃ!またね、ヌヴィレット!」

 ぶんぶんと手を振る少女にヌヴィレットも上品に手を振りかえす。

「またね!約束だよ!」

「礼はいいから前を見なさい。また転んでしまうぞ……

「はーい!」

 ヌヴィレットの心配を察したのか、少女はくるりと向きを変え走り出す。

――!」

 ――ヌヴィレットは確かに見たのだ。走る少女の後ろに四人の従者が付き従う姿を。

 ああ、そうか。君が――

 ヌヴィレットの脳裏に凄惨な姿をしたフリーナの最期が浮かぶ。獣に引き裂かれようと、なおも力強く咲く野花のような君。もう、以前のような関係に戻ることは出来なくとも、せめて祝福することは許してほしい。

 君の三度目の生に幸あれと――