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mishiadd
2024-05-03 15:02:43
6886文字
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宮本伊織が魑魅魍魎コレクション・その肆
魑魅魍魎が集ってくるけど結局一番怖いのは宮本伊織だといいなあ、という小話。
肆:武家屋敷の一家惨殺事件解決を頼まれた名探偵宮本伊織と付き添い兼助手のセイバーと宗矩殿の話。【話の主軸ではありませんが初っ端から柳生秘剣帖の重大ネタバレがっつり含みます】
役人連続辻斬り事件は御上の判断により適切な「処理」をされ、一応の解決をみた。すなわち、事件自体がなかったことにされた。
とはいえ、実際に事件解決に奔走した者の間では、
誰が
それを解決に導いたか
――
というのは、火を見るより明らかである。というか、「実際に事件解決に奔走した者」というのは助之進と伊織のことで、そして助之進にとっては以前より頼みにしていた相手が
こういった
類の事件にも強い、ということがわかったという次第である。
こういった事件
――
すなわち、捕り物である。
「
――
というわけで、助之進からの今日の依頼は
これ
だ」
ぺら、とセイバーの目の前になにやら長文の書きつけられた紙を広げて、伊織が言った。
ふむふむ、と半ばまで目を通したセイバーが、がさりと乱暴に伊織から紙を奪い、そして憤慨する。
「待て待て待てーい! いつもの仕事から突然工数が増えていないか? 怪異やごろつきと三回程度戦闘して完了するような仕事量に到底見えないのだが」
「その分の礼は弾むと言っていた。上にも話を通しているとのことだ。とにかく現場へ行って顔を見せれば、後は自由に見て回れる手筈だと」
「それ、本当だろうなあ
……
」
むうう、とセイバーが頭を掻きむしる。その片手から紙を取り戻して、伊織が言った。
「
――
とある武家屋敷で一家惨殺事件が発生した。殺されたのは当主である大殿、その妻、長子である若殿、次男、それと大殿の母親
――
すなわち妻の姑の五人。
町に使いに出ていた三男だけが難を逃れている。
……
そして」
助之進の書きつけの紙を広げ、なにやら図の描かれた箇所を指さした。屋敷の見取り図である。
「五人が斃れていたのが、この大広間。四方は縁側に囲われており、事件当時はそれぞれの方角に女中や庭師などいずれかの使用人がいた。
大殿らの叫び声を聞き女中の一人が大広間に駆け込んだ時には既に五人とも無惨な姿で転がっており、下手人の姿はなかった」
「つまり」
「
――
広義の『密室』といえる」
ふむ、ともっともらしい顔でセイバーと伊織が顔を見合わせる。しばしのち、耐えきれなくなったようにセイバーが噴き出した。
「ばかばかしい」
「ほう?」
興味深げに伊織が先を促すと、頭の後ろで両手を組んだセイバーが長屋の天井を仰いだ。
「きみなあ、そもそもスケノシンがこんな仕事をきみに持ってくるようになった事件の下手人を忘れたのか。この世ならざる『英霊』だぞ。
――
そうだな? ヤギュウよ」
呼ばれて、するりとその場に立ち現われる人影がある。宗矩だった。特に悪びれた様子もなく、鷹揚な笑みを浮かべている。
その姿を見て軽く鼻で笑い、セイバーが伊織に向き直る。
「『密室』がなんだ。私でさえ霊体化して壁抜けができる。その情報にはなんの意味もないな」
「
……
いや、そうとも限らないな」
「なんだと?」
ふむ、と顎を撫でた伊織が、セイバーと宗矩の顔を交互に見た。
「儀の関係者、儀に呼ばれた者、この世ならざるものを知る者
――
俺達のような立場の者は、むしろ
密室という状況になんの意味もない
ことを知っている。
であるならば、わざわざ密室という状況を作り出すために苦労したりしないし、むしろそうすることを避ける筈だ。そんなことをすれば、却って下手人のアタリをつけられてしまう」
「ほう」
にこにこと微笑むばかりで言葉を発していなかった宗矩が興味深げに相槌を打つ。伊織が続けた。
「わざと自分に目を向けさせたい意図でもない限り
――
この事件の下手人は、
こちら側
とはなんの関係もない、ただの人だ。
であれば、地道に洗っていけばやがては辿り着くこともあるだろう」
「では、やることは決まったかな、伊織殿」
「ああ。
――
これも仕事だ、セイバー。これを解決すれば明日の米が買えるし
――
下手人がいるとわかっていて野放しにしておくのも、人の道に悖る」
「わかっている。別に反対などしていないし、どちらの理屈もわかっているよ、イオリ」
はいはい、と軽く手を振り、セイバーも重い腰を上げる。がらがらと長屋の戸を引きながら、ふと伊織に言った。
「夕餉までには解決するのだぞ、イオリ」
「わかったわかった」
伊織とセイバーと宗矩の三人で、のこのこと指定された武家屋敷へと向かった。
◆
つい先日まで指名手配されていた顔を見た同心らは一瞬ぎくりとしたが、ややあって上からのお達しを思い出し、しぶしぶながらも伊織らを事件のあった大広間へと通した。
遺体はそのままに寝かされており、畳や襖に飛び散った血痕もそのままだった。その凄惨なありさまを目にし、伊織は押し黙り、宗矩は「ほう」と顎を撫でた。
遺体のひとつに近づいたセイバーが見下ろし、「汚いな
……
」と呟いた。
「得物は刀だろうが、随分へたくそだ。きみ以下じゃないか、イオリ」
「
――
いや、違うぞ、セイバー」
「うん?」
「いや、さすがにこれに比べればきみの方がまだ
――
」と言いかけたセイバーを遮り、伊織が言った。
「確かに剣筋は鈍い。だがそれ以上にこれは、
わざと急所を外している
。出血量がやたら多いのもそのためだ」
「わざと? そんなことをする者がいるか?」
「急所を外すことで、敢えて苦痛を長引かせている。長年積もり積もった怨恨か
――
」
「
そういう趣味
か。よな、伊織殿」
宗矩の言葉に、「
……
ああ」と伊織が頷いた。セイバーが嫌気の差したように顔をしかめた。
「悪趣味な。私はそういうのは嫌いだ。殺すならひと思いに殺すのが誠意というものだ」
「
――
俺も、あまり好きではないな」
伊織が呟き、改めて遺体を見下ろす。
「無駄や余分が多い。
――
この剣は、研ぎ澄まされていない。あまり好きな剣ではない」
「イオリ」と途端に気遣わしげに声をかけたセイバーに、ぱっと伊織がいつもの穏やかな顔を向ける。
「一通り見て回ったら聞き込みをしよう。事件当時に屋敷にいた使用人たちは皆、庭に集められている筈だ」
残りの四つの遺体も一通り検分し終わったのち、三人は大広間の外に出た。
庭には六人程の男女と、ひとりの少年が立っていた。
並んでいる右から一通り話を聞いていき、最後に場違いな少年の番になる。伊織はやや腰をかがめて少年と目の高さを合わせた。その隣で、伊織よりも先にセイバーが少年に声をかける。
「きみが、『町に使いに出ていた三男』だな?」
「
――
はい」
震える声で返事をし、少年が俯く。
伊織と顔を見合わせたセイバーがかけるべき言葉を探し、やがて「
……
きちんと食べて、きちんと休むのだぞ」とだけ告げた。
同心に告げて全員を解散させたあと、「ああ」と思い出したように伊織が使用人のうちの一人の後を追った。
「どうした、イオリ」と慌てて更にその後をセイバーが追う。宗矩が悠々と後に続いた。屋敷の外に出た大通りで目的の使用人を捕まえた伊織に、セイバーがようやく追いつく。
「イオリ! きみ、急にどうした
――
」
「急に呼び止めて申し訳ない」
伊織が使用人に突然頭を下げる。「えっ」とその仕草に面食らい、セイバーの動きが止まる。
「まだ少し、貴殿に訊きたいことがあって」
おどおどとした口調で伊織が言い縋る。
きょときょとと目線を彷徨わせ、ほとんど背丈の変わらない相手に対して、下から見上げるような仕草で尋ねた。
「貴殿
――
は恐らく、ここの用心棒だと思うのだが」
「それがどうした?」
「その
――
今回、護衛対象が五人も殺されて
――
」
「なんだテメェ。俺の仕事にケチつけようってのか」
「そ、そういうわけでは」
言い淀む姿がまるで怯えているように見える。伊織に一歩踏み出した男ががなり立てた。
「まんまと雇い主をまるごと殺された無能だって言いてえのか? おう、文句があんならその刀で物申してみろや」
「すまん、そういう意味では」
「ったく。てめえみたいなのを相手にしてたって仕方ねえや。こちとらまた雇われ先を探さなきゃなんねえんだからよ」
「邪魔をして悪かった。もう、行ってくれ」
「てめえに言われるまでもねえ」
踵を蹴るようにしてその場を去っていく用心棒の後姿を伊織が黙って見送る。
完全に男の姿が見えなくなったところで、「
――
今のはなんだ、イオリ!」とセイバーが喚き散らした。
「なんだなんだ情けない! あんなきみの姿は見たことがないぞ!
――
というか、本当にどうしたんだ、イオリ? どこか具合が悪いのか?」
「大丈夫か、イオリ?」と最後の方はすっかり声の小さくなったセイバーが、心配そうに声をかける。
その顔を、伊織が見下ろす。
――
なんのことはない、いつも通りの、冷ややかともとれる無感情な顔だった。
「この『密室』は、使用人たちが全員無辜であること前提で成り立っている。であれば、使用人が下手人である可能性も潰しておかなければならない。
――
その使用人たちの中で、刀をまともに扱えそうな者は今の男だけだった。
今回の下手人は、相手をいたぶることを好む嗜虐心の強い可能性がある。
――
いたぶるのに最適な格好の獲物を見ても、特に関心を示さなかった。
今の男はシロだ。行かせて構わない」
「
……
きみ、試したのか」
「瞳孔の開き、声の調子、体幹のわずかな揺らぎ。全部シロだ。今の男は何も知らない。
――
であれば、屋敷の中に戻ろう。別の線から探らなければ」
すたすたと屋敷に戻っていく伊織と宗矩がすれ違う。立ち止まったまま伊織を見送る宗矩に、セイバーがもの言いたげに歩み寄った。宗矩が感心したように言う。
「
――
ふむ。やはり伊織殿はとてもよい」
「よくな
――
いや、よいのか? よいのかなあ
……
」
「私は、イオリのもっと違うところが好きだ」と誰にともなく喚き、「いや、でもあれもまたイオリで
……
」とぶつぶつ呟いた。
ははは、と笑う宗矩に促され、ようやく伊織を追って屋敷の中に戻っていく。
◆
再び大広間に戻ってきた伊織は、もう一度五人の遺体を検分し直した。やがて、ひとつの遺体の前で立ち止まる。次男の遺体だった。
中に入ってきたセイバーが伊織に近づき、「どうした?」と尋ねる。膝を折って屈みこんだ宗矩が「ああ」と頷いた。
「この骸だけ
違う
。そういうことだな、伊織殿」
「ああ」
伊織が頷く。その場にしゃがみ込み、遺体の胸を指さした。
「急所を一突き。剣の技それ自体に大した差はないが、他の遺体と違っていたぶることなく急所を捉えている。
――
ふむ」
伊織がかたちのいい顎を撫でる。「
――
ちょっと低いか?」と呟いた。
「低い?」
問いかけたセイバーに、「ああ」と伊織が答える。
「心の臓より、少し低い。むしろ、ここまでようやく届かせているように見える。まるで、頑張って背伸びをしたような
――
」
はた、となにかに思い至ったように、伊織が呟いた。
「『使用人』、か」
すっと立ち上がった伊織が「戻ろう。セイバー、宗矩殿」と声をかける。何も言わずに微笑んで立ち上がった宗矩に比して、セイバーが「なんだと!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「戻るのか!?
――
下手人は!?」
「もう夕餉の頃合いだろう。『夕餉までに解決せよ』と言ったのはおまえだぞ、セイバー」
「いやそれはそうだが、それは言葉の綾というもので」
「ここの同心らにはなんと告げればよいのかな、伊織殿」
「ああ」
穏やかに宗矩に問われ、伊織が頷く。
傍にいた同心のひとりに近づいて、伊織が何事か告げると、「ええっ」とこちらも素っ頓狂な声を上げた。やがて、「急いで委細を調べよ! 骸を運び出せ!」と慌ただしく指示を出した。
それを尻目に、「さあ、行こう」と今度こそ伊織が告げた。
◆
夜風が吹いていた。
細く鋭い三日月が闇夜を切り裂くように浮かび、大通りには濃い闇が落ちる。
物陰を縫うように移動する小さな人影がある。その行く手を遮るように、すらりとした人影が立ち現われる。
小さな人影が息を飲む。物陰からわずかに体がはみ出していた。月明かりに顔が照らされる。
――
武家屋敷の三男だった。
「
――
あの」
ぽつり、と震える声で呼びかける。人影もまた、月明かりに照らされて姿があらわになる。
少年が昼間に一度だけ顔を合わせた青年
――
宮本伊織だった。
昼に連れていたふたりは一緒ではないようだった。伊織ひとりが、背筋をぴんと伸ばして大通りの真ん中に立っている。
「事件
――
は、解決したって聞きました。お兄さんが、下手人を暴いたって。
――
僕の、二番目の兄上だったって」
「ああ」
「ありがとう、ございます。
――
それで、僕、先を急いでいて」
「次男は下手人だった。それは間違いない。
――
だが、下手人がひとり、とも決まっていない」
びくり、と少年が大きく体を震わせる。
唐突に駆け出し、伊織の横を抜けていこうとする。まさに伊織とすれ違おうとした瞬間、まったくの『無』であった筈の闇の中からぬらりと人影が現れ出でた。手甲を嵌めた手で、優しく抱き留められる。
少年の肩を抱いたまま、宗矩が柔和な笑顔で「伊織殿」と先を促した。
伊織が少年に向き直り、控えめな、優しい笑みを浮かべる。言った。
「
――
いい太刀筋だった」
少年が息を呑む。宗矩が彼の肩から手を放したが、もう身じろぐこともなかった。
伊織に訴えるように、少年の口から言葉が溢れ出る。
「以前からおかしな兄でした。
僕は三男ですからお屋敷の中でも他の使用人とほとんど変わらない立場なのですが、上のふたりは立派な後継ぎでしたから。それでも、二番目の兄上の様子はずっとおかしかった。
そこらで拾ってきた犬や猫を、試し斬り
――
したり。でも、兄上がそういう気質だっていうことは、家の外には漏れないようにしていたんです。外聞、悪いですから。
だから、兄上もずっとそのまま、ここまで来てしまって
――
きっと途中で、誰かが何か言ってあげなきゃならなかったんです。でももう、全部遅い。
――
僕、町に買い出しにいった帰りだったんです。父上の叫び声、聞こえて
――
大広間入ったら、二番目の兄上以外、全員倒れていて。刀を持った兄上が、笑いながらこちらに向かってきて。
それで
――
傍に落ちてた一番目の兄上の刀、借りて
――
」
「『刀を扱える使用人』はもうひとりいた。ということであったのだな、伊織殿」
満足げに目を細めた宗矩が伊織に確認する。
伊織が頷き、少年の頭をぽんぽんと優しく撫でた。囁くように言った。
「ひとりでよく頑張った。偉かったな。とても、偉かったよ」
少年が言葉に詰まる。やがて、嗚咽と共に大粒の涙が零れ落ちた。
ひとしきり泣いた後、少年は尋ねた。「僕のこと、同心に言いますか。
――
それでも、構いません。僕がやったことに間違いありませんから」。
伊織が軽くかがんで少年の手を取り、ゆらゆらとあやすように握った。
「いいや、言ったりしないよ。言ったところで結果は同じだろう。きっと罪には問われない。
――
それよりも、早く忘れてしまうことだ。
これからどこか遠くに行くなら、好きなところへ行くといい。すべて忘れて、これからは己の好きなことをするといい。
――
ただ」
ぴたり、と少年の手を揺らしていた手が止まる。
なんら変わらぬ優しい口調のまま、伊織が言った。
「とても筋のいい剣だった。
――
そう、もし気が向くなら、剣の道に進むといい。そして、いつか戻っておいで」
――
ここに。
伊織の月夜を溶かし込んだような目を少年が見つめる。やがて、こくりと頷いた。伊織が手を放す。
少年が今度こそ伊織の横を抜けて大通りを走る。途中で足を止め、振り返る。また走る。振り返る。
――
やがて、闇夜に溶けていった。
◆
「戻ったのか、イオリ」と口いっぱいに米を頬張ったセイバーが、長屋の戸を開けた伊織に声をかける。
「夕餉の途中で急に出ていくから何事かと思ったぞ。行儀が悪いぞ、イオリ!」
「悪かった、悪かった。
――
御御御付のおかわりは? セイバー」
「要るとも! きみの分も一緒に温め直すといい! まったく、夕餉より大切な用事などあるわけもあるまいに」
ぶちぶちと文句を言うふりをしたセイバーが、やがていたずらっぽい笑みを満面に浮かべた。
「無事事件も解決したからな! これで明日の米も安泰ということだな、イオリ!」
「ああ、そうだな。
――
しまった、助之進に報告しそびれていた。
……
御役所では既に事件解決という報が入っているかもしれない。
しまった、俺達が解決したということを証明できなければ、もしかしたら謝礼が」
「きみ、なんだと!?」
セイバーがあたふたし始め、伊織が静かに絶句する。御御御付の入った鍋は吹きこぼれ始めている。
――
夜は、賑やかに更けていった。
了
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