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たかさき
2024-05-02 01:25:26
16292文字
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いろいろなはじめて
FF7/ヴィンクラ/ R-18
94:小さいクラウド
ベッドの向かって左側、寝室のドアがある方向に眠るのはヴィンセント。
ベッドの向かって右側、寝室の奥、窓がある方向に眠るのはクラウド。
目を覚ますのはクラウドが先で、クラウドが起きる気配を見せてから目を覚ますのがヴィンセント。
朝の二人は大体そのようなもので、それはこの先変わることもないだろうと思われた、何気なく続くある日の朝。
クラウドは目を覚ました瞬間、違和感に気付いた。鼻先がむず痒い。何かふわふわふさふさしたものが顔の近くにあって、それは直観でヴィンセントのものではないと分かる。もしヴィンセントの髪だとしたらそれはもうちょっと硬質で、こんなふわふわとやわい感じじゃない。
瞬時に警戒態勢に入った体をばっと起こすと、途端に目に飛び込んできたのはふわっとした金色の塊。
クラウドの眼光鋭い目つきが、次第に?マークが飛び交って、小首が徐々に傾いでいく。
何だこれ。いつの間に。一体どこから、何のために。目の前の物体を凝視しながら、様々な疑問が頭を駆け巡る。
それはすやすやと寝ていた。あどけなく、無防備に。呼吸に合わせて体が上下している。つまり
……
これは物ではなく生きていて、小さくて、塊だと思ったのはまろやかな金色の髪の毛で、顔は俯いて見えなくて、小さい手がクラウドのガウンの袖を掴んでいて
……
。
「ん
……
?」
ごそ、と音がする。ヴィンセントが目を覚まして、同じように上体を起こしていた。そしてクラウドと同じく、クラウドとヴィンセントの間にある『もの』を怪訝そうな表情で見下ろしている。
眉根を寄せながら数回瞬きをした後、ヴィンセントはこちらを向いて言った。
「
……
産んだのか?」
このときクラウドは人生で初めて平手打ちというものを人に対して放ったのである。
* * *
淹れたてのコーヒーを口にして、ヴィンセントはつ、と顔を顰めた。その頬には先ほどクラウドが渾身の力で振りかぶった掌の跡がくっきりと残っており、口の端は赤く腫れて切れている。熱さが沁みるのも無理はない。
クラウドはコーヒーにミルクを注ぎながら、バツの悪そうな顔を向ける。
「だから、悪かったって
……
」
「いや
……
私が馬鹿なことを言った」
それはそうだけど、と声には出さずに呟いて、ダイニングテーブルにつく。
クラウドはいつもヴィンセントの対面に座るわけだが、いつもと違うのはヴィンセントの左隣に奇妙な三人目が座っていることである。
奇妙な三人目はミルクの入ったグラスを小さな両手で抱えて、さりとてミルクを飲むわけでもなく、じっと俯いてテーブルの表面を見つめていた。
その三人目を、クラウドとヴィンセントが不可解な目でじっと見つめている。
肩につくほどの長さの、プラチナブロンドの髪。半袖の緩いTシャツに、短パン。テーブルを見つめる瞳は、星の瞬く夜空のような深い青。
ヴィンセントがマグカップをテーブルに置いて、クラウドに尋ねる。
「で?
――
どう思う?」
問われたクラウドは渋面のまま、温くなったカフェオレに口をつけた。
「どうって
……
俺が知るわけないだろ」
「しかし、そっくりなどというレベルではないだろう。私にはお前と同じ顔に見える。違うか?」
クラウドは不機嫌そうに肩をすくめただけで、何も答えなかった。
二人の視線の先にいる奇妙な三人目は、先ほどから顔を上げようともしない。それでも、その不安げな表情を浮かべる顔がクラウドと瓜二つであることは明らかだった。
ただ一つ、歳の頃が大きく異なるという点を除いて。
ヴィンセントがその三人目の小さな肩にそっと手を置き、問いかける。
「名前を教えてくれるか?」
「
……
クラウド。クラウド・ストライフ」
「歳は?」
「6
……
7歳。この前、誕生日だった、から」
俯いたまま、クラウドと名乗った少年はか細い声で返事をする。その内容よりも、まだ変声期を迎えていない幼い声のほうが、ヴィンセントにとっては印象的だった。
不意に、がたん、と音を立ててクラウド
――
ヴィンセントの目の前に座る、大人のほうの
――
が立ち上がる。
不機嫌そうな顔のまま、この場から立ち去ろうとするのをヴィンセントが呼び止める。
「待て、クラウド。どこに行く気だ」
「どこって、仕事に決まってるだろ。タークスは遅刻しても構わないのか」
「仕事? こんな小さな子を放って行く気か?」
クラウドの片眉がぴくりと上がる。
「俺には関係ない。そんな奴、俺は知らない。誰かも分からない奴の面倒を何で俺が見なきゃいけないんだ」
「関係ないとしても、誰かが面倒を見なくてはいけないだろう。それにお前と同じ顔と名前の子どもを、果たして関係ないと言い切れるのか?」
「関係なんてあってたまるか、だから何で俺が
――
」
険悪な雰囲気になりかけたところで、ぐぅぅ、とのどかな音が響いた。
7歳だというクラウドが、俯いていた顔を更に恥ずかしそうに俯かせる。
ヴィンセントは穏やかな目を向けて、ふわふわとした金髪をゆっくりと撫ぜてやる。すると俯いたままの頬にうっすらと赤みがさしたのが分かって、ヴィンセントの口元にも自然と笑みが浮かんだ。それを見る大人のほうのクラウドはしかめっ面が加速していたが、大きな溜息をわざと聞こえるように吐きつつも、憤懣やるかたないといった感じでキッチンへと向かう。そしてテーブルに戻って来るなり、幼いクラウドの前に深皿を音を立てて乱暴に置く。その中にシリアルの入った袋をがさがさと振って入れ、小さな手からミルクの入ったグラスを奪い取って深皿へとびしゃりと流し込み、最後にスプーンをからん、とテーブルに放り投げる。
「食ったら買い物に行くぞ、7歳用の服なんてウチにはないからな。
……
アンタも上司に休むって連絡しとけよ」
そう言って今度こそ背を向けたクラウド(大人)に、ヴィンセントは満足そうに分かった、と頷く。
そのとき、幼いクラウドが、顔を上げた。
同じ髪の色をもつ、自身より大きい背丈を追いかける幼い目。
不安げな表情の中に、ひやりとした薄い氷の膜のようなものが浮かんでいるのを、ヴィンセントは何故か不思議と思わず、寧ろ納得する思いで眺めていたのだった。
* * *
クラウドの住む場所から歩いて程近く、メインストリートを抜けたところにある商店街へと三人は向かっている。
平日とはいえメインストリートの多くの人が行き交う中、クラウドはいつもより速いんじゃないかというスピードですたすたと歩いて行ってしまう。
「クラウド、もっとゆっくり歩いたらどうだ」
呆れたようにヴィンセントが声をかけてもクラウドは何も答えず、歩調を緩めようともしない。それは7歳の子どもがついていける速さでは到底なく、ましてや人混みの中である。幼いクラウドが覚束ない足取りで、向かってくる人々にぶつかりそうになるのを必死に避けながら、怯えたように自身の服の裾をきゅっと握っているのを見て、ヴィンセントはまたも溜息を吐いた。今朝から一体何度目の溜息だろう。そう思いながらクラウドの小さい手を裾から外してやり、革手袋をした手で柔らかく握ってやると、少し安堵したような目が見上げてきたので、またも何とも言えない気持ちになる。
それら全ての仕草が、表情は多くを語るのに口では何も言おうともしないところが、今共に住んでいるクラウドを想起させてならない。
どれほど非現実的であっても、過去のクラウドが目の前に現れて今まさに手を繋いでいるのだと考えてしまいそうになるくらい、この小さな子はクラウドそのものだった。握る手はあまりに小さく脆弱で、背中の毛がじりじりと逆立つような感覚が全身から湧き起こる。前方からせかせかと歩いてくる人々の群れが、まるでモンスターの一群のようにさえ見えた。
ヴィンセントはまた一つ溜息を吐いて、握る小さな手を自分のほうへと引き寄せる。
「ぅ、わっ」
クラウドが驚いたように声を上げる。ヴィンセントが手を引き寄せただけじゃなく、そのまま両手でクラウドを抱き上げたからだ。今まで彼が立っていた場所を、せわしい人々が通り抜けていく。抱き上げていなければぶつかっていたんじゃないだろうか。自然と険しくなる目で辺りを一瞥し、小脇に抱えられるほどの小さな体を片腕で抱え直すと、ヴィンセントは再び歩き始める。
「あ、あの、」
小さい手が焦ったように肩を掴んできたので、ヴィンセントは顔を向ける。視線を合わせると、彼は恥ずかしそうに俯いてしまって、何か言おうとしていた口を閉じてしまった。
だから、代わりにヴィンセントが口を開いた。
「このほうが早いし、安全だ。嫌か?」
少しの沈黙の後、目は逸らしたままでもふるふると小さい頭を振るのを見て、ヴィンセントは表情を和らげる。素直なのはいいことだと、さっさと先に行ってしまったクラウドにも伝えてやりたいものだ。
伝えたところで彼はもっと不機嫌になるだろうから言いはしないが、クラウドの不機嫌な表情はヴィンセントにとって愛すべきものの一つでもあったので、数十メートル先で腕組みしながら待っている彼に本当に伝えたらどうなるだろうと、ヴィンセントはゆったりと歩きながら考えていた。
* * *
クラウドはずっとむすっとした顔のまま、無言でフライドポテトを口に運んでいる。
買い物を終えた後、どうせだから外でランチを食べていこうという話になった。クラウドは実は以前からヴィンセントと一緒に行きたいと思っていた店があって、そこはどうかなと思ったりもしたのだが、通りを歩いているときに小さいほうのクラウドがあ、と声を上げてある店を見たのだ。それはファストフードのハンバーガーショップで、今のクラウドにとっては特に興味のある店でもなかったのだが、小さいクラウドが入りたそうな顔をしたものだからヴィンセントがではここにするか、とすんなり入ってしまったのである。勿論、それに異を唱えるような大人げない真似がクラウドにできるはずもなく、黙って後について入るしかなかった。
ニブルヘイムにはこんな店なかったしな、と何となく思い出したりもする。
小さい頃、テレビでよく見かけたこういう店に行ってみたいと思っていた頃もあったっけな、と。
だからまあ、それで自分を納得させて店に入って列に並んで注文の番が回ってきたときに、ヴィンセントは勿論、クラウドだってこんなファストフードの店など最近行ってなかったものだからさてどうやって注文するんだったかとメニューを見ていたところ、こちらがまだ何も言っていないのに店員がファミリーセットはいかがですかと言ってきたのだ。それならお子様に人気のチョコボのぬいぐるみキーホルダーもついてきますよと。
ファミリーって何だ。
クラウドが暫し言葉の意味を理解できずに呆けていた間に、ヴィンセントがではそれで、と言ってしまった。アンタ何勝手なことを。大体ハンバーガーなんか食べないだろアンタ。文句を考えている間にもお飲み物は何になさいますかと聞かれてクラウドは間髪入れずにコーヒーとコーラとバニラシェイクと口早に伝えてヴィンセントがお前は一体何を飲む気なんだと妙な視線を向けてくるのを無視していいから席を取ってきてくれと頼み、注文したものが出てくるまでの少しの間頭を空っぽにしてぼうっとするなどして、そういえばこういう店にヴィンセントと入るのは初めてだななんてふと思い、お待たせしましたという声に店員からファミリーセット(三つのハンバーガーとポテトとドリンクの真ん中にチョコボがいた)を受け取って席へ向かったところ、ヴィンセントが膝の上に小さなクラウドを乗せて髪の毛を優しく梳いて一つに束ねてやっていた。小さいほうはすっかりヴィンセントに気を許したようで、背中を遠慮せずヴィンセントに預けて時折上を向いては二人で訳の分からない視線のやり取りをしている。その光景を見て目がきっと細くなるのが自分でも分かる。何やってんだ。大体ここに来るまでもずっとヴィンセントに抱っこされてたし。自分で歩けよ歩けるだろ7歳なら。その一つ一つがどうにもこうにも腹が立って仕方なくて眉根がきりきりと寄っていくのを隠しもせずにトレイをテーブルにやや乱暴に置くとヴィンセントが顔を上げた。口元には穏やかな笑みが浮かんでいてそれにもまた腹が立つ。椅子に座るなりコーラのストローを噛むようにして吸い込むと、久しぶりの凄まじい甘味が喉でばちばち弾けて寧ろ爽快だった。
「クラウドのは、これか」
ヴィンセントが自分のコーヒーをそばに寄せて、残ったバニラシェイクを手に取ると、小さい生き物が両手を伸ばしたので手渡してやっている。
今呼んだクラウドとは勿論自分のことじゃなく目の前の小さいほうの名前であって、それもクラウドにとっては気に食わない。それは自分の名前だし、自分以外の訳の分からないものに対してその名前で呼びかけないでほしい。
「
……
ん?」
恨みがましい目で二人を見ていると、ヴィンセントが何か言ったかという風にこちらを見てきた。
「
……
椅子に座らせたらいいだろ。一人で座れるんだから」
「何かあったら危ないだろう。こうしていたほうが安全だ」
何かって、何だよ。こんな平和なハンバーガーショップの中で一体何が危険だっていうんだ。テロリストでも空から降ってくんのか。
突っかかる代わりに、黙ってフライドポテトをむしゃ、と齧る。機嫌は悪くても、久々に食べるポテトは美味しい。それでちょっと機嫌も直ってくる。こういう店にまたヴィンセントと来るのもいいな、なんてことを思ったりもする。
小さいクラウドも腹が減っていたようで、クラウドがポテトを食べ始めたのを見て、手を伸ばそうとした。しかしその手を止めて、ヴィンセントを見上げる。ヴィンセントが構わない、というように頷いてから、ようやく小さな手を伸ばした。ハンバーガーを手に取って、ぺり、と包み紙を外し、小さい口を開けてもふ、と頬張る。もふもふと口を動かすその端にケチャップがついているのを、ヴィンセントがナプキンで拭ってやっている。
そんなことまですんのか。アンタ、そんなに甲斐甲斐しい人だっけ。クラウドはまたも不機嫌な顔になる。頬杖をつきながら、うっすらと目を細めてヴィンセントと小さいクラウドの様子を見なきゃいいのに見続けてしまう。
ヴィンセントは静かにコーヒーを飲みながら、膝に座る小さいクラウドを見つめている。こんなんでも、傍目から見たら親子に見えたりするもんなんだろうか。
小さいクラウドがポテトをほくほくと食べている。続けて食べようとしたのを、何を思ったのか、後ろを振り向いてヴィンセントに摘まんだポテトを差し出した。ヴィンセントは微かに笑って首を振ったが、小さいクラウドがポテトを差し出したままだったので、諦めたのか何なのかその小さな手ずからポテトをぱくりと食べた。
クラウドは思わず手に持っていたコーラの紙コップを握りつぶすところだった。
さっきから一体何を見せられているんだ俺は。
そうしてクラウドは突如として思い出した。マリンが物凄くヴィンセントに懐いていたことに。いつの間にと(本気で)言いたいくらい、いつからかマリンとヴィンセントの距離が近くなっていて、マリンのほうは誰とでも仲良くなれる性格だからまあ分からないでもないが、ヴィンセントなんて子どもなど面倒くさいと言い出しそうな外見のくせしてあれで案外子どもに対する面倒見が何故か良くて、ていうか自分に対する面倒見の良さも実はそれなんじゃないかと疑ってしまう節まであって、それはもうクラウドの神経をこれでもかと逆撫でしたのである。更には子どもの面倒を見るがために自分が放っておかれているという事実もあって、それを気にしている辺り自分がこの中で一番子どもなんじゃないかとも思ってしまって、さっきからクラウドの神経がやすりでじりじりじりじりと削られていくような気持ちになっていたたまれないやら腹立たしいやら、とにかく不機嫌が絶不調へ傾いていたところだった。
「
……
あっ」
小さいクラウドの手からフライドポテトがぽろりと転げ落ちた。ぽて、と音もなく床に落ちたそれを拾おうとして、バランスを崩した小さいクラウドの体がぐらりと揺らぐ。
危ない、わけもない。ヴィンセントの手が小さいクラウドの体をさっと掴んで、両手でしっかり抱え直した。そして一瞬びくっと恐怖の表情を浮かべた顔に、柔らかくキスを落としてやっている。小さいクラウドが安心したようにヴィンセントにしがみついているのを見て、クラウドは一瞬差し出しかけた手を黙って引っ込めるしかなかった。
ヴィンセントがふと、こちらを見る。
「大丈夫だ」
クラウドは何も言わなかった。
心配したわけじゃない、なんて口にしたらさすがにヴィンセントも呆れるだろうとクラウドにだって分かっていたからだ。
* * *
「
……
疲れた」
はあ、と大きく息を吐き出して、クラウドはぐったりとベッドに寝そべった。
続いてベッドに潜り込んだヴィンセントが早々にベッドサイドのランプを消して、カーテンを閉め切った部屋にしんとした暗闇が落ちてくる。
ぎし、とベッドを軋ませてヴィンセントの体がクラウドに覆い被さるようにして横たわるのを待ち切れずに腕を絡ませると、額に、鼻筋にと唇が落ちてくる。目を閉じて唇を上向かせると柔らかく塞がれて、ようやく安心した気持ちになった。
静かな部屋にちゅ、ちゅ、と水っぽい音が何度も繰り返されて、その中に鼻にかかった甘い吐息が混じり出す。
早くその先に進んでほしくてわざとそうしているのに、ヴィンセントはキス以上のことをしてこようとはしなかった。
「ん、ンン
……
ヴィンス、はやく、」
「
……
クラウド、」
足を絡めてみてもヴィンセントの手が穏やかに頬を撫ぜるだけだったので、仕方なくクラウドは薄く目を開ける。
「ソファに寝かせたままで、良かったのか。やはりここに連れてきたほうが、」
「ソファで寝ちゃったんだから、別に良いだろ。それに起こしたら
……
かわいそう、だし」
ヴィンセントが気にしていたのはやっぱりあの小さな自分のことで、クラウドは今日何度目になるか分からない溜息をこれでもかと吐いて見せる。
といっても、クラウドの言ったことは決して意地悪とか、そういうことでもなくて。
買い物をしてハンバーガーを食べて、ついでにゆっくり散歩しながら家に帰って、軽い夕飯を食べて風呂に入って。そんな当たり前の一日を過ごしているうちに、クラウドにも訳の分からない腹立たしさ以外の情だってほんの少しは湧いて来てなくもないというのが本音でもあった。
買ってきたパジャマに着替えて、ハンバーガーショップでもらったチョコボを気に入ったのか一人でころころと遊んでいるうちに、小さなクラウドはいつの間にかソファの上でころんと眠りに落ちていた。ヴィンセントは起こして上に連れて行こうとしたが、クラウドが止めたのである。小さい頃の自分も寝つきが悪かったのを思い出して、起こすのはかわいそうだと本当に思ったのだ。
「
……
そうか」
心の内を読んだのか何なのか、ヴィンセントはそれ以上何も言うことはしなかった。
クラウドの顔を再び上向かせて、唇を重ねる。隙間から差し入れられた舌が、先ほどのような穏やかさではなく、ねっとりと煽るような動きを見せたので、クラウドも受け入れるように舌を絡ませる。口の端から垂れた唾液をヴィンセントの指が掬い取って、その指がそのまま口の中へと入り込んでくる。
「ふ、ンぅ、
……
ぁ」
節くれだった指でやわらかい口の内側をぐるりと撫ぜられて、それだけで背にぞくりとしたものが這い上がって、情けない声を出してしまう。目の前のヴィンセントの表情は楽し気で、それがまた羞恥に輪をかけるけど、やめてほしいとは思わなかった。
手首を掴んでその指を舐め上げ、すると喉の奥を擦られて、それだけで気持ち良さに酔っていると、唐突に指をずるりと引き抜かれた。
ヴィンセントの太腿がぐい、とクラウドの足の間に割り込み、片膝を高く上げさせられる。
唾液に塗れた指が身体の線をなぞり、開いた足の奥にずる、と入り込んで来る。
「んぁ、あぁ
……
あッ、あ、」
毎夜抱かれ、開かれる体が彼の指を拒むわけもない。そのためにも準備して濡らした中に、三本の長い指がいとも簡単に入り込んで、触ってほしいところに辿り着く。それはとても気持ち良くて、でももっと奥に気持ち良くなる場所を知っている体は、それを求めてうずうずとひくつき出す。クラウドがそれに手を伸ばそうとして、ヴィンセントの手に阻まれた。
「まだだ。その顔をもっと、見せてくれ」
「やっ
……
らぁ、ヴィ、セ
……
」
ひどい。何をされたいか、絶対に分かっているくせに。そう思っても、クラウドはヴィンセントにされるがまま、抗おうともしない。額がつくほど間近で見つめられて、寧ろ意に沿おうと口元を緩ませて見せた。
ヴィンセントはちらりと舌で唇を湿して、中に突き入れた指でぐり、と知り尽くした場所を抉る。同時に腹につくほどに勃ち上がったクラウドのものをもう片方の指で擦り上げたので、せり上がる絶頂にクラウドは堪らず目の前の体にしがみついた。喉を反らして、びくびくと体を震えさせながらヴィンセントの手の中に全て吐き出す。
せわしない呼吸が落ち着いて、震えの治まった体が弛緩してくたりと伸びるまで、ヴィンセントはずっとクラウドの顔を見続けていた。
溶けた頭で悪趣味だなと思わないでもないが、でもこれでようやく欲しいものが与えられると再び腹の奥が疼いたとき。
ヴィンセントがふと、視線を後ろにやった。
クラウドも気付いた。部屋の外、階段のほうから微かな音が聞こえたことに。
何を思う暇もなく、ヴィンセントはさっと汚れた手を拭い、乱れた服を整えてベッドサイドの灯りをつけ、するりとベッドから抜け出した。
その変わり身の早さにクラウドはついていけず、枕に顔をばふ、と押し付けて声には出さずにうーっと呻く。こっちはまだ腹が疼いたまま、満たされていないのに。それを言うならヴィンセントもそうなのだが、それにしたってこのタイミングは最悪で、なのにヴィンセントはそんな素振りも見せないのが余計に最悪だと体を丸めて枕に縋るしかなかった。
すっかり昼間と変わらない様相のヴィンセントが寝室のドアを開けると、小さなクラウドが階段を上って寝室へと頼りなげに歩いてきた。
ヴィンセントが手を伸ばし、穏やかな声をかける。
「どうした、起きてしまったのか」
「
……
ひとりは、いや」
その手を掴んで、ヴィンセントの足にしがみつくところを、クラウドは見ていたわけではなかった。
けれども、今にも泣き出しそうな声はいかにも幼く、嫌でも耳に入って来たので、ヴィンセントが抱き上げてベッドまで連れてきたのを拒むわけにもいかなかった。
聞こえないようにこっそりとまた溜息を吐いて、枕から顔を上げる。ベッドに小さな塊がぼふ、と置かれて、それ以上に大きな塊であるヴィンセントがぎしりとベッドをひずませて入って来たので、クラウドは仕方なくベッドの反対側の端のほうへと体をずらした。きっとこの幼い自分はヴィンセントとひっついて寝たいんだろうと思ったので。
しかし、意外なことが起きた。小さなクラウドはヴィンセントではなく、クラウドのほうへと擦り寄ったのである。遠慮がちにではあるが、クラウドの着ているガウンの襟を掴んで、そのままそこに顔を埋めてしまった。手にはよほど気に入ったのか、チョコボのぬいぐるみがあった。
「そこが気に入ったようだな」
ふ、とヴィンセントの柔らかい声がする。
そのまま灯りを消そうとしたので、クラウドは待ってと言った。安心したのか、もう寝入りそうになっている小さなクラウドを、自分の左側、ヴィンセントとは反対側のほうへと移動させた。自分が三人の真ん中になるようにして、消してくれ、と言った。勿論、ちゃんと小さなクラウドのほうを向いてクラウドは体を横たえた。ここでヴィンセントのほうを向いて寝るほどひどいことはできないが、せめてヴィンセントの体を背中に感じるくらいはしたかったのである。
再び暗闇が部屋におりてくる。
ヴィンセントの腕がクラウドを抱え込むように回されて、吐く息が項にかかるのを少しこそばゆいと思いながら、クラウドは不思議なほど安らいだ気持ちだった。
しかし、ヴィンセントはそうもいかなかったようである。
「クラウド
……
これは拷問に近いのだが」
「アンタのせいだよ。黙って寝なよ」
「
……
駄目か?」
「駄目に決まってるだろ」
尻の間に当たるヴィンセントの体がまだ固く熱を持っていることが分かって、寧ろ満足した気分で、クラウドは目を閉じた。
小さなクラウドはすうすうとあどけない寝息を立てていた。
* * *
朝、クラウドは一人ダイニングテーブルに座り、頬杖をついて何をするでもなくぼうっと壁を眺めている。
朝のコーヒーを淹れるのはヴィンセントの役割だから、飲み物の一つも口にしていない。
今日も仕事は休まなきゃいけないんだろうな。そんなことを考えている。
気分というのは不思議なものだ。ベッドで目覚めたときに、小さな塊がまだ寝息を立てていたのを見て、確かに最初は安堵に近い、ほっとした気持ちになったはずだった。しかし、自分を抱えていたはずのヴィンセントの長い腕が小さな塊に触れていたのを見て、何とも言い難いほど、嫌な気分が腹の底からじわりとこみ上げたのである。
ひとりはいや、なんて。そんな言葉、小さい頃であっても口にすることなど、できなかった。
だからヴィンセントが起きるのを待つでもなく、勿論小さな塊など見向きもせず、クラウドは一人寝室を出て、朝食を作るわけでもなくぼうっとしていたのだった。
あんな風に守られていた頃が、自分にはあったんだったか。確かにあったはずなのに、それはもうどこか遠くに行ってしまっていて、その感触を思い出すことができないでいた。
「おはよう、早いな」
暫くして、階段を下りてくる音が聞こえてくる。聞き慣れたいつもの音と、聞き慣れない僅かな音と。耳心地の良い声は、嫌な気分を洗い流すほどの力を持ってはいなかった。こめかみに軽くキスされて、おざなりに頬に返して。とことこと後ろからついてきたのをヴィンセントは椅子に座らせて、そのままキッチンへと向かった。
コーヒーが出てくるまで一緒に座って待っていても良かったのだけど、どうせ朝食を用意しなきゃいけないのだし、クラウドも椅子から立ち上がった。
といって、卵とベーコンとトーストなんてものを準備する気にはなれず、シリアルでいいかと棚から昨日と同じ袋を取り出す。ついでに食器棚から深皿を取り出して、ミルクも出そうと冷蔵庫を開けようとしたときだった。
小さいクラウドがキッチンまでやってきて、何か言いたげにこちらを見ていた。
クラウドは苛々とした気分をできるだけ抑えて、いつもの声に聞こえるように努めて言った。
「向こうで待ってろ、もう少しで準備するから」
「
……
、
……
」
小さなクラウドは何かを言おうとして、俯いてしまい、ぼそぼそと聞こえない声で言った。その様子にクラウドはつい苛々を隠せなくなって、声を荒げてしまう。
「何だ、言いたいことがあるならはっきり言え」
「
……
おかあさんの、」
小さなクラウドが顔を上げる。両手で服の裾をもぞもぞと掴み、俯きそうになる顔を何度も上げながら。
「おかあさんのごはん、たべたい」
言われて、クラウドは少しの間、動かなかった。
一つ瞬きをして、心臓が破裂するような痛みを訴えるまで、指先一つ動かすことはなかった。
「
……
クラウド?」
胸がどくりと弾けた瞬間、ヴィンセントの声は耳に入ることなく、クラウドは大きく足を踏み出して一気に距離を詰めると、小さなクラウドの肩を強く掴んで、突き飛ばした。
「クラウド!」
ヴィンセントの手が掴んだのは自分の肩で、何となく、良かったと思った。ヴィンセントが小さいクラウドに真っ先に駆け寄っていたら、自分はどうしていただろう。
ヴィンセントがはっと前を向く。突き飛ばされた小さなクラウドは、床に尻もちをついて、深い青の目を大きく見開いてこちらを見やっていた。そのまま泣き出すんじゃないかと思ったのだが、違っていた。
彼はぎっと強くクラウドを睨みつけたのだ。弾かれたように立ち上がり、そこに置いてあった深皿を手に取って、思い切りクラウドに投げつけた。
投げつけられた皿をキャッチするのはクラウドにとって造作もないことだったが、その後どうしたらいいのかは分からずに、茫然と立ち尽くす。
投げつけたほうは睨みつけたまま、大きく息をすると、顔をくしゃりと歪めた。そして背を翻し、部屋を飛び出して行った。
「
……
私が行く」
クラウドは動こうとしたわけではなかったが、ヴィンセントの手が押し留めるようにクラウドの肩を再度掴んだので、一歩も動けなかった。
部屋にぽつんと残されたのは自分一人だけで、足元にはチョコボのぬいぐるみがころんと転がっていた。
ヴィンセントの足が小さなクラウドに追いつくのは訳もないことで、通りに出たすぐのところでヴィンセントはその後ろ姿を見つけることができた。
しかし、小さな足は止まることなくクラウドの住むところから遠ざかろうとしていた。
ヴィンセントは一つ息を吐くと、その後ろ姿に駆け寄り、掬い取るようにして胸へと抱き上げる。
「やだ!
――
いや!」
彼は自分を抱き上げたのがヴィンセントだと分かった後も暴れ続けたが、ヴィンセントが手を離す気はないと分かったのか、逃げることはできないと観念したのか、それとも単に体力が尽きたのか、その全部か、暫くしてようやく手をばたつかせることはしなくなった。
肩で大きく息をする少年を見て、ヴィンセントは思う。こんな小さな頃から、クラウドの底に深く流れていたのは怒りなのだろうかと。怒りとやりきれなさに比べて、あまりに小さな手しか彼は持っていない。
「少し、散歩をしないか」
目を覗き込むようにして言ってみると、目を合わせることはしなかったが、やがて小さく頷いて首元に顔を埋めたので、ヴィンセントはその背中を撫ぜてやりながら通りを歩いて行った。
「
……
ここ、どこ?」
ヴィンセントが抱きかかえて歩き、時折はおろして一緒に歩きながら辿り着いたのは、昼過ぎだというのに薄暗い、淋しい場所だった。通りかかる人は一人としておらず、あるのは廃棄された列車がいくつも転がっているだけの場所。
「列車墓場と呼ばれるところだ。
……
怖いか?」
手をつないでゆっくり歩きながら、笑って問いかけてみると、彼は素直に頷いた。吹き抜ける風が奇妙な音を立てるので、その度に体をびくつかせて握る手に力が入る。
「大丈夫だ、私がいる」
立ち止まり、両手で抱き上げてやると、少し安心したように首元に抱き着いてきた。
恐らく、自分はこの存在を愛しいと思っている。ヴィンセントはそれを認めながら、とっ、と軽く飛んで、積み重なる列車の一番上へと飛び乗った。わ、と小さな声がするので、その背中をぽんと柔らかく叩いてやる。
列車の端に座り、膝の上に彼を乗せてやると、わあっ、と小さな歓声が上がった。いくつもの朽ちた列車が折り重なって横たわっているのはある種の美しさを含んだ、壮観な眺めだった。
二人は無言で、暫くその景色に見入っていた。不気味な雰囲気を持つこの場には不似合いなほど、そこには柔らかい空気が流れていた。
小さな少年は足をぶらぶらとさせて、興味深そうに遠くを見つめている。
後ろから抱きしめてやりながら、ヴィンセントは問いかけた。
「
……
クラウドのことが、嫌いか?」
返事はなかった。ぶらぶらとさせていた足がぴたりと止まる。遠くを見ていた目が次第に力なく俯いていく。
「すまない、聞き方が悪かったな。さっきお前にあんなことをしたのは、クラウドが悪いのだから」
もぞ、と小さな体が振り向いて、ヴィンセントにそっと抱き着いてくる。それを受け止めてやりながら、ヴィンセントは言葉を続けた。
「だから、今朝のことを聞いているのではない。昨日から見ていると、どうもお前はクラウドのことが苦手のようだ。それなのに離れるわけでもない。不思議なことだと思ってな」
小さな手が、ヴィンセントの体にぎゅう、としがみつく。
「
……
きらい」
「そうか。何故だ?」
「
……
、
……
ない、から」
「ん?」
ひく、としゃくりあげるのが聞こえる。
その背中を抱きしめてやる。大丈夫、安心しろというように。
「ゆるしてほしいのに、ゆるして、くれない、から」
喉をつっかえさせながら、震える声で少年は言った。その柔らかな頭を抱えて、キスを落としてやる。
ヴィンセントは自嘲的な笑みを浮かべた。こんなことを言う資格は私にはないのだがな、と胸中でひっそりと呟いて。
「自分を許すことは、最も難しいことだ。許しは他者からのみ、与えられるものなのだから」
クラウドはとっくに許されているというのに。それを気付かせるには、どうしたらいいものなのか。
ひく、ひくとしゃくりあげる背中を撫ぜ続けながら、ヴィンセントは少しの間、黙考する。
「では、最後に聞こう。
――
お前は、どこから来た?」
はっとしたように、少年は顔を上げた。くしゃくしゃに崩れた顔は涙でたくさん濡れていた。
ヴィンセントは慈しむようにその涙のあとを拭い、小さな頬を繰り返し撫ぜた。
「わかんない、
――
わか、んない
……
」
「そうか
……
」
震える小さな体を、もう一度抱き寄せる。左手で背中をしっかりと抱いて、その頬に口づけた。
「何も怖くはない。目を閉じていろ」
「や
……
こわい
……
こわいよ
……
」
「大丈夫だ。私が最後まで、お前のそばにいる。必ず」
ヴィンセントはその言葉を耳元で繰り返した。小さな体の震えが治まるまで、何度も。
ほんとうに、そばにいてくれる?
微かな声が震えに混じって聞こえた。
だからヴィンセントは、本当だ、と約束した。
やがて震えが治まって、体の全てを預けるようにして首元に顔を埋めたので、右手に持つ銃を小さな頭のこめかみにそっと押し当てた。
* * *
クラウドはそう遠くない場所から鈍く響き渡った音を聞いて、急いでいた足を止めた。
きっとヴィンセントはこの場にいる自分を見つけるだろうとは確信があった。
やがて向こうからゆっくりと歩いてきたヴィンセントの姿を見つけて、クラウドは放心したようにその場に立ち竦む。
ヴィンセントが一人で自分のそばまで歩いてきたので、何も言えなくなったのだ。
ヴィンセントの手が、クラウドの手の中にあるものに触れる。
「持ってきたのか。気に入っていたものな」
チョコボのぬいぐるみ。かわいらしく、毛並みや質感なども良く再現されていて、ファストフードの景品にしては中々良い出来だった。
「あいつは
……
?」
ヴィンセントはクラウドの手からぬいぐるみを抜き取って、そのままズボンのポケットに入れた。
「帰った
……
という言い方が適切なのかは分からないが」
帰った、と呟いて、クラウドは目を揺らす。あの音を聞いてヴィンセントのしたことが分からないほど、クラウドは無垢でもない。
「クラウド、あれはお前ではない」
「
……
でも、」
「ああ、顔も名前も同じだったな。仕草も話し方も、とてもお前らしいとも思ったが、それでも別物だ」
「何で
……
そんな、言い切れるんだ」
「お前が今ここにいるからだ。7歳のお前が存在するとすれば、それはお前の記憶にしかない」
クラウドはきゅっと唇を結ぶ。でも、と言い募ろうとしたが、反論は何もできなかった。
ヴィンセントはふ、と微笑む。
「昨日は関係ないと言っていたお前が、えらく情が移ったものだな」
「アンタは
……
冷静すぎるよ」
「そういう性分だ」
「ずっとひっついて、世話してたくせに」
「お前に似て、かわいらしかった」
「
……
そういうこと、言うな」
「本当のことだ。否定はしない」
う、とクラウドはまたも黙り込む。言葉のやり取りでヴィンセントに勝てる気がしたことなど、一度もない。
ひゅっと冷たい風が吹き抜けて、泣き声のような音が累々と横たわる列車の間にさんざめく。
その音に耳を澄ませるように、ヴィンセントは遠くを見上げた。
「あるいは、お前自身が別物だとも思えないのなら、お前から抜け出た何かだと思えばいい」
「俺から
……
?」
左手で、クラウドの頬を撫でる。ずっと小さなクラウドの背中を抱いていた左手。
「お前から抜け出たものが私たちの前に現れて、お前へと帰っていった。その程度ならば、ここなら起きても不思議はない」
クラウドは少し訝し気にヴィンセントを見上げた。普段のヴィンセントなら口にする内容とは思えなかったからだ。
でも、ヴィンセントの左手はいつもと少し異なる温もりを持っていて、クラウドはそれ以上何かを言う気にはなれなかった。
目を閉じて、ヴィンセントの左手を自身の右手で触れる。
「
……
謝ろうと、思って」
「そうか」
「あんな
……
こと、するなんて
……
」
「なら、許してやれ」
「
……
え?」
「あの子の全てを、許してやることだ」
クラウドは目を開けて、目を彷徨わせ、何か苦いものを呑み込んだ、というような顔をした。
眉根を寄せ、暫く何かを考え込むようにして、喉をひく、と震わせる。
そして何も言わず、目も合わせずに、ヴィンセントに背を向けて、そのまま歩いて行こうとする。
ヴィンセントは少しの間その背を眺めていたが、足早にたった数歩でクラウドへと辿り着いて、その肩を掴む。
クラウドはそれでも振り返ろうとしなかったが、ヴィンセントは構わずに後ろからクラウドを羽交い絞めに近い形で横抱きにした。
「
――
えっ? え、何、」
「こういうとき、人間の足はどうにも遅い」
本気で驚いたクラウドが慌てたような声を出したが、ヴィンセントはもはや聞いてもいない。
掴まれ、と一言だけ言って、ぐっと腰を低く落とした。
クラウドの体が浮遊感に包まれて、地面すれすれまで落とされるかと思いきや、ヴィンセントの長い髪の毛がぶわりと生き物のように波立ち広がって、一瞬目の前が真っ暗になった。
それは大きな翼が光を遮ったからだと気付いたときには凄まじい速さで上空へと飛翔していた。
飛び上がった体が落下に転じようとしたとき、翼が大きく羽ばたいて上昇気流を捕え、ごぉっという轟音とともに更に上空へと飛翔する。
瞬間、眩しい光が目を差した。西に沈もうとする赤い太陽が大きく目の前に現れて、クラウドは何度も目を瞬く。
「ヴィ、セント、」
「顔は見るな。後、落ちないようにちゃんと掴まれ」
ちゃんと掴まれと言いながら、ヴィンセントの手はしっかりとクラウドを抱き込んでいたので、こんなんじゃ落ちるはずもないだろうとクラウドは思わず笑いそうになった。でも、せっかく、ちゃんと捕まらなくてはいけない理由をもらったのだから、クラウドは小さな自分が何度もしていたみたいに、その首元に腕を回して顔を首元に埋めた。
ヴィンセントの腕がより一層強く抱き込んだので、クラウドにはもう逃げ道などなかった。気付かれるのは嫌だったけど、仕方がない。
クラウドは喉をひきつらせ、声を上げて泣いた。
子どもの頃だってこんな風に泣いたことがあっただろうか、もう思い出せない。
そのくらい、クラウドは初めて、喉が枯れるまで泣き続けた。
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