mishiadd
2024-05-01 22:30:09
3758文字
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宮本伊織が魑魅魍魎コレクション・その参

魑魅魍魎が集ってくるけど結局一番怖いのは宮本伊織だといいなあ、という小話。
参:天性のサークルクラッシャーが流れに任せて英霊サークル作っちゃったみたいなんだけどそれいつもの調子でクラッシュしちゃうと八百八町が火の海になるからやだなあ

宮本伊織は押しに弱い。そのあおりを食らうのはもっぱらセイバーである。

ただでさえ少ない魔力でセイバーひとりがなんとか食いつないでいるような体たらくにも拘わらず、持ちかけられればろくに検討もせずに二つ返事で縁を結び、もはや彼が「セイバー」と呼んだだけでは一体誰のことを指しているのかわからない。――とんでもない、彼が「セイバー」と呼ぶならそれは必ずセイバーのことだ。セイバーには無論明白なことだが、余人にとってはわかりにくいことこの上ない。だからわざわざセイバーが手ずから逸れのセイバーにもよくよく言い聞かせてやらなければならなくなる。すべて伊織が悪いのだ。

――話が逸れた。

で、だ。いわゆる「逸れ」――霊地に紐づいているサーヴァントであるならば、伊織のなけなしの魔力を分け与えるまでもなく、勝手に土地から吸い上げるからまだいい。最近では、「逸れ」は「逸れ」でも一体どこから来たのかわからない、どこの霊地にも結び付いてなさそうな、得体の知れないふわふわした連中まで乞われるままにほいほいと囲い始めた。――なんだこれは。

そもそもセイバーは他のサーヴァントと縁を結ぶことに全面的に乗り気というわけではない。自分という最優のクラス、最優の戦力があるのだから正直不要だと思う。よそにやる魔力があるのであれば全部こちらに回してほしいし――というか、本当に一体セイバーの何が不服だというのだ。だいたい、縁というものはそうほいほい軽々に結ぶべきものではないのではないか。いつ裏切られるともわからないし――そうとも、セイバーと違って「逸れ」は所詮「逸れ」なのだ。マスターを失ったら退去せざるを得なくなる自分とは違う。一蓮托生の縛りを受けぬ者が、一体どれだけ信用できるというのだ。

セイバーのマスターは人を信用し過ぎる。まるで純真無垢な美徳のように聞こえるがとんでもない、単に人を疑うのが面倒なだけだ。彼が「なんだかよさそう」だと思ったらとりあえず一旦信じてみて、裏切られたらそのときまた考える。「よさそう」というのは「善さそう」という意味ではない。彼にとって「なんかいい感じである」という意味だ。彼にとって人の善悪などどうでもいいからだ。自分がいいと思ったら裏切られても別にいいと思っている。――セイバーはよくない。いや、彼のそういうところはいいと思ったしいいと思っているとも伝えたが、彼が裏切られるのはよくない。畢竟、マスターへの裏切りはセイバーに却ってくるのだし――というか、単に自分のマスターが裏切られるのは面白くない。

――ちょっと多くないか」

夕餉の席でセイバーがそう投げかけると、伊織が小首を傾げた。なんのことだかわからないらしい。

「きみが契っている逸れの人数だ。きみ、これだけのサーヴァントを実際のところ御しきれているのか」
「『御す』――いや、俺が御すまでもない。彼らには要所要所で助力してもらうだけだ。俺が制御する類のものではそもそもないよ、セイバー」
「それほどまでに割り切れた関係ならまだいいが」

鯵の骨を箸先で器用に外しながら、セイバーが続けた。

「ひとりの許に人が集まれば順序が生まれる。やっかみが生まれる。それは人の常だ。やれ、あいつばかりが呼ばれるだの、今度はこちらがお気に入りだの、こいつは寵愛を失っただの」

妙に実感の篭もった物言いだな、という言葉を伊織が飲み込む。彼のサーヴァントの真名を思い、その言葉はさすがに無神経が過ぎると思った。

「彼らは皆、きみに惹かれて縁を結んでいる。ヤギュウなどその最たるものだ。
英霊とて神霊でなければ精神構造は人間だ。ましてや、あのように人としてのたがの外れた霊基であれば、下手をすれば生者よりも生々しく、きみの歓心を欲することもあるだろう」
――はあ」

セイバーが呆気にとられる。「はあ」とはなんだ「はあ」とは。
わずかに苛立ちを覚えながら、いつの間にか箸を止めてセイバーの話を聞くだけは聞いていたらしい伊織をねめつける。

「きみ、真面目に聞いているのか」
「聞いている。――感心しているのだ。なるほど、そういうものかと」
――きみなあ」

盛大に喚きかけて、はたとセイバーが口を閉ざす。――どうやらこれは。

セイバーは知っていた。彼のマスターが他者から自分に向けられるさまざまな感情に著しく疎いことを。
普段は気味が悪い程によく気が回り他者の心の機微に敏感な伊織である。が、どういうわけだかそれが自分に向けられた途端、高性能である筈のあらゆる感知機能が停止する。おかげで、彼が悪気もなく頓珍漢なやりとりをするのを幾度となく見た。なんならセイバー自身が「今のはよくない」と諫めたことすらある。その時ですら、暖簾に腕押し、であった。

――きみ、今すぐ解散させた方がいいのではないか」
「うん?」
「逸れたちだ。――きみがこの体たらくでは、彼らの感情を御せてるのか御せてないのかすら、きみ自身把握しようがないではないか。
そんなもの、扱い方を知らぬ劇物を大量に抱え込んでいるようなものだ。持っているだけで身の危険ではないか。――きみが唐変木なばかりに知らぬ間に逸れのうちの誰かが爆発して暴走すれば、それこそ私が剣を抜くまでもなく八百八町が火の海に沈むぞ」
「ふむ」

箸を置き、伊織がかたちのよい顎を撫でる。懇願するような目のセイバーを見据え、言った。

「おまえの言うことにも確かに一理ある。――が、大丈夫だ。俺は彼らを信じている」
「よくわからんからって面倒になるな! 本当にきみの悪い癖だそれは!」

ぷい、とセイバーがそっぽを向く。腹立ちまぎれに茶碗から米を掻っ込んだ。どんな時でもやはり米は旨い。
米の甘さにだんだんと気が和らいでいくのを感じながら、セイバー自身、「まあいいか。今すぐに何がどうなるというわけでもないし。なにか起これば私が始末をつければいいし」などと考え始めた時だった。

「そういえば」と伊織がぽつりと零したのだった。

――昔、『他の流派に触れるのもよい』と師匠に言われて、隣町の剣術道場に預けられたことがあった」

なんの話が始まったのかと、セイバーが鯵の身をつつきながら目線だけを伊織に寄越す。ぽつり、ぽつりと記憶を辿るように、伊織が語り始める。

「師匠のところと同じように、歳の近い兄弟弟子が多くいるところだった。
ひとりだけ構えの違う俺の剣を、皆最初は物珍しそうに熱心に見ていたよ。俺も、初めて触れる師匠以外の剣筋が興味深かった。たくさん学べるものがあると思った。
――やがて、兄弟弟子ひとりひとりの名前を覚える頃になると、彼らに剣術以外のことにも誘われるようになったんだ。
俺は、師匠のところでも暇さえあれば剣を振っていたし、師匠のところの兄弟弟子たちはそれをよしとしてくれて、いつも俺のことは放っておいてくれたんだ。
だから、誘われるたびに断るということ自体が慣れないことだったし、少し煩わしくて――それでも、好意であることはわかっていたから、なるべく礼儀は欠かないように丁重に断っていた。
ひとつを断ればまた別のことに誘われた。団子を食べに行かないか、町に娘を見に行かないか――ある時、うまく断れなくてな。
何に誘われて、誰に誘われたのかも覚えていない。ただ、会話の流れで、うまく断れなかったんだ。押し切られた、というやつだと思う。
それで、たった一度だけ、その誰かについていって、確か――どこかの祭りに行ったのだと思う。出店を回って、お面なんかも買って――おまえと浅草の祭りでしたようなことを、したように思う。そして、その誰かと別れて――
あくる朝、道場に出向いたら――皆、死んでいたんだ」
「は?」
「道場の庭で兄弟弟子たちが、ひとり残らず死んでいたんだ。
血飛沫がそこら中に飛び散ってあたり一帯が血の海になって、斬り傷だらけの死体がそこら中に散乱していて――どうやら全員が相討ちになったようだ、とのことだった。
――弟子がひとりもいなくなったから、その剣術道場は立ち行かなくなり潰れてしまった。それで、俺も予定よりずっと早く師匠のところに戻された。
そのときは、きっと部外者の俺には漏らせない、一門水入らずでの死合いの約束でもあったのだろう、除け者は寂しいがこればかりは仕方ない、と諦めていたのだが」

ようやく、十何年越しに、なにかの可能性に思い至ったらしい伊織が、ゆっくりとセイバーを見た。

「セイバー。もしかして、あれは――
「やめよう。イオリ。夕餉を食べよう。せっかくの御御御付が冷えてしまう」
「あ、ああ」
「この話はここまでだ。逸れの件はとりあえず棚上げでよい。まずは御御御付だ、うん。イオリ、きみも食事をし、睡眠を摂ることが第一義だ」

うやむやにする、ということは到底セイバーの趣味ではないが。――世の中には、明らかにならない方がよいことも、ままあるものなのだ。

御御御付でありとあらゆることを流し込み、都合の悪いことに蓋をしながら、「何かあったら私が何とかしよう、うん」と、今度こそセイバーは決意を確固たるものとした。