なろ
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バースデー•レコード

付き合ってない🍱🔥のャスが先輩に誕生日プレゼントを渡す話。

「ヤス、なんかファイルの下にあるぜ〜」
ジョウに荷物を漁らせていたヤスは間延びした声を聞き、まずいものを忘れてた、と尾羽を逆立てた。
「潰れてる。なんだこれ」
あーあーと呆れた様子で楽譜の入った透明なクリアファイルを引っ張り出したジョウが、その奥にひしゃげていていたそれをつまみ上げる。ギターケースのポケットで丸まっていたのは、茶色の小さな紙袋だ。
「入れたの忘れてたのか?」
「ちがう」
「ふ〜ん、だらしねえだけか。こんなとこに入れとくなよ」
「わかったから、寄越せ」
手を伸ばすが、ジョウはその袋の皺をのばそうとしてみたり、耳元で振って音を確かめたり、なるほど渡す気配がない。ヤスは冷や汗をかきつつ、表面に焦りを出さないようにもう一度催促をした。

練習が始まる前に、作成途中の新譜をちょっと見てほしい。
スタジオに早めに到着したヤスが、バイトが終わって暇を持て余していたジョウに頼むと、快く彼は頷いた。若干作業は難航していたが、それを抱え込まず一度メンバーの意見を聞こうとするようになったのはヤスの著しい成長点だ。ジョウはさっそく楽譜の束を取り出そうとヤスの持ち物に手をつけて、その中に見慣れないものを発見する。
拾い上げたそれに刻まれた、折り畳まれた跡を丁寧に押し広げる。四つ隅を綺麗に整えたところで、ジョウは表側に貼り付けられたリボンとカラフルなシールを見つけた。
「はっぴー、ばーすでー」
読み上げると、顔を上げてヤスの方を見る。紙袋を手に取られたあたりからずっと、尾羽をピンと伸ばしたまま硬直していたヤスは、ぎぎ、と音がしそうなくらいにぎこちなく、サラシを巻いた手のひらを差し出す。
「か せ」
わずかな訝しみを浮かべた緋色の瞳をまっすぐ見ることができずに、耳元できらめく真っ赤なピアスに視線を送る。そういうヤスの耳も真っ赤で、だというのに顔色は青寄りだ。
まあ、残念極まりない話ではあるのだが。それがヤスの答えであった。
……これ、もしかしてオレの?」
紙袋からぶら下がった真紅のリボンがひらひらと揺れて、板張りのスタジオ床に影を作る。
十月十五日、日が暮れて少しした頃の出来事である。

数分後。
アンプの横に携えられた簡易ベンチに腰掛けたヤスは、自分の隣で可愛らしい柄の袋をしげしげと眺めているジョウに目をやることなく、正面の壁の木目をひたすら数えていた。緊張していたし、気まずかったし、なにより文字通り合わせる顔がないくらいに申し訳なさを感じていたからであった。
「開けていいか?」
……
「あのさ、あの日さあ、練習で普通にここで会っただろ」
……
「なんでその時くれなかったんだよ」
……
「おーい。なんだよ、黙って。こっち見ろって」
もう知らねえ、勝手に開けるぞ。包装をひっくり返して、裏のセロハンテープに爪を引っ掛ける。32枚目まで木の板を数えていたヤスはその手の上に慌てて自分のそれを重ねると、蚊の鳴くような大きさの声で無法者を咎めた。
「か、返せよ」
あまりにちいさかったので、ジョウは一度え、なんて?と返事をした。それでもう一度同じ言葉を繰り返すと、不機嫌そうに眉を顰める。そうしたいのはヤスの方だった。
「オレ宛ならいいだろ。どうせ渡し忘れ……え、もしかして違う?これから誕生日の奴の?こんなにぐしゃぐしゃなのに?」
「ウゼェ!お前のだよ」
「なんで。じゃあくれたっていいだろ」
……あん時、ケーキ、買ってきただろ。あれが俺からの」
「ああ。あれ、美味かったよな。面白かったし」
精度の低い顰めっ面をほどいて頷いたジョウの思考は、スタジオの控え室で食べた誕生日ケーキに飛んだようだった。ヤスが練習前に道すがら用意した、シンプルなホールのショートケーキだ。商店街の見知った店で購入したそれは、十数年前から母親が自分のお祝いに買ってきてくれているものと同一のものだった。
結局双循の仕込みやハッチンのハチミツである程度めちゃくちゃになることは予想できていたが、それでも彼に初めて渡すならあのケーキが良いな、とヤスは思っていたのだ。男子高校生4人と、どうせその場に居合わせるマスターで分け合うことを考え、ひとまわり大きなサイズにはしたのだけれど。ろうそくがたくさん立てられたので、正解であったと思う。ほぼ悪ふざけだ。上面に、横っ面に、その場にあるだけのろうそくを50本近く刺し、主役が派手に点火したのは馬鹿らしいが良い思い出だった。
……っしゃ!」
「あっ!コラ!」
ともあれ、今はその回想によって生まれた隙に紙袋を奪取することに成功した。剥がれかけたテープを慎重に直して、紙袋を学生鞄に仕舞おうとして、その不自然なほどの軽さと薄さに気がつく。カラじゃねえか!

「ボールペンか。へ〜」
「は?なんで、」

機嫌良く弾んだ声と、カチカチと鳴る音に思わず顔を上げる。ジョウの右手には既にスチール製のペンが握られていて、彼はノックして表出させた銀色の先端を眺めていた。
「はっはっは。遅すぎるんだよ、お前。ご自慢のカウンターだって間に合わなきゃ意味ねえだろ」
得意げに一度ペンを回す。
「かかか勝手に開けんじゃねえ!」
「別にいいだろ。まあ普通こんな礼儀のなってないことしねえけど。……お前ら相手くらいだぜ」
烏の囀りは無視して、グローブをつけていない方の手の甲に一本長い線を引く。えんじ色の細い糸が、白い皮膚に埋まった血管の上を走り抜ける。
「なるほど、赤か。ちょっと暗めか?ドリルの丸付けでもしてほしいってことかね。いいぞ」
「アンタバカだろ」
「はい、バカはお前〜。冗談だよ。お前の考えてることなんて想像がつくってもんだ」
アンプの上に乗せられたままだったクリアファイルを手に取り、完成曲のモノクロコピーではなく、半分ほどしか音符で埋まっていない譜面紙を指に挟む。先ほど、見てほしいと頼んだ用紙だった。ヤスは楽譜を書くとき、まず鉛筆で下書きを完成させてから別の紙に消えないペンで清書をする癖があった。字がそこまで綺麗ではないので、しばらく経ってから完成形の下書きを相手にすると大層時間がかかるからである。強制参加の書写大会で得た技だった。
「さっき見えたんだ。ほらこれ、オレがあげたやつだろ」
「うっ」
その清書版•五線譜を部分的に彩る紺色のインクは、たしかにジョウから貰い受けたペンの中身だった。この夏に迎えた十六回目の誕生日、ほい、と回覧板を寄越すかのようにプレゼントとして渡されたものである。金色の印字が入った、藍色のペン。ヤスでも知っている一般的な文房具メーカーのものではあったけど、たぶん現在持っている中では1番高価な文具だ。
……大事なとこで使ってくれてるんだな。嬉しいぜ」
目を細めて、未完成の五線譜に引かれた音符を指でなぞる。音符の並びを目で追いながら、あの日を思い起こしているのかもしれなかった。その様子になぜかこちらが気恥ずかしくなってきて、ヤスは手元の紙袋を真四角に折り畳む。
……いや、俺が嬉しかったんだよ」
「そうか?あー、あの時お前、ありがとうとは言ってたけどよ。気に入ったかなんてわからなかったから」
「だから、俺も同じようなもん返したくて」
「ああ」
「買ったのはいいけど、なんかいざスタジオに来たらどうにも渡せなくて」
本当のことだった。ジョウには同世代やそれより年上の知り合いがたくさんいる、とヤスは考えている。普通に考えてみれば、当然のことであった。そういった人たちと彼が会っているところは見たことがなかったが、誕生日プレゼントを贈り合うくらいはしているかもしれない。
それなら、ヤスが用意できたペンなんて、胸を張って差し出せるものではないと思ったのだった。そりゃ母ちゃんにも相談したし、インターネットでも調べたし、商店街の文具屋に行った後も店主とああだこうだ言い合って、頑張って自分なりには考えたプレゼントだったけれど、彼が受け取った他の物に見劣りするくらいなら、最初から土俵に上がらせない方がまだマシだった。捻くれたガキのプライドだ。
「は?なんで。くれよ」
「察しろよ……ガキから安物のペン貰ったって、ジョウも嬉しくねえだろ。だからケーキが俺からの誕プレだってことにしようとして」
「それで、ケースに突っ込んでそのままにしてた、と」
「悪いか。返せ」
「悪くはないが、そりゃ返せねえよなあ」
 ヤスはてのひらを差し出したが、ジョウがそこに載せたのは書きかけの譜面紙の方だった。おい、楽譜の中身まだ読んでねえだろ。ペンは変わらずもう片方の手に握られており、ジョウはじっと鋼色の軸を見つめていたので、そう指摘する声は出なかった。
「お前から2つもプレゼント貰いたいだなんて、駄々こねるつもりはないけど。でもこれは、欲しい」
「別に、そういうことじゃねえけど」
「だってこれ、オレのこと考えて選んでくれたんだろ」
「まあ」
「じゃあ、欲しいよ。なんか代わりのもの、今度渡すから。これはオレにくれ」
譲る気がさらさらないことは感じ取れたので、ヤスは一度ため息をつき、わかったよ、とゆっくりと頷くと、折り畳んだ紙袋を手渡した。それも素直に受け取ると、ジョウはくるりとこちら側を振り返る。思ったよりも近くに来たその顔は、生気を保った穏やかな笑みを浮かべていた。珍しい表情だな、とぼんやりと思う。そのまま、言い訳をするように勝手に口が動き出した。
「良いもん見つけられなくて悪いとは思ってんだ、これでも。腹立つけどハッチンはなんだかんだセンスとかいいし、双循みたいにいろんなツテがあるわけでもねえし」
「まあ2人ともたしかに、意外と使えるもの寄越してくれたけど。お前には自慢の商店街があるじゃねえか」
「そりゃ、相談したりはしたけど……
「オレはさあ、お前らがオレが生まれたことをちょっとでも良く思ってくれたり、プレゼント選ぶのに時間使ってくれたり、それだけでも嬉しいんだよ」
ヤスが呟くと、ジョウはあっけらかんと答えてまた手元に目線を落とした。かち、かちと再度ペン先を動かし、なあ、わかるだろ、と声をかける。その気持ちはなんとなく理解は出来た気がしたから、浅く頷いてみせる。

けしてジョウは自己評価がドン底に低いわけでも、希死念慮を常に抱えているわけでもなかったが、それでもヤスたち『他人』にある程度の壁を感じている。別にそれを、乗り越えようとしているわけではない。ただ、壁の反対側にも同じように生き物がいて、厚い板越しにでもそれらと互いに寄り添うことができれば、不死鳥としての彼は満足できるのだとヤスは思った。まあ、正直な話、それで満足できないのがヤスたちなので、この辺の話はいずれ彼と擦り合わせを行う必要があることもわかっていたのだが、きっとその機会は今ではない。
だから、ヤスは拳でグーを作り、あえて調子に乗ったような発言でそれとなく話を逸らすことにした。
「金なかったら肩たたき券とかでもいいのか?」
「骨が砕けなければ」
「ダメってことか。入院中だけにする」
ヤスの慣れない小粋なトークにマジでつまらねえジョークだなと軽く笑ったジョウが、クリアファイルから一枚新品の五線紙を取り出す。失礼だな、と真顔に戻ったヤスには目もくれず、その左上に小さく星のマークを記した。まだ潤っている水性の深い赤色が、少しだけ繊維に滲んでいく。
「うん。良い色だと思う。ありがとな」
 ヤスの意図が通じたのかはわからない。でも、今はこれで充分だった。もう一度だけノックされたバネに弾かれたペン先が、鋼色に吸い込まれていくのを2人で見送った。
「じゃあオレもこれで紙に曲書いてみるかあ、五線紙買おっと」
「おう。やってみろよ。出来たらアンタに歌わせるから」
「なんでだよ」
まあ、完成したら特別にスポンサーのお前には先に見せちまおうかな。そう言うと肩をポンと叩かれる。その恭しさがなぜだか面白くなってきて、ふたりで少しの声を立てて笑い合った。その音はスタジオの防音壁に吸い込まれていく。

「ジョウ、あのさ。もっかい言っとくけど……誕生日おめでとう」
「ああ」
「俺たちとバンドやるまで、高校居てくれて正直感謝してる」
「そこはまあ、なんというか……まあ、お前にとってはだよな。それならよかったぜ」
……俺と会うまで、生きててくれてありがとう」
……うん」
渡された星一つの真っ白な譜面を、折り畳んでポケットに仕舞う。もともと入っていた紙袋と擦れて、かさりと乾いた音が鳴る。顎を服の襟に沈めて、ジョウが再度頷く。
「来年は、もっとちゃんと祝えるように準備するから」
「変なとこで負けん気起こすなよ。これでいいんだぜ、オレには充分すぎるさ」
「再来年……その次、くらいには、その年で1番強い祝いをくれてやる」
「おう。……ん?強い祝いってなんだ?インパクトの話?」
「だから、楽しみにしとけ。お前の誕生日は、また来年も再来年も来るんだから」
ヤスはそこまで言い切ると、重い腰を持ち上げた。ぎし、と一度ベンチが音を立てたが、そちらには目をやらずに床に横たわっていたギターケースまで足を運ぶ。
スタジオ練習の時間が近づいていたからだった。雑談の時間は終わりだ。結局書きかけの新譜はペンの色しか見てもらえなかったけれど、ヤスの頭の中は結構すっきりとしていた。今日帰って、一回続きを書いてからもう一度聞いてみてもいい気がしたわけだ。
「そうだなあ。まあ、お前の誕生日の方が先に来るけど。じゃあオレが、来年のケーキは用意するかなあ」
ジョウもまた立ち上がり、スタジオの端に立て掛けていた彼の楽器ケースを手に取る。練習用の譜面台に真新しいボールペンを置いて、愛用のベースのネックを首へと引っ掛ける。それから、しゃがみ込んでピックを数えていたヤスの方を振り返った。
「プレゼント、楽しみにしとけよ?」
「そっちこそ、大事な時期に入院なんかするんじゃねえぞ」
アンプに繋がれた真っ赤なベースが一音、返事をするように嫌味のない音を響かせた。