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なろ
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ベイチモ号と亡失
✹がいなくなった後の🚀→✹の話。刑期が終わって街をうろうろしている🚀の独白
13が死んで、数年が経った。
いや、厳密には違うかもしれない。オレが直接確認できたわけではないし。けれど、いずれにせよもう彼と二度と会うことは出来ないのだから、そういうことにしてしまったって問題ないと思った。いわゆる、ショウキョホウというやつである。
幼稚で安易な結論をあっさりと導き出したオレの視界は、どうしようもないほど暗くて狭いままだ。強固な殻が割られることはついぞなく、あの眼の奥を求め、焦がれ続けて深海へと突き進んでいたはずなのに、オレはいつの間にか浅瀬に1人立ち尽くしていた。
闇が祓われた空は、今もなお遠く。一本道を示してすらいたあのセントエルモの火は消え、深緑の海面を照らすのはヒトが造る都会の光だけだった。
だけどそれは本当に本当の話で、13がいなくなった途端に行き先どころか向くべき方角も見失ってしまったのだから、オレはどうやら本物のバカだったみたいだった。
クソデカいショッピングモールの人混みで、親から急に手を離されてしまった子どもを思い浮かべる。オレは親になったこともないし、子どもの気持ちを理解しようとすることもないから、それで何かしらの解決策が出てくるなんてことももちろんなかった。ああ、でも、クソデカいショッピングモールだけは、一度5人で行ったことがあった。919は文句ばっかり言う割にやたらと買い物が多かったし、双子はフロア中を好き勝手動き回るし、13は何に使うのかわからない物ばかり買い、結局オレがそれを全て持たされるし。
やかましい思い出しか残っていないけれど、無いよりもずっとマシな記憶だった。なんのタイミングだったっけ。もう思い出せないけどさ、あれ、行っておいて良かったよな。いや、やっぱり良くねえわ。次が欲しくなっちまうから。たとえ世界がこれから一千回ひっくり返ったって、そんなことはありえないのに。いくら求めても手に入らない存在は、この世の中で1番最悪だ。
いずれにしても自らの「これから」と、永遠にたどり着けなくなってしまった13との決着に実感が持てず、オレは刑期が終わった後もあてのないまま、なんでもある街に留まって彷徨っていた。例のバーに近寄って入り口で踵を返してみたり、双子どもが再度働き始めたスタジオの手前まで行って看板を眺めてみたり、919の実家の神社を裏側から覗いて様子を伺ってみたり。当然周りからは不審な目で見られていたけど、残念ながらそれに腹を立てる気も起きなかった。
オレの中の激情、「渇望」が鈍ってしまったからというのもあったかもしれないけど、それよりも、いくらふらついていようが俺を咎める声が聞こえないこととか、どんなに意味のない行動を続けていても唐突に指示や命令が届くことがないこととか、そんなことばかりが頭の中を薄暗く覆っていた。
そういうわけでオレは今日も、3人のミューモンと中古で買い揃えた家電やら家具やらでギチギチのボロアパートを早朝に抜け出し、なんとなく目的地を思いつくまで、生きた屍のように歩き続けている。もう花のついていない桜の木々の下を歩いて、提灯も出店もひとつもない街道を横切り、自販機でまた最近リニューアルしたミネラルウォーターを購入する。
歩いて、彷徨って、揺蕩う。これじゃあ、ちょっと利口なだけのゾンビだと思ったら。むかし、そこでも昔の話でもないけど、船の中でそういう映画を見たことがあった。自分の存在意義を見失い、本能のまま歩み続ける。人に喰らいつくという目的を持っているだけ、あちらの方が今の自分よりかは幾分マシなほどだ。そう、水を買った時すら、オレはもうダメになっていた。ポケットの中に皺くちゃになっていた札を吸い込ませたまでは良かったけれど、膝下の小さな窓から釣銭をしゃがんで拾うことも面倒で、真ん中を大きく凹ませながらペットボトルだけを取り出して。透明なボトルに詰められた透明な液体の味とかその違いは、昔からよくわからなかった。13は改良だかなんだか言ってたけどさあ、こんなの、ただの水だろ。オレには、わからないよ。全部、わかんねえよ。
そう、わからなかった。いや、オレさ、オマエが最後何であんな行動をとったのか、本当にわからないんだよ。
どこに行ったんだろうなあ、それともどこにも行かなかったのか。なんだって、オレたちのことを置いていっちまったんだ。せめてオレだけでもいいから、連れてってくれなかったのかなあ。そんなにオレ、信用ないかね。ないか。
そりゃうるさいガキどもも、メンバー5人がいれば万々歳だったけど、たとえオマエと2人きりになったって、それでも闘い続けるつもりだったんだぜ。黒に染め切って、それはいいけど、オレの最終目標はそれじゃねえんだから。オマエのやりたいことを全部叶えてさ、その後はオレの番だったろ。オレがオマエのその中身をかっ開いてやりたがってるの、よく知ってただろ。
それなのに、13は戻ってこなかった。全て終わった時、海と空の切れ目から、憎たらしいほど美しい朝日が昇り始めるばかりで、オレの隣にはまるで最初からなにもいなかったみたいだった。
切れたことのなかったベースの弦が突然手元でぶつりと音を立てて、ああ、終わっちまったんだ、とそれでオレは1人で理解した。
後悔なんて、いったい何年ぶりにしたんだろうか。オレのことではあるけども、それを覚えている奴がいるとしたら、たぶんオレではなくオマエだった。
やっぱり、着いていけばよかったんだよな。そうでなくても、何処に、何をしに行くのか、きちんと聞くべきだった。ホウレンソウは重要だとか、13も言ってた気がするし。なんかその言葉になぞらえた大事なことが3つあるってまでは記憶に残っていたが、ほれも詳細は思い出せなかった。あれもまあ、そこそこ美味い野菜だよな、オマエも葉っぱ食うの好きだったからわかるだろ。
それとも草食主義のオレは犬ではないのだから、そもそも13の無言の「待て」に従う意味なんてなかったのか。どこぞのウサギよろしく、スタートダッシュをキメてその背中に追いつこうとするべきだったのか。
もしかしたら、13だって追いかけてほしかったかもしれないし。それはないか。今でも全然そうとは思えないわ。別に、オレがいなくても問題なさそうだったもんな。919も追い返されてたっぽいし。それなら言わせてもらうけどさ、オレも、今オマエがいなくても、それ自体はまったく問題ないわけよ。オレたちふたりの闘いに決着さえつけてくれれば、文句なんてなんにもなかったよ。
それともなに、海中で泡となって消えたかったみたいな、そんなロマンチストみたいな願望があったとでもいうわけ。それもないだろ。まさか、ないよな?オマエがそんな面白い思考回路を持ってたっていうんならさ、あらかじめ教えといてくれよ。オレの考えだけがいつだって筒抜けで、オマエの冷たい手のひらで馬鹿みたいに踊り続けて、なあ、そんなのってずるいだろ。
背後からやってきた陸風が、棒立ちの身体に纏わりつく。見下ろした黒い海面が、わずかに揺れる。都会の光を、オレの身体が遮る。
もうこの「海」にはなにもないことはわかりきっていた。それでも自分がもう一度、なるべく13の近くに行きたかったことにオレは気がつく。日も暮れた後に路地裏の幽霊をやめ、波止場の際までやって来たのはいいが、別に事態が好転するわけでもない。つがいかなんなのかは知らないけれど、仲睦まじげなカモメが二羽並んで頭上を通り抜ける。鳥って、夜も結構元気なんだな。灯台のライトが反射して、ぴんと伸ばされた翼がぼんやり光る。あんなに眩しかった黒船の閃光よりも、随分と明るく見えた。鳥目という言葉があるらしいけど、周りは見えてるのかね。まあ、少なくともオレよりは見えてるか。
オマエ、ほんと、本当に最悪なヤツだよな。あんな澄ました顔して、いや最後に見た姿は顔じゃなくて背中だったわけだけど。出会いが唐突なら、別れも唐突っていうわけですか。そうだよな、理には適ってるよな。べつに、顔と顔を合わせて挨拶するような中でもなかったもんな。オレが一方的に、宿命のライバルみたいに扱ってただけだし。オマエにとっては数百、数千の数字の中のたったひとつだったかもしれないもんな。
それでも、それでも惜しいんだよ。薄れたはずの「渇望」の奥で、オマエに出会ったばかりの、まだ若かったオレが叫ぶ。違う、こんな結末を迎えるはずじゃなかったって。求めて奪おうとして、届かなかったどころじゃない。それならまだ納得できることもあるかもしれなかったが、まだ伸ばせたはずの腕も、もっと駆け寄れたはずの脚も、こうしてしっかりとオレの胴体にくっ付いている。キレイに言えば、ベストを尽くせなかったというわけだ。不完全燃焼。ロケットウサギが悲しいね、とんだ笑い話じゃないか。
それでもあの時、これでオレの物語が「お終い」であること、使い切れなかった燃料を引き摺りながら、オマエ無しで歩いて行かなきゃいけないことがわかったんだよ。オマエに理解させられたのは最初に地下で出会った時以来、要するに2回目だ。悔しいなあ、次はオレの方がってずっと思ってたのに。生まれて初めてきちんと向き合ったあの朝焼けが両方のまぶたの裏にこびりついていてさ、こんなの一生かけたって剥がれてくれねえよ。
気づいた時には、なにもかもが遅すぎた。
勝って、負けて、奪い、奪われるとかそんなんじゃなくて、もっとなんか、そう、それ以前の話。結局オレの生き方や知識は地下街で拾っただけの付け焼き刃だったから、そこで育った頭は碌に回るようなものじゃなくて、オマエのその、13分の1にも満たないくらいのもので。だから、オレは間違いなくバカだったから、たった二文字の事実にもたどりつけなかったのだ。「渇望」と執着とそれを織り交ぜて、ひとまとめにして、ただイレギュラーな存在であるだけだと勘違いした。
13がどこまでオレのこの気持ちのことを観測していたかはもうわからないけれど、オレは、オレは。
オマエのこと、好きだよ。
ああ、ほんとうに好きだったんだぜ。
口に出すと、想像していたよりかすれた声が出た。1日ぶりに口を開いたからだ。そうじゃなきゃやってられない。
全部嘘だった。オマエがいなくても平気だの、決着さえついていればそれでよかっただの、全部嘘だよ。最初はそりゃそうだったかもしれないけど、オレだって生きてるんだから、ずっと最初のままではいられなかったんだ。全てを知っておしまいにするんじゃなくて、その上でオマエの横にずっと立ってるつもりだったんだよ。オマエも、13もそうであればよかったのに。オマエも、オレと一緒に変わってくれればよかったのに。
それから、これは13がオレに求めた「渇望」なんて感情ではなくて、もっと幼稚で、くだらなくて、ガラクタみたいな愛だったんだろう、と考えた。異常な熱さを持つ「渇望」に押し潰されたそれはオレからは見えなくなっていて、気づいていたであろう13は不要なものだとして指摘することもなかった。
オレ自身も存在に気づかず見てやろうともしなかったんだから、本当、手遅れってこういうことを言うんだろうな。今のオレは手も足も出せるっていうのにさ、出す先がもうねえんだもの。覆水盆に返らずって言うんだろ、こういうやつ。オレが地下から持ってきた器には、最初から水なんか入っていなかったけど。
足元で波がさざめく。灰色のコンクリートに白い飛沫が染みて、それから消える。
そのまま13の名前をちいさく呼んだけど、それも波に吸い込まれてどこかに行ってしまった。
そうだな、きっとオレは、オレのためにオマエのことが知りたかったんだよな。いや、13のことを力で捩じ伏せてやれたら、それはそれで良かったんだ。そちらが本当の目的であることは間違いでもなんでもなかった。歪な形ではあったけれど、それがアイツにとってのオレの存在意義で、オレ自身も生きる意味であると思っていたぐらいだから。
でも、でもさ、本当に13のこと、なんにも知らねえんだよ。好きな食べ物も、好きな言葉も、好きな歌も、嫌いな相手だって知らない。ケチ臭いことしてないで、どっかでさ、一対一で質問コーナーとかやってくれれば良かったのに。あの心地いい低音で、オレの個だけを認識して、その瞬間だけはオレのこと以外は脳内から追い出して、オレの質問に答えてほしい。それでついでにさ、オレの名前を呼んでほしいよ。151でも、それより前のやつでも、どっちでもいいから。ほら、オマエは唯一施設に来る前と後のオレを両方知っているヤツだし。どうせなら、どっちの名前も呼んでくれたっていいんだぜ。
ずるいよなあ。オレは、13のそれ以外の名前を知らない。オレの「昔の名前」であったり、919でいうところの「本当の名前」が存在しているかさえ知らないし、もうこの先知ることもない。これはやっぱり、うっとおしがられてでももう少し踏み込んでおけばよかったのか。でも、たとえオレの話を聞いてくれたとしても13自身のことを聞いたら「無意味だ」ループで躱されるとも思った。今この瞬間はそのやり取りすら恋しく思えてしまうけれど、13への好意を自覚していないころの自分にはもどかしくて、まどろっこしくて、ストレスに違いない。じゃあ質問コーナーはなしだ、やっぱりオレたちは拳で語り合うべきだった。けれどこれだって全部想像の話だろ、そう、キジョウの空論。オレが知っている難しめの言葉は、みんな13の受け売りだった。
もっとはやく気がつけば、なんとかなったのかね。
不意打ちでもなんでもいいからアイツの喉元にかみついて、あの瞳をゼロ距離でまじまじと覗いてやればよかった。
そうだ。さっさと食っておけばよかったんだ、情報戦、頭脳戦だなんて、オレにはやはり向いていなかったのだから。
刹那主義のウサギはカメに勝てないんだって、いつかどこかの国の童話が謳っていた。実際、その通りだったのかもしれない。オレはあの仏頂面のウニに、結局負け越した。余裕を見せつけていたつもりも、木陰で休んでいたつもりはない。それでも一歩を踏み出すタイミングを逃したオレは、答えにはたどり着けなかった。
でもさ、この世界でそんなおとぎ話が現実になりうるっていうくらいなら、それならオレたちを宇宙にでも連れてってほしかったよ。奇跡がありふれたこの街で、オレたちにもそれくらいの展開があったってよかっただろ。13の産まれたころの話とか、オレたちが出会う前のこととか、オレが知らないことはあまりにも多かったけど、過去のことは関係ないと言っていたのはあいつの方なんだから、そのままでもいいでしょうが。そういうもの全部見ないフリをして抱えこんだまま、ふたりきりの宇宙で永遠に、くだらないことで競い続けたいんだよ。
この星の電波の届かない月面に旗を立てて、オレはウサギらしく餅をついてさ、ふたりで星の始まりとか、おわりとか、そういう果てしないものをいつまでも見届けたかった。オレは本当かあまり好きじゃねえけどさ、写真が多いからとめずらしくページを開く気になった、ライブラリの図鑑で見たことがあるんだよ。月には光の届かないとこもたくさんあるし、水が埋まってる場所もあるらしい。まあこんなこと13は勿論知っているんだろうけどさ。せっかくだから真空の、オマエの好きな寒くて静かなところにだって付き合うよ。オレとしては話したいこともやりたいこともたくさんあるけど、手合わせの時以外は隣で黙ってるから。途方もないほどの時間をかけて、この世の全てをオマエの口から聞かせてくれよ。
海岸沿いの道路を走り抜ける車の音を、よく出来た耳が拾う。数台続いた後に、また波の音が優勢になる。カモメはとうに見えなくなっていて、オレの周りにはなんの生き物も居ないみたいだった。もちろん、足元には何万の、何億ものそれがひしめき合っていることはよく理解していた。
ああそうだよ、何回でも言ってやるよ。この勝負、13の勝ち抜けです。オレの負け、清々しいほどの完敗。オレの戦績は引き分け何千回、勝ちが0回、負けが1回でフィニッシュ。なんだよ、せっかく勝ったんだから、挨拶くらいしていけよ。あいさつは大事ですって、研究所で習わなかったのか。いや習ってないか、オレも言われたことないくらいだから。すみません、やっぱりなんでもないです。
負け越したし、13はいないし、ミュージックファイターを続ける必要もなくなったわけだけど、オレ、これからどっちの名前を抱えて生きていけばいいんだろうか。151っていう名前の意味は、すでに失われつつある。でも、今のオレはあくまで151のつもりだし、とりあえずあの3人が呼んでくれる間はこのままにしておいていいか。その後のことは、その後のオレに任せちまおうかな。
深緑色の海面を眺めながらいろいろハリボテの思考回路で考えてはみたものの、お生憎様、13のことを追いかけて海に飛び込むつもりだけはさらさらなかった。今オレが死んだとして、13は褒めても貶してもくれないだろうし、たぶん迎えに来てくれることもない。最悪、死んでないかもしれないし。一生ここではない宇宙をすれ違いつづけて、お互い素知らぬところでフェードアウトしていって、それで終わり。寂しがりのロケットウサギは、もう誰とも会うことはできませんでした。そんなしょうもない、毒にも薬にもならない結末を迎えるくらいだったら、生き汚くともオレは這い蹲って歩き続けるべきだった。
でもやっぱり、オレはここではもう暮らしてはいけないだろう。背後の街の白い光は、オレにはあまりにもまぶしすぎるから。きっと、いまここに13がいたとしたら、彼も同じことを思ったんじゃないか。なんなら、真面目な顔をしてサングラスとか掛け出すかもしれない。
残念ながら、実はそれほど残念だとも思ってないけれど、もうこの街にオレの居場所は存在しない。919のように悪ぶっていても根本ではまともな感性を持ちあわせたミューモンのつもりはなかったし、659や661みたいにそれなりに誰とでも上手くやることができる協調性が自分の中に育っている気もしなかった。今までごまかし続けられたことだけでも驚きだ。ミューモンたちは数年経っても相変わらず脳内がお花畑で、この街のほとんどと面識がないオレにもある程度の便宜を図ろうとしてくれたが、結局オレが首を縦に振ることはなかった。
もちろん、やるべきことは終わらせたさ。まあ割り切れないヤツもいるかもしれないが、総合的に見れば後腐れはないはずだ。
だから、どうしようか。マジで、どうしようかな。今日はボロアパートに帰るとして、まあ近日中に行動を起こさないとまたタイミングを逃すことになると思った。あの3人はどうするんだろう。この街で上手くやっていけそうな気がするし、無理して連れて行く必要はないか。ああでも、自分がいなくなった後で勝手に知らないヤツ入れてバンドとか組まれたらやだなあ。それに文句を言える立場でもなんでもないけど、どうやらオレは案外あの空間を気に入っていたらしい。
とりあえず明日、この街の海岸線をずっと辿っていって、端まで到着してからまた考えることにしようか。それとも適当な船に乗って、どこか、誰もオレのことを知らない場所にでも行ってみようか。最終的に、本当に宇宙に飛び出すかも。それもいいか。銀河中でツアーを行うバンドもあるくらいだから、ロケットウサギがロケットに乗ったって何ら問題はないだろう。
それとも、誰もいなくなったPNMEに戻って、13の痕跡でも探してみようかな。嘘、やっぱりやめとくわ。知りたくもなかったことを知って後悔はしたくない上、そもそもオレに墓荒らしの趣味はなかった。もしまだ13のクローンとか残ってたら、あらゆることがややこしくなるし。たとえ出会えたとしても、あくまでそれは13の残像であり、オレが求めるものではなかった。
常に最適策を導き出してくれた奴はもういないので、すべての可能性を自問自答でめぐらせる。誰に話しかけているわけでもないけれど、ぶつぶつと声に出しながら情報を整理する。
ああ、どこかで聞いてくれているとかないかな、ないわ。そんなことは考えるだけムダだ。それでも、いくら自分のこれからに思いを馳せてみようが、頭の中心に居座っているのは一番よく見た仏頂面だった。
オレはさ、きっと、オマエと出会ってから別れるまでのことを一生、いや死んだ後だって覚えてると思うんだよ。それどころかたぶん、生まれ変わってもそうなんじゃないか。我ながら健気だよなあ、親の顔とか、最初に地下で世話になったおっさんのこととかは絶対忘れてるぜ。今でも正直怪しいし。
でもそこのところ、オマエは別にそうでもない気がする。案外、オレのことなんかとっくに忘れちまってて、なんかもっと重要視してたものだけに想いを馳せてるのかな。それ腹立つな、オレは全てを明かしたっていうのに。
だったらいっそ、なにもかも全部を忘れちまってくれよ。そんで、今度また始める時にはさ、ゼロからやり直せる可能性に賭けてみようぜ。
オレが新しく何かに生まれ変わったときに、そこにいるのは厳密にいえばオレではないし、もちろんいなくなってしまったオマエも世界中探したってどこにもいないなんてこともわかっている。そもそも今のオレたちがかつて存在した証拠なんてこの世の最果てにだって残っていないかもしれないし、ミューモンも音楽も今とは全く違う形になっていて、その「やり直し」すら許されないかもしれない。
だけど、未来のオレとオマエがそこでまた出会うことができるってのなら、もうそれでいいよ。今度はさ、オレがオマエのことを迎えに行くから。地下に居ればわかりやすくていいけど、広い海を探さなきゃいけないとかだったら苦労しそうだよな。
それでも、それでも見つけ出すよ。次はオレだけじゃなくて、2人にとっての運命的な出会いをしよう。
それからまずは横に並んで歩き出して、世界中を彷徨き回ってさ、反抗期の息子みたいなヤツと生意気な双子を見つけ出すんだよな。
全員で楽器と無い知恵を突き合わせてさ、ああだこうだ言いながら、ボロ船でダラダラどこまでも進んで行こうぜ。誰のためにもならない音楽をレコードに詰めて、ロケットに載せて、オマエが親近感を持っている、海の生き物の声と一緒に宇宙に打ち上げよう。
ああ、なんかもう、それがいいな。
オレたちのすべてが次はうまくいくのなら、それだけで十分だ。
しょっぱい。いやあ、こんなに塩っ辛いことあるかよ。
ここは海中でもなんでもないし、オレの唇について下ってきたのは自分の目から出てきたそれで、けして足元の海の水なんてものではなかった。左目の下に空いたみっつの穴が僅かに痛む。ここ、染みることなんてあるのか。今まで泣いたことなんてなかったから、気が付かなかった。強がりとかじゃなくて、本当に。
これもオマエは知っていたのかな。知っていたとしても、実際に経験したことはないか。じゃあこれも、次はふたりでやろう。
出会ったらオレたちはまず涙を流して、それから残りの3人を探して、思いつくことを片っ端から、あらゆることを全部やろうぜ。ビンゴ大会もゲーム大会も、アナログゲームも季節イベントも、全部やろう。今度はレフェリーは交代でやることにして、アイツが怒らないように家事も当番制とかにしよう。パンフレットに載せる写真を、みんなで撮りに行こう。ついでに、コンピュータの使い方や難しい言葉もまた教えてくれよ。
オレの頬をたどった水滴が、コンクリートに吸い込まれる。その様子を見ようと顔を下に向けると、次の粒は海の中に消えていった。同じ塩水ではあるのだろうけれど、同じ成分では構成されていない。
海水の中で、きっとオレの涙は異物だった。30秒後にはもうこの海のどこにも見えなくなって、ばらばらに分解されて、初めからなかったことになるような、そんなどうでもいい儚い存在。取るに足らない、霞のような一掴みの終着点。
それでも、13が成立し、それから還っていった場所に限りなく近いところに自分はたどり着いた。ゴールテープは切れなかったけど、来るところまでは来てしまったんだよな、そうぼんやりと思い至る。だけどこれ以上相手の側に寄ることは出来ないし、海の最果てで溶け合うことも出来ないし、ふたりの間に生まれた隔たりが永遠に解かれないこともわかっている。
海面を泳ぐ光が、ぼんやりと黄昏を帯び始める。
船出に相応しい、舌打ちしたくなるくらいによく晴れた朝が今日も近づいてきていた。
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