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ub.
2019-12-22 22:20:01
4411文字
Public
小夜歌
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#いいねされてないけど小夜歌ゲスト本の裏話をする
小夜歌ゲスト本「よになきつきかげにゆめみどりのうた」より
観測所の小夜歌おぼえがき
プロローグ、幕間、エピローグを読んだ上で目を通すことをおすすめします。
※人が死にます
※設定盛ってます
※ゲスト本の裏設定的なものですが、ほぼ没案なので気にしなくて大丈夫です
・幕間の遡行軍短刀ちゃんも実はさよくん
・観測所について、もうひとつ小夜歌のお話(というか設定)を考えていました という話
------------------------------
*
観測所がまだ現役だった頃、そこで警備の仕事をしていた1人の審神者がおりました。
派遣警備の仕事は、審神者が審神者になる前からの仕事でした。その経験を買われ、審神者になってからも政府施設の警備関連業務を担うことになったのです。
とはいえ審神者には本丸運営の責務があります。ですから、本丸へ戻っている間は一番最初に選んだ刀である歌仙兼定に観測所を任せることにしていました。
歌仙兼定は、審神者の代理としてよく働き、見事に勤めあげてみせました。修行に行っている間だけ、親しい仲であった小夜左文字に役割を代わってもらいました。
観測所では、他の警備員に昼食や夜食をふるまう極の歌仙兼定の姿が見られたといいます。
あるとき、審神者は遠いところにある政府関連施設へ視察にいくことになり、小夜左文字をはじめとした数振りの刀を連れて出かけていきました。桜のつぼみがほころび始めた春のことです。
観測所の中庭にある一本の大きな桜の木も少しずつ花を開き始め、人々は春の訪れに胸を弾ませました。桜の木の周りは職員たちの憩いの場となっており、春、特に桜が満開になる時期には多くの人々が桜を眺めながら疲れを癒す姿が見られます。
歌仙兼定は、審神者の少し後ろを歩く小夜左文字に声をかけました。
「きみが戻ってくる頃ちょうど桜が満開になっているだろうから、ここで花見をしよう。」
そうして歌仙兼定は審神者と小夜左文字たちを見送り、彼らがいない間も、いつものとおりに過ごすのでした。
*
満開の桜の下、帰ってきた審神者は誰も連れていませんでした。
顔と腕を何針も縫い、ギプスで固定した足を引きずって歩く審神者を歌仙兼定は抱きかかえてやりました。
審神者は罠だったと囁きます。あの施設はすでに歴史修正主義者の手に落ちていたのだ、と。連れて行った刀たちは、折れた、あるいは、見失って行方がわからなくなってしまった、自分は彼らに生かされたのだ、と。そう繰り返しながら震えていました。
小夜左文字は一番に審神者の背を押し戦火の中へ飛び出したっきり、ついに姿を見つけることが叶わなかったということでした。
歌仙兼定は、嘆くボロ雑巾のような審神者を支えながら、変わりなく観測所に勤めました。
小夜左文字はもういないのだと理解しつつも、その実感がありません。細川の屋敷にあったころに一度離れ、今の主の元でまた再会したのだから、今度もまた会えるような気さえしていました。ですから、たまに桜の木の元で弁当と水筒を持って花見の真似事をしたり、いつでも帰ってきてもいいよう巡回ルートのついでに桜の木へ立ち寄ったりしました。帰ってくるとすれば、必ずそこに来ると思ったからです。
そうして変わらない日々をすごし、何度目かの春を迎えた頃、審神者が亡くなりました。
元々それなりに高齢だったのもあり、そして、あの襲撃で受けた傷が寿命を縮め、少しずつ衰弱していたのが原因でした。
歌仙兼定はいつものように審神者の代わりとして手続きを進め、本丸に残った刀たちの旅立ちを全て見送りました。あるものは他の本丸へ譲渡。あるものは刀解。あるものは政府へ委託。可能な限り彼らの希望に沿うよう取り計らいました。
最後に、歌仙兼定自身は、主君とともにあることが今の己の正しき道なのだと決めていたので、審神者と同じようにこの世を離れることにしました。
心残りは小夜左文字のことでした。帰ってきても誰も迎えてやることができません。でもきっと、己の信念を曲げてまで小夜左文字のために尽くそうとすれば、彼が難しい顔をするのは分かっていました。
歌仙兼定は桜の根元に己の本体を埋めました。
ここに来た小夜左文字が寂しい思いをしないといいなと思いながら、物語のつくもの歌仙兼定は、忠義を携え主の魂を導き、その後に本霊へと還っていきました。
あとは、中身のからっぽになった歌仙兼定の本体だけが桜の根元の土の中に冷たく横たわっているのみです。そのことはもう、桜の木にしかわからないことです。
それから少しの月日が経ち、観測所の廃止が決定されました。歴史の管理体制についての見直しが入り、施設や組織の再編と統廃合が行われた流れによるものでした。元々この観測所は分局だったのもあり、真っ先に白羽の矢が立ったのです。
そして、誰もいなくなりました。
人々が去った観測所は、草木が生い茂り朽ちていくのをただ待つだけでした。
そして、春が来るたびに桜が花を咲かせます。
*
ところでこの中庭の桜の木
――
"かれ"は、とても人のことが好きな桜でした。
歴史の観測や審神者の力の運用、物語の付喪神という存在、そういったものに触れることで、ヒトのような自我をもつようになった桜です。
"かれ"は、人がいなくなった観測所で退屈をしていました。"かれ"の知り合いは、根元に埋まっている歌仙兼定のみとなってしまったのですが、そんな友人も今は沈黙しています。
"かれ"は、またこの場所が人々の声で溢れる日を夢見ていました。
ある日、"かれ"が満開に花開いたときのことです。"かれ"は懐かしいものの姿を見ました。
青くて、小さくて、子供のような、刀と逸話が人の形をとった姿
――
それは刀剣男士、小夜左文字でした。
小夜左文字は桜に語りかけるように、ひとりポツポツと話し始めました。
歌仙兼定と花見の約束をして審神者と出かけたこと、視察先の施設はきなくさい噂もあったが今回は軽い研修程度で済ませるつもりだったこと、敵の動きが早く遅れをとったこと、審神者を逃がして戦い重傷を負ってしまったこと、道端に倒れているところを他の本丸の男士に拾われたこと、長い間意識が戻らず身元不明のままその本丸で保護されていたこと、目が覚めてもしばらく記憶が曖昧で自分が帰るべき場所を思い出すのに時間がかかったこと、世話になった本丸を後にしてやっと今ここに辿りついたこと。そういったことをゆっくりと、何かに言い訳するかのように、言葉にし続けました。
小夜左文字は一度自分の本丸へ行こうとしたと言いました。だけど、閉鎖された本丸を見て、全てを理解したとも言いました。
小夜左文字はあらゆることを後悔していたのかもしれません。何よりも、約束に間に合わなかったことがどうにも悲しくてたまらないという風でした。本来ならこういうとき、審神者であったり、兄弟刀であったり、知り合いの刀であったり、それこそ歌仙兼定であったりが慰めてやるのでしょう。しかし彼に声をかけたり触れたりしてやれるものはもう誰一人残っていないのでした。
もしかしたら、そのとき、少しだけ『ソレ』を願ってしまったのかもしれません。
その炎が、彼の悲しみや抑えられぬ黒き復讐心から生まれたものなのか、それともただ偶然に自然発生したものなのかは誰にもわかりません。ただ、"かれ"には、炎に包まれる小さな短刀の姿が、写真で目にした甲型の時間遡行軍のように見えました。
観測所は炎に飲まれ、ゴウゴウ、パチパチと嘆きの音をたてます。
"かれ"は、自分の愛したこの施設を守ろうと思いました。まずは根元の土の中にいる友
――
歌仙兼定の依り代を内側に取り込みました。そして、自分の中に観測所を再構築しました。"かれ"は、この施設でたくさんの歴史の意識にさらされるうち、この世のありとあらゆる記録と接続することができるようになっていました。ですから、己の内に歴史の観測所を生み出すことは造作もありません。これで炎に全てを焼かれても、この場所は失われずに済みます。
そして、悲しみに暮れる小夜左文字を、本の中に閉じ込めました。その本に掲載されているのは、彼の主が健在だった頃の施設の写真です。懐かしいもののそばで嘆きが癒されればいいと思いました。そして、落ち着いた頃に自分の中に招いてやろうとも。
火が収まり、人々は火事の調査を行いました。しかし、あやしいものは何も見つからず、ただ焼け落ちた施設の中で桜の木がいつまでも花吹雪を散らしているのみでした。
*
小夜左文字は本の中でまどろみます。
ひどく悲しい気持ちが心で渦を巻いていましたが、少しずつ、少しずつ、まどろみの中で霧散していくような不思議な心地でした。目を閉じれば暗闇の中でパチパチと星が瞬きます。
もうなんだか大丈夫、と思うようになりました。大丈夫だ、と口から声にならない振動を吐き出すと、どこからか春の気配がしたような気がしました。
*
「捕まえた。」
声が聞こえたと思ったら、急に目の前の星が弾け飛び肺に空気が流れ込みそれと同時に押し出されアッと言う間もなく身体の真ん中一直線をグイと引き伸ばされてパリンと割れたような心地がしました。もうどうなってもいいようなつもりでしたが、大切な約束だけは離さないように握りしめました。
「花でも添えておくかい。」
懐かしい、あの刀と同じ声、だけどあの刀とは異なるものの声がしました。
きっと不在となったあの刀の本体に別の歌仙兼定が宿ったのでしょう。もしかしたら、あの慈悲深く、とても寂しがりやな桜の木が、審神者の真似事をしたのかもしれません。
彼らの話し声が遠のく中で、自分は葬られてしまったのだろうなと思いました。添えられた桜の花が皮膚をくすぐります。花見ができなくてごめんねと謝りました。叶えられなかったけれどずっと大切な約束でした。大切な約束も握り締めた手の隙間からポロポロと零れ落ちていきました。
それでも、もう、小夜左文字は悲しくありません。
記録の渦へと溶けていく視界の中で、あの愛しい刀が微笑むのが見えたからです。
もしかしたら、ここに在る何かの記録の一部が目に入っただけなのかもしれません。だけど、小夜左文字の心の中は、これからはここで一緒に眠れるのだという温かい気持ちと安堵でいっぱいでした。
役割の終焉を悟った桜の木は燃えました。
扉を失った記録の集積地には、もう誰も立ち入ることはないのでしょう。
無限に溢れる記録と記憶の中で、小さな刀の墓標が人知れず静かに横たわっているだけです。
おしまい
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