なろ
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海の家

付き合ってる(!)🍱🔥が海おデート中に売店にきた話。バイトのモブ目線。

からん、からんと店の入り口で風鈴の硝子が涼しげな音を立てる。手元の塊を電動式のかき氷機に突っ込むと、それに似たような音が情けなく響く。端っこが溶け始めてたから、私の手のひらも、木製の机の上も、足元も、なにもかもがもうびしょびしょだった。
暑い。クソ暑い。夏、あっついな。マジで碌でもない季節だと思う。まあエアコンついてるんだけど。
広がる青い海の眩しささえが鬱陶しい。白い波、白い雲、まさに海水浴日和とは今日を指す言葉だと思う。サーフボードに乗った若者どもの歓声が、風鈴の下に引っ掛けたうっすい日除けの暖簾越しに聞こえてくる。その隙間から見えたきらきら光る波飛沫がたいそう綺麗で、そう、ほんと、いい天気で良かったですね。私は全然、良くないですけど。手伝いとかいう名目で休みを潰して働いてるの、ほんと、勘弁してくれませんか。平日だからかなんか客も全然来ないし、これ意味ある?帰っていいでしょ。
巨大な氷塊で塞がれたかき氷機のフタを無理やり閉める。バキ、みたいな不吉な音は聞かなかったことにして、店頭に並ぶ海水浴エンジョイアイテムの在庫を数える。少なくなっていた浮き輪を袋から取り出し、ポンプを踏みつけて膨らませた。
それで、私の仕事は終わり。かき氷機の前の軋む木製椅子に再度腰掛ける。お客さんが来るまで、弱い電波を頼りにスマートフォンを弄ることにした。たしか最近サブスクに新しいバンドが登録されていたから、それをチェックして時間を潰そうかと考えたわけである。

「すいません、やってますか」
何曲か耳へと音楽を滑り込ませた後、ちりんという音と共に暖簾をくぐって久方ぶりに小さな店に入ってきたのは背の低い少年だった。片耳に突っ込んでいたイヤホンを抜いて、席を立つ。
「はい、なんでしょう」
「かき氷と、あと飲み物が欲しくて」
同い年くらいかな、と思った。片目を隠した髪型がちょっと大人っぽく見せているだけで、もしかしたら年下かもしれない。
かき氷ですね、と復唱してシロップの瓶を並べたプラケースを引っ張り出す。かき氷機の中の氷って、なんで溶けるのが遅くなるんだろう。
「味はどうしますか?ここに書いてあるのしかないですけど」
……じゃあ、いちごとブルーハワイで」
ご所望のフレーバーを伺うと、相手は味なんてどうでもいいんですけど、というばかりの表情を顔面に貼り付けた。まあ確かに私にも違いなんてわからないけどさ、そんな面倒そうな顔をすることあるか。目付き悪いな。ガキかよ。中学生かな。
結局彼が選んだのはスタンダードとしかいいようのない2色で、私はそのふたつのボトルを引っ掴むと空いてる方の手で機械のスイッチを入れる。無愛想なガキンチョめ、しかも2つ頼むのかよ。がたがたとまた一瞬壊れたみたいな音がしてから、薄くなった氷が紙のカップに注がれ始めた。

「あと、飲み物でしたっけ?」
「あればペットボトルが良いんすけど」
「じゃあ、ここから選んでください」
客の物色用のクーラーボックスを指さす。その間に自分はカップをくるくると回転させて、削られた氷がバランスよく積まれるように注意をはらっていく。
少年がスポーツドリンクとコーラを一本ずつケースから取り出し、傍のタオルで水滴を拭き取ったところで、携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「あ。すいません、ちょっと電話出ていいすか」
シロップ選ぶだけで嫌そうな顔をしたくせに、電話をことわる良識はあるのか。電話が来ていたのは、私ではなく少年の方だった。悲鳴を上げるかき氷機から目を離さずに、はい、とだけ頷く。これ、今は私の方が礼儀ないかもしれない。
……おう。どうしたんだよ。お前、大丈夫か?」
電話に出た少年の声が今までと反してとても柔らかいものだったから、私はビビり散らかし、それからげんなりした。
彼女か。こりゃ彼女だな。どうせ浜辺のどっかで待ってるんだろ。なんだよ〜、おつかいかよ。
……え、マジで?頼んでいいか?悪いけど、持ってきて」
しかも彼女、来るのかよ〜。勘弁してくれ。
少年はそれから数回うん、うんとなにかに相槌を打って、通話を切ったようだった。肩から提げた小さなメッシュのポーチを開いて、ほんとだ、となんだか戸惑った声をこぼす。そこにスマートフォンを仕舞い込んで、それから私の座る机へと向き合い直した。

「シロップ、量とか希望ありますか」
「え、……えーと、じゃあ、青い方は少なめで」
いつもはそんなことを客には聞かず勝手にビシャビシャとかけてしまうところを、なんとなく沈黙が気まずくて尋ねる。言われた通り、ブルーハワイのシロップを控えめに回し掛けて、プラスチックのスプーンを端に挿し込む。
そちらに不備がないことを確認していちご味のボトルを手に取った時、入り口の風鈴が再度音を立てた。
「いらっしゃいませー」
目を向けると、立っていたのは薄手の赤いパーカーを羽織った成人男性だった。あんまり見たことない種族のミューモンだ。尻尾?が燃えているけど、こんなところに来て暑くないのだろうか。
けど、正直言って安堵した。このままだと少年の彼女が店内に入ってきて、イチャこくカップルと自分が対峙する光景にメンタルが抉られるところだったからだ。ここでの第三者の登場に助けられることは間違いない。

「ヤス!ほら、忘れんなよ」

いや、助からないんか〜〜〜〜い

青年は少年を見つけると、パッと顔を明るくさせて一直線にこちらに向かってきた。右手で差し出しているのは小銭入れだった。まさか少年、財布持ってなかったのだろうか。もうシロップ掛けるだけなのに、会計までどうやってやり過ごすつもりだったんだ。
「悪い。助かった」
「おい待て、これお前の分だけじゃねえだろ。オレが出す」
「は?ウゼェ、やだよ」
結局少年の横に並んだ男はかなりの高身長で、机上に並んだかき氷とドリンクを見て顰めた顔も随分と整っていた。まあ少年の方も、なかなか綺麗なお顔をしているんですが。年齢も身長も結構離れていそうだが、気安くタメ口で奢る奢られるの話をしている。従兄弟とかなのかな。その割には、さっき電話してた時の少年は相当嬉しそうだったけど。
「オレの方が歳上なんだからさあ、当たり前だろ」
「うっせ、その……わかれよ、バカ」
「はあ?なんの話だよ」
「折角アイツらにバレないとこまで来てるんだから、俺にもカッコつけさせろって言ってんだ!」
すこし声を荒げた少年の顔は、先程の仏頂面からは想像できないほど真っ赤だった。メチャクチャわかりやすいな。従兄弟じゃないわ、これは。そういうことですか。まあ、どこまで行ってるのかはわからないけど。

「あの」
室温によってペットボトルに張り付きだした水滴を拭って、声をかける。別に悪いことをされているわけではないけど正直ムカついてきていたし、はやく店を出て行ってほしかった。
家でやれ。いや、せめて外でやってくれ。
……お会計、分けます?」
「ああ、じゃあこれとこれで分けてくれ」
私の提案に青年は頷くと、ドリンク2本とふたつのかき氷の間に手で線を引くようなジェスチャーをした。そのまま、小銭を数枚トレーの上に並べる。ドリンク2本分の代金だった。
「ヤス、ほらじゃあオレがペットボトル買うから、お前こっちな」
……おう」
少年は渋々それより幾らか多い枚数のコインを財布から取り出し、横に並べた。にこにこ笑いながら見守っている青年は、やはりどちらかといえば少年の兄のようにも見えた。
「丁度ですね。ありがとうございました」
軽くお辞儀をすると、2人もありがとうございましたと頭を少し下げ、それから商品を手に取った。私のいるテーブルに背を向けて、ぴったりとくっついて出入り口へと向かっていく。

「お前、体調はどうなんだよ」
「はっ、治った」
「本当だろうな?怖えんだよ、こんなとこでぶっ倒れるとかやめろよ」
「治ったって」
「本当にか?」
「本当。なあヤス、オレそっちがいいんだけど」

コーラのペットボトルを押しつけて、青年がブルーハワイのかき氷を少年から取り上げる。いや、今気づいたけど、あのシロップの選択ってそういうことだったのかよ。色ですか。
「ふん、そうだと思ったぜ」
「なんだよ、気味悪いな」
「そっちの方が甘くないようにしてもらってある」
まじかよ、やるじゃねえか〜。
青年が燃える尾を少年の硬質なそれに絡ませて、爪先に引っ掛けたビーチサンダルを揺らしながら小屋の入り口の湿った木の板を踏む。
暖簾をくぐって出て行くときに一瞬見えた少年の横顔は入店時とは一転、いきいきと得意げで、それを認識した時本当に心の底から疲れを覚えたし、鈍い頭痛さえした。

ほんと、夏というのは碌でもない季節である。