高梨 來
2024-05-03 20:07:37
6774文字
Public ときメモGS2/小説
 

エキストラ

Twitter(X)企画、「#あのとき私は失恋したんだ」に参加させていただきます。
ときメモGS2の氷上くんに片思いをしていたモブ子の『私』のはね学で過ごした三年間の回顧録。氷上君の隣にいた『彼女=デイジー』はネームレスです。

「三年連続一位だなんて夢みたいだ! 君のおかげだよ、本当にありがとう!」
 すっかり耳に馴染んだ力強くて澄んだ声。弾むようなその声色に、裏腹に胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
 一位のたすきをかけて誇らしげに笑う彼の隣にいるのは、私とは違う女の子――あーあ、結局三年間一度も声をかけられなかったな。氷上くんってばいっつも、真っ先にあの子のところに行っちゃうんだもん。
 ぱんぱんと膝についた土埃を払い、ため息を必死にかみ殺す。
 せめてこの後のフォークダンスは順番が回ってこないかな、だって今年こそはラストチャンスだもん。


 なんて綺麗な人なんだろう。校門前に立つ氷上くんの姿を初めて目にした時に思ったことがそれだった。
 背中に定規を入れているみたいにぴんと伸びた背筋、おろしたてのぴかぴかの制服に燦然と光り輝くような風紀委員の腕章、一際よく通る男の子にしてはややハイトーンの澄んだ力強い声、そして何より、入学したばかりなのに、校門前で上級生の校則違反を堂々と注意して見せる毅然としたその態度。
 同世代のほかの誰とも違う。自分を律することが出来る、強くて美しい人だと思った。恋に堕ちるのにはそう時間はかからなかった。

「おはようございます!」
 校門に近づくにつれて、はきはきと明るい声が飛び込んでくる。ああ、氷上くんだ。そういえば廊下に貼ってあったっけ? 挨拶強化運動って。
 ほとんどの人がしらけた顔をしてくすくす笑ってる――そりゃそうだよね、小学生じゃあるまいし、そんなのみっともなくってかっこわるいだなんて思われて当たり前だよ――それなのに氷上くんはちっともめげるようすなんてない。どんなに笑われたって無視されたって堂々と答えてみせる。氷上くんはそんな心ない嘲笑なんかでは揺らいだりしないんだ。ほんとうに、なんてかっこいい人なんだろう。
「氷上くん、おはようございます」
 おそるおそる、自分なりの精一杯のボリュームで答える。同じクラスの私のこと、顔くらいはおぼえていてくれたらいいんだけど――ひどくはらはらしながら顔をあげれば、すこし驚いたようすの――それでいて、うんと誇らしげな優しい顔が瞬く間に広がる。
「ああ、おはようございます。また教室で!」
 きっぱりとそう告げてくれる声を耳にした瞬間、全身が泡立つような心地にさせられたのをいまでもおぼえている。
 私は恋をしているんだ、この人に。そう確信したのは、きっとあの時あの瞬間だった。

 それでも運命の女神は決して私には微笑んでくれなかった。
 体育祭の日、足をくじいた私が出られなかった二人三脚で氷上くんとペアを組んで一位になったのは隣の隣のクラスの人気者のあの子。一躍脚光を浴びてまぶしそうに笑うふたりの姿を遠目から見ているだけで、私の胸は身勝手にちくちく痛んだ。
 待ちに待ったフォークダンス、氷上くんと手をつなぐチャンス――は、あっという間に時間切れ。友達には人気ものの先輩とペアになったことを随分うらやましがられたけど、そんなの、氷上くんと比べればちっとも話になんてならなかった。
 あっという間に訪れた夏休み、お父さんとお母さんにわがままを言って通わせてもらった氷上くんと同じ進学塾。特進クラスの氷上くんと普通クラスの私は教室も時間も違うせいで、すれ違うことすらなかった。
 あっという間に季節は過ぎ、氷上くんにとっての運命の日が訪れる。一年生にして堂々と立候補した生徒会選挙だ。
 校門前で厳しく校則違反を注意して見せる姿もそのままに、徹底して規律を重んじ、皆の不真面目な態度を一喝して見せる氷上くんの姿はやっぱりすごく綺麗だった。あんまり綺麗すぎて、その高潔過ぎる姿勢に理解を示してくれる人は残念ながらこの学校にはいなかったようだけれど――ブーイングの嵐の中、敢えなく敗退する氷上くんの姿を見た時にはひどく胸が痛んだけれど、ただのクラスメートの私にはかけられる言葉なんてひとつも見つけられなかった。
 毎年開催されるクリスマスパーティー。「学校行事なんてめんどくさい」だなんてこと氷上くんなら絶対に言わない。そう信じて、お姉ちゃんに貸してもらったドレスとアクセサリーでめいっぱいにおしゃれして参加した会場に想像通りに氷上くんはいた。
 黒地にピンストライプのスーツ姿はトレードマークになったオールバックの髪型と銀縁の眼鏡にもびっくりするほど似合っていて、見違えるようにかっこよかった。普段なら何とも思ってないような子たちまでがひそひそ噂しあってるのを耳にした時は、なぜだか誇らしい気持ちになったのをいまでもおぼえている。
「わあ、氷上くんかっこいいね」
 たくさんの参加者の中から忙しないようすで生徒会や風紀委員の仲間たちを探しては順に挨拶をして回る氷上くんを遠目に眺めるだけの私には、喉元までせり上がったありふれた言葉を伝えるチャンスはついぞないままだった。

 高校生の三年間なんてほんとうに瞬く間に過ぎて行く。はばたき山の雪が溶けるころには春が訪れて、進級した私は氷上くんとは違うクラスになった。
 話しかけるきっかけなんてちっとも掴めないまま、ついにはクラスまで離れて、これじゃあどうしようもない。氷上くんが挨拶運動で校門の前に立つ日を心待ちにしながら過ごすうちに、私はある変化に気付いた。氷上くんの雰囲気がいつの間にか、一年生の時よりもすこしだけやわらかくなっていたことに。その理由が何なのか、なんてことはすぐにわかった。このところ、よく一緒に帰っているあの女の子だ。
 お互いにクラスも部活も違うからすれ違いだって多いはずなのに、自転車通学の氷上くんが自転車を引きずってまで一緒に帰るだなんて、よっぽど一緒に過ごすのが楽しいんだろうな。氷上くんが彼女を見つめるまなざしや、すこし緊張した面もちの、それでいて穏やかにほころんだような声色はいつだってひどく優しい。
 いつでも人に囲まれて明るい笑顔を振りまいて、男女ともにいろんな人と分け隔てなく仲が良くて、まるで内側から光り輝いてるみたいに綺麗でかわいくて、学期末試験の時期がくるたびに氷上くんとトップ争いをしている彼女――高嶺の花、なんて使い古された言葉はきっと、あんな子にこそ相応しいのだと思う。 学園のアイドルみたいな彼女と優等生の氷上くんのことを不釣り合いだと噂する声だって聞こえてきたけれど、私はそんなことちっとも思わなかった。
 ねえ、あなたって本当に素敵な女の子だね。そりゃあ氷上くんだってあなたに惹かれるに決まってるよね? 伝えられるはずもない負け惜しみめいた言葉をのどの奥に飲み込みながら、私は小さくため息をこぼす。
 やっぱり今度のお小遣いであのリップを買おう、氷上くんは校則違反をするような女の子は嫌いなはずだから、せめてケアを頑張ってぷるぷるのつやつやの唇にするの。皮がむけてカサカサになった唇をそっと噛み締める私の横をすり抜けるみたいに、あの子は足早に通り過ぎていく。


 時間は誰しもに平等に、残酷に過ぎていく。
 体育祭では今年も当然のように氷上くんと彼女のペアが一位を取った。無様に転んで尻餅をつく私の横を、あのよく通るはきはきと力強い声での「右・左」が通り過ぎていった瞬間、どうしようもなく胸が高鳴った。
 テスト期間の間、中庭の木陰で微睡む氷上くんの姿を見つけた時には心臓が止まるような心地を味わった。午後の光にくるまれたその姿は神々しさすら感じて、こっそり盗み撮りをしたい衝動に駆られながら心のカメラに焼き付けるの必死になった。
 たちまちに夏休み期間がやってくる。図書館で、駅前で、花火大会で――勉強の合間の息抜きに氷上くんが姿を見せてくれるのを、私は必死で探した――それでも私はどこにも氷上くんを見つけ出せなかった。
「ねえ、氷上くんは忙しいと思うけれど、よかったらたまには息抜きに遊びに行ったりしてみない?」
 一言、そんな声をかける勇気なんて私にはかけらもなかった。

 あっという間にやってきた修学旅行。友達グループで回った自由行動の合間、おみやげ屋さんでひどく真剣な顔をして――それでいて、すごくうれしそうにストラップを選んでいる氷上くんを見た。氷上くんの手の中にあったのは、うんとかわいいパステルカラーの色違いの金平糖。
 すぐにわかった、あの子との修学旅行の思い出に選んだんだろうなってこと。

 あの子と私はまるで違う。持って生まれた容姿も人望も頭の良さも、そして何よりも、いろんな人と積極的に関わろうとする行動力が段違いだった。そりゃそうだよね、私が氷上くんならきっと彼女を選ぶに決まってる。わかってるよ、私は氷上くんと彼女の恋物語のエキストラに過ぎないことくらい。
 それでも、エキストラにはエキストラなりの矜持だなんてものがあるの。彼の人生の一場面にすこしでも良い画角で映り込みたいだとか、ほんの一言でいいから印象に残るせりふを話したい、だとか。

 二年目の生徒会選挙、一年目の敗退を物ともせずに氷上くんは立候補した。本当にすごいことだと思った、みんな、去年のあの姿を知っているはずなのに――それよりも何よりもまぶしく感じたのは、去年とは一八〇度違う角度から放たれた氷上くんの演説だった。
「みながそれぞれの夢や目標に向かって学校生活を過ごしていく上で生じる困難を解決出来るようにしたい」
 うろ覚えだけど、たしかそんな感じ――すこし頬を赤らめながら、それでいて、力強い野心を携えるように訴えかける氷上くんの姿は本当にびっくりするほどにまぶしくて、誰よりも綺麗だった。
 もう去年みたいに氷上くんにブーイングを向ける人、笑う人は誰もいない――みなが氷上くんの話に聞き入って、ほうぼうからは拍手が自然とわき起こる。
 満場一致で氷上くんが次期生徒会長に選ばれたその夜、何も関係のないはずの私は、ベッドの中でなぜだかすこしだけ泣いた。

 瞬く間に日々は過ぎていく。
 毎年恒例のクリスマスパーティー、万が一、氷上くんの目に留まってもおかしくないようにと目一杯おしゃれをしたけれど、褒めてくれるのは当然ながらいつもおなじみの女の子の友達だけ。
 仲良しの子たちは人気者の佐伯くんや、かわいくていい子だと人気ものな一年生の応援部の男の子と一緒に写真を撮りたいと張り切っていたけれど、いつもに増してますます綺麗でかっこいい氷上くんのことを必死に探しているのは私くらいだった。
 たぶん氷上くんの〝ほんとう〟の魅力に気付いている女の子はほんの少しだけ――私と彼女と、あともうひとりくらいはいるんじゃないかな? 同じく生徒会に所属している優等生な小柄でかわいいあの子とか。そう、たしか名前は小野田さん。
 すこしばかりの優越感と息苦しさ、相反する気持ちに引き裂かれるような心地になりながら、私は今年もまた、壁の花になったままクリスマスパーティーを終える。
 年が明けてすぐに友達と向かったはばたき神社での初詣では、当然ながら氷上くんのことをお願いした。
 氷上くんの夢が叶いますように。今年こそは少しだけでも氷上くんとの思い出が作れますように。
 二兎を追うものは一兎も得られない――厚かましいお願いなのはわかっている、それでも。エキストラの私にすこしでも出番が増えることを願わずにはいられなかった。

 進路指導の日、私のいまの成績でなら二流大学が妥当だろうと担任の先生から告げられた。
 少しでも氷上くんにふさわしい女の子になりたい一心で自分なりに努力してきたつもりの私は、すこしがっかりしたけれど、それでいて、なぜだか不思議な安堵感を覚えてもいた。
 だっていつも学年トップを争っているあの子と氷上くんはきっとふたり揃って一流大学に進学するのだろうから――これ以上見せつけられるのはこりごりだ、夢の時間には見切りをつけたほうがいいのだと、そう言われているみたいだと思った。


 奇跡にすがるのはこれで最後にしよう。そう固く誓った最後の一年間、やっぱり氷上くんと私の間には何の縁も生まれなかった。
 フォークダンスは直前でタイムアウト、夏期講習は当然違うクラス、思い切ってエントリーした学園演劇だって、私は裏方の小道具係で、舞台袖でお似合いのふたりをじっと見ているだけだった。
 ねえ氷上くん、「忘れた」なんて嘘でしょ? 氷上くんはあの時、自分の本当の気持ちを彼女に伝えたくなったんでしょう?
わかるよ、だって。ずうっと見てたんだもん、あなたのこと。
 涙が止まらない私の肩を抱いて、同じく涙目の友達はたくさん励ましてくれたけど、涙の本当の理由は結局言えないままだった。ごめんね本当に、それでも許してほしいの。この気持ちを大切にしていたの、私の胸の中でだけずうっと。


 あっという間に迎えた卒業式の日、卒業生代表でスピーチをする氷上くんはやっぱり誰よりも綺麗で、凛と力強く誇らしげに語る言葉に、ほうぼうから洟をすする声が聞こえてきた。
 わかるよ、氷上くんって本当に本当に素敵な人で、一年生の頃からは見違えるほどに成長したもんね? 誇らしい気持ちと寂しさ、その両方をない交ぜにしながら私はただ必死に涙をこらえる。だって、氷上くんが最後に見た私の顔が泣きはらした顔だったらはずかしいじゃない。

 卒業式を終えた後、いつの間にか人気者になっていた氷上くんはたくさんの人に囲まれていた。同級生だけじゃなくって、生徒会執行部や風紀委員で一緒に過ごしたのであろう下級生たちまで――ひとりひとりに丁寧に話しかけながら、それでも氷上くんは落ち着かないようすできょろきょろ周囲を見回している――すぐにわかった、あの子を探してるんだってことくらい。
 ようやく人並みが途切れたタイミングで、氷上くんはすぐさま走り出す。きっとわかったんだ、あの子に会える場所が。
 そう、何度も噂に聞いた海辺のあの灯台。卒業式の日に、心から想い合うふたりのために扉が開くのだというあの場所に違いない。
 検討がついたからといって、私には先回りなんて出来るはずもない。だって灯台で出会うのは運命を誓い合う恋人たちで――エキストラの私の出番なんてあるはずもないんだから。

 卒業証書を手にした私の横を、風のように氷上くんが走り抜けていく。
 ねえ、毎年の体育祭みたいだね? ちっともペースが合わなくって転んでばっかりの私の横を、息ぴったりのあの子と氷上くんが駆け抜けていくのが私は本当にうらやましくて仕方なかったんだ。
 運命ってあるんだね、ほんとうに。とってもお似合いで眩しいふたりのことを間近で見られた三年間は、私にとって何よりもの幸せな時間だったんだと思うの。
 うんと力強い潮風がせっかく早起きしてセットしたはずの髪をぐちゃぐちゃにする、がまんしてがまんして、それでもこぼれてしまう涙をまたたくまに渇かす。追い風の力を借りるように、運動が苦手なはずの氷上くんは、それでも夢中で海辺に向かって駆けていく。


 気になる男の子に掛ける言葉すら見つけられず、ぱっとしないままに瞬く間に過ぎていった三年間でした。それでも、私のこのかけがえのない青春の時間にはいつだってあなたがいました。
 きっと忘れないよ、大人になったってずうっと。

 ねえ氷上くん、私はあなたの青春の時間の立派なエキストラになれた?
 投げかけられない言葉を飲み込み、ゆっくりと深く息を吐く。あたたかくて息苦しいこの想いを一生の宝物にして生きていくことをあなたはどうか許してください、エキストラの私の、最後のわがままです。

 潮風の吹き抜けるこの日、私は三年間の片思いをこうして華々しく卒業した。





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はね学の卒業式後に友達といったカラオケで泣きながら「Stay」を熱唱後に友達に「私実は氷上くんが好きだったんだよね」「うそ! 私もだよ!?」と告白しあったないはずの思い出が蘇りました。
三年間素敵な男の子に恋をして素敵な友達との友情にも恵まれた高梨ちゃん(仮)の高校生活はこれはこれで幸せな時間だったのではと思います。
イメージソングはKANさんの「エキストラ」です。この世のすべての推しへの切なくも温かい恋心を胸に抱く人たちのイメソンとしておすすめです。